入り口
「湖上高校への橋?簡易的なものなら出来てるけど…」
校長室で話し合いをした次の日、俺と希月は以前利用した喫茶店で霧丘と合流した。
「でもなんで湖上高校に行きたいなんて、いきなり?」
霧丘のごく当たり前な疑問に、俺と希月は言葉につまった。
昨日の話の内容を話せば霧丘もすぐに納得してくれるだろうが、あの話は言いふらすものではない。実際に、春崎先輩と雪平先輩にも話の内容は伝えていない。
だが、何て言えば霧丘は納得するだろう?
俺が表情を変えないまま深く考え込んでいると、希月が「あれだよ!」と明るい声で話を切り込む。
「情報部が湖上高校付近に古代宝があるって情報を手に入れたんだよ!な、奏寺」
「あ、ああ。だが少し情報元が匿名希望みたいな感じで、詳しいことは言えないが湖上高校が怪しいらしい。な、希月」
冷や汗をかきながらも、俺と希月は霧丘に嘘ではない言い回しで説明した。
霧丘の反応が心配だったが、霧丘の顔は見る見るうちに明るくなっていく。
「本当?凄い!…ちょっと他校生徒が入ってもいいか聞いてみるから待ってて」
霧丘は持っていたカバンから携帯電話を取り出し、電話をかけた。霧丘が電話中、俺と希月はひそひそ話を始める。
「危なかったな…」
「うん…。ねえ奏寺、やっぱり第三高校の生徒会長が古代宝を探している理由って、結果として古代宝の内容に世間に見せないため?」
「だろうな。広報部なら手に入れたことで満足し、内容を見ないと茂津青莉生徒会長は思ったんだろう」
この土地のことを知られるのは、生徒会長達にとっても都合が悪いらしい。だから広報部を利用して、第三高校の生徒会長は回収を企んだのだろう。
誰かが見つけてそれをこの土地中に広めないために。
「でもなんでわざわざ第三高校の会長が騒ぐんだろう?湖上高校の生徒会長がさっ、と行って回収すればいいのに」
希月が疑問を口にして、少し俯いた。その様子を見て、俺も思ったことを言ってみる。
「わからない…お前の推理みたいなのは働かないのかよ?」
「無理だね。情報が少ない上に散らばっている。…整理で精一杯だよ」
小さな溜め息を希月がついたところで、霧丘の電話が終了した。霧丘は電話をしまいながら、立ち上がる。
「許可は取れたから。さっそく湖上高校に行こう」
俺と希月は頷いて、霧丘に続いて席を立った。店の外から出たところで、俺はふとあることに気付いた。その疑問を晴らすため、俺の前を歩く霧丘に質問をした。
「なあ、霧丘。俺たちが湖上高校に立ち入ることを許可してくれたのって…」
霧丘はくるりとこちらを振り返り、首を傾げる。
「それは…湖上高校の生徒会長だけど?」
長い長い橋を、俺たち三人は裸足で渡る。
簡易的な橋と言うのは、思っていたものとだいぶ違っていた。
正式名称は知らないが、プラスチック製で中に空気が入っているため水に浮く、そのプラスチック製の長い塊が連なりできた幅の広い梯子みたいな物。テレビのバラエティー番組などで水の上に浮かべられ「落ちないように、でも走って渡れ!」というような企画で使われそうな物。それが簡易的な橋の正体だった。
安定感はかなり追求されているものの、その上を歩くと少し沈むため、どうしても足は濡れてしまう。むしろ、下手したら落ちそうだ。
無事に橋を渡り終え、やっと土に足を踏み入れたとき、俺と希月は土地の周りに広がる湖を眺めた。希月が不思議そうな顔でキョロキョロと周りを見渡す。
「湖上高校の方から見ると、湖の先に広い世界が広がっているように見えるんだね。…なんだか、少し寂しさを感じるような…」
その言葉を聞いた霧丘が、静かに頷いた。
「…うん。だからこの湖の向こうに皆行きたがるんだ。この湖のおかげで、この土地の争いから守られているのは確かだけど、そのせいで行動範囲が狭くなりすぎて」
太陽の光が湖の水面に反射され、美しく輝く。さらに風で水が揺れ、穏やかさを感じさせる。俺たちから見れば感動すらするこの湖は、湖上高校生からみたら心から感謝できるものではないのか。
気を取り直して、というように霧丘は校舎の方を指差した。
「あっちが湖上高校だよ。さ、早く行こ」
霧丘が先導してくれるため、俺はそのまま着いていく。希月は湖をもう少し見たそうだったが、諦めて歩き出した。
靴箱に着いたところで、再び軽く辺りを見渡してみる。湖上高校の校舎内は、さすがに第一高校と同じような素朴なものだった。少し汚れた白い壁に、どこにでもあるような窓。新鮮な物は、特に見当たらない。
「それで、古代宝は湖上高校のどこにあるの?」
目を輝かさせた霧丘が、俺に向かって聞いてきた。戸惑いながらも、俺はそれらしく説明した。
「詳しくは分からないが…湖上高校にある地下みたいなところにあるらしい」
「地下…みたいなところ?」
霧丘が考え込む。俺と希月はドキドキしながら目を合わせる。
やっぱり地下なんて知らないか?
