意思
前にあの人を見たのは、わりと最近のことだったはずだ。
つい最近のことを昔のことのように感じてしまうのは、その後の出来事があまりにも強烈であったためだろう。
俺の視界に入っている、オレンジ色のツインテールでジャージ姿の少女。
確か、こいつは…。
「春城晃!」
俺は思わず叫んでいた。それまでこちらに一切気付いていなかった春城は驚き、思いきりこちらを振り返る。
「な、な、なに!?」
「おまえ、なにしてるんだ?」
俺は半ば呆れながら寮の敷地から出て、春城に近づいた。春城は俺の顔を思い出したのか、さらに驚き、混乱する。
「なに!?またあなた?もう、何がなんなのよ…。っていうか、あなたこんな所で何してるの?」
「こっちが先にそれを聞いた気がするんだけど…。また会長に用でも?」
まるで悪い企みの作業を見られたかのように焦る春城に、冷静な返答をするのは、何だか罪悪感を感じてしまう。
だが、こいつは本当に何を…?
俺が当然の疑問を浮かべていると、背後からまた別の、何者かが話しかけてきた。
「あれ?奏寺くん」
「…うわ、その声は……。なんで第一高校の寮の近くに現れるんだよ」
「いや、これは偶然。さすがにストーカーのようにまとわりついて、君達を苛めるほど俺は性格悪くもないし、時間もないって」
こいつは再会を望まぬ人物、かつ最近知り合い、今俺を悩ますあの言葉を発した主だ。
なぜ今日という日は、予想すらしない人達と会ってしまうのか。
俺は頭を抱えて後ろを振り返る。そこにはやはり、篠川がいた。篠川はなぜか大量の夏みかんが入った箱を抱えて、のんきにその一つを食べていた。
「奏寺くん、なにしてんの?」
「おまえもな。大荷物抱えて歩きながら、夏みかん食べるなよ…」
未だに困惑しているオレンジ色の髪の少女に、夏みかんを抱えながらそれを食べる第三高校の制服を着た少年、そして情報部員。
この謎の組み合わせを第一高校の生徒に見られたりしたら、厄介な事になりそうだ。
そんなことを考えているうちに、篠川が話題を変えてきた。
「それより、そこのオレンジの子ってもしかして、情報部員?」
「違う。まず第一高校の生徒じゃない」
「ふーん…。それより奏寺くん、元気なくね?」
「誰のせいだよ、誰の」
嫌悪感を出す俺に対して、篠川はマイペースな対応をしてきた。その異様な雰囲気を察したのか、春城は口を挟もうとはせず、俺達を交互に睨んでいる。
「ああ、あのこと?情報部での君の必要性ってあるの?って言った件か」
篠川はふと思い出したかのように、人を見下すあの笑みを浮かべて呟く。俺は肯定も否定もせず、黙ったまま篠川から目をそらした。
きっとまた、こいつは何か言ってくるのだろう。
最初は気付かなかったが、篠川が得意なのは希月や暮谷のような戦闘ではない。
篠川はその巧みな話術による、精神的な攻撃が最大の武器なのだろう。
こいつは、厄介だ…。
俺はただ篠川の次の発言を待つことしか出来なかった。予想通り、篠川は口を開く。
しかし俺の耳に届いた声は、篠川の愉快そうな声ではなく、春城の強く憤った声だった。
「ちょっとそこのチャラいの、あんた何様よ?!」
「…へ?」
「し、春城?」
予想外の展開に、篠川も俺も驚く。思わず春城の方を二人で同時に見てみると、春城は篠川を見て、剥き出しの怒りの感情を向けていた。
「よく分かんないけど、必要性ってなによ?人がそこに居るのは、自分自身がそこに居たいからでしょ?必要性が無いからって、居場所を奪われるなんて不条理、あたしは嫌い」
少々誤解をしながらも述べるその言葉に、俺達は口を挟めなかった。春城の言葉はまだ続く。
「誰かに必要とされていたいっていう欲求は誰にだってあるでしょうけど。でもそれが歪んで働いて、必要性がなければそこに居ることすら許されないなんて…あなた、おかしいんじゃない?」
…こいつは、本当に何者なんだろう。
だが、春城の言葉は想像以上に俺の心に響いていた。
確かに、俺が情報部にいるのは、俺が情報部に居たいからだ。先輩たちが大好きだからだ。それ以外の、なんでもない。
「はあ、お嬢さん口が達者じゃん。君もあの竹刀くん系?」
篠川が初めて春城に話しかけた。篠川の表情はいつもの笑みを浮かべているものの、目は笑っていない。春城は竹刀くんの意味が分からず、少し言葉を詰まらせる。
「誰よ、それ」
「君みたいな正義的な考えを持つものの、言葉の表現力に乏しい少年だよ、それ」
篠川が春城の声真似をしてそう言うと、春城は不愉快そうに舌打ちをした。
「…いちいちムカつくわね、あなた」
「よく言われるよ。それじゃあ、俺はそろそろ行かなきゃだから」
そう言うと、篠川は笑いながら俺達から離れ、どこかに行ってしまった。俺は下を向いて、小さな声で呟く。
「自分が居たいから、ここにいる…か」
春城が無表情になり、こちらを振り返る。
何か文句や一言を言われるのかと思えば、彼女はにこやかな笑みを浮かべてきた。
「そうよ、そうでしょ?あたし達はちゃんと意思ってモノを持っているんだから」
「あははっ、そうだね」
俺は伸びをして、ついでに空を仰いで見た。夏の暑い日差しが眩しかったが、雲一つない空に気持ちよさを覚える。
「それで?」
「それで…ってなによ」
「春城の用件は?」
「…今日はもういいわ。何だかスッキリした。帰る」
なんだか自由な奴らばっかりだな…。
俺が心の中で呆れていると、春城はこちらに背を向けて歩き出し、大きく手を振ってきた。