もしかしたら床下収納みたいな場所があれば、隠し通路が…。
学校に床下収納なんてあるのかよ。
そんな無言の会話が行われた気がする。
緊張感が止まない中、いきなり霧丘が周囲を警戒し始める。その後、俺と希月の腕を掴むと、いきなり走り出した。俺と希月も引っ張られ走り出すが、霧丘に掴まれた腕が恐ろしいほど痛い。握りつぶされそうだった。
「いたたたたたたっ!」
「いでででででっ!」
俺だけではなく、希月までも叫んでいた。
「静かに!」
霧丘が小さな声で注意してきた。
そういえば霧丘は、自分が怪力だという自覚が無いんだった。
俺は痛みに耐えなからも、霧丘に引かれて走り続ける。階段などは上らず、ひたすら廊下を真っ直ぐ走っては曲がり、を繰り返す。気が遠くなってきたとき、気が付くと、どこかの教室に辿り着いていた。
その教室に入り、霧丘はやっと俺たちの腕を離して扉を閉める。俺と希月は、赤くなっている自分の腕を見て溜め息をついた。
「奏寺さん、希月さん、いきなりごめんなさい。地下なんだけど、そこは生徒会長しか入れないの」
「…え、地下、あるの?って、生徒会長だけ?」
希月が驚いて霧丘を見る。
「うん。だから私は入れないけど。二人は見つからないように進むの得意そうだし、見つかっても捕まらなければ良いわけだし」
「だが霧丘は部外者の侵入の申請をしたんだろ?だからもし、俺たちが見つかったらヤバいんじゃ…」
「うん。だからできれば、見つからないでほしいな」
「けど…」
俺が反発しようとすると、霧丘は優しい笑顔のままで首を横に振った。
「奏寺さんの様子からして、古代宝って何か特別なものなんでしょ?」
「霧丘…」
「それに、中途半端って嫌なの、私。だから古代宝のこと、はっきりさせてきて?」
俺と希月は、霧丘の鋭さに心の中で驚きながらも、同時に叫んでいた。
「ありがとう!」
今いる場所を落ち着いて見てみると、どうやらここは物置として使われている教室らしい。畳六畳といったスペースに、ダンボールや木の箱が乱雑に置かれている。部屋の灯りである電球は、紐か針金で無理やり天井から吊されていた。
そして部屋の奥に目をやると、不気味としか言いようのないコンクリートでできた無愛想な下り階段がある。
あそこが、地下高校への入り口なのだろう。
「じゃあ霧丘、行ってくる」
「本当にありがとう、霧丘さん」
俺と希月は意を決してその階段を下っていった。その時、後ろから霧丘の声が聞こえてきた。
「私も地下がどうなっているかはわからないけど…頑張ってね!」
灯りのない暗い階段を、慎重に壁に手を当てて下っていく。俺の前にいる希月は、どうやら竹刀で先の地面を叩くという確認もしているようだ。
しばらくすると階段が終わり、平らな場所へと足が着いた。俺は念のために持参した懐中電灯をつける。
そして灯りの先に見えたものに、俺たちは悲鳴を上げてしまいそうになった。




