情報部員が集う日
涼しい風が窓から舞い込んできた。
その気持ちの良い風を目で見るかのように、俺は窓に顔を向ける。
「もう、夏なんだ…」
「当たり前だ。だからこその、宿題だろ」
情報部の部長である香藤勇雅部長が、俺の部屋で苛々しながら宿題を片付けていた。その隣で、香藤部長と同じく宿題を進めている、香藤部長の親友で情報部の白池和攻先輩が、小さな笑みを浮かべる。
「勇雅、機嫌悪いね。奏寺はもう宿題終わった?」
「はい」
恐らくテストが合格だった俺の宿題は、不合格者の量の十分の一も無いのだろう。学年が違うため何とも言えないが、不合格だった二人の先輩の宿題の量は恐ろしいものだった。
白池先輩は冷えた麦茶に口をつけて、溜め息をつく。
「それにしても、あの広報部の二人も動いているなんて…いよいよ古代宝ってのが怪しくなってきたね」
「だな…。ったく、面倒なことが多すぎるだろう、この土地は」
香藤部長が舌打ちをしながら、床の上に置いてあるノートパソコンを片手で操作した。俺と白池先輩が画面をのぞき込むと、第三高校の広報部の情報部がずらりと出てきた。香藤部長がぼそりと呟く。
「第三高校広報部の咲宮と篠川か。この二人が目に付くようになったのは、結構最近なんだな」
「そうなんですか?なんか慣れていた感じしましたけど」
「ああ…。確かに実績はある二人だが、決して広報部の中では好戦的ではなかったみたいだぞ?特に、出会ってしまったから攻撃してくるようなことは、少なくとも一カ月以前まではない」
あれだけ楽しそうに人を苛めていたのに、か。もしかして…。
「あの二人、二年ですよね?後輩できて調子に乗っているとか…」
「ははっ、まあ無くは無いかもね」
俺の提案を、白池先輩は曖昧な返事で返した。その後、香藤部長は睨むような勢いで、俺を見て警告してくる。
「とりあえず古代宝探しとかいうのは、最低でも守衛部がいる時にしろ。それまでは部屋で情報の記憶でもしとけ」
「…はい」
情報の『記憶』か。
やはり、情報の『収集』とは言わない。
いや、当たり前なんだが。
その時、篠川に言われた言葉がふと蘇る。
「…」
「?どうしたの、奏寺」
「あ、いえ、なんでも」
不思議そうな目で俺を見てきた白池先輩に、焦って返事を返した。ごまかし笑いをした俺に特に何も言うこともなく、香藤部長が目線を時計に向ける。
「…そろそろ雪平の補習が終わる頃だな」
「そうだね。…ああ、お腹減った。早く来ないかな」
明らかに雪平先輩に料理を頼もうとしている二人の先輩達は、集中が切れたのか宿題を片付け始めた。情報部員である雪平正護先輩を待ちながら、俺はふと疑問に思っていたことを思い出す。
「そういえば香藤部長、春崎先輩はどうしているんですか?」
情報部で唯一の女子である春崎瑠衣伽先輩に、夏期休暇中まだ一度も会っていないので、少し気になっていた。
「ああ。春崎はおまえみたいに、寮の部屋が一人部屋だから基本的に部屋の中で一日過ごしているらしい」
「出かけないんですか」
「たまに図書館や他校に侵入するらしいが…あいつは体力ないから、極力室内に居たいんだろう」
「…」
その後、雪平先輩がこの部屋を訪れ、白池先輩たちの思惑通り昼ご飯を作ってくれた。
調子に乗って途中から春崎先輩に電話をしてみると、予想通り部屋に居たため、雪平先輩に続いて集まってくれた。
俺にとって情報部員は、高校生活で初めてできた大切な仲間である。
『君の必要性って、なに?』
犯罪的な手法と才能で、情報を集める香藤部長。
潜入や、得意の情報操作を活かして動く白池先輩。
器用に自分を演じ、身近な情報を手に入れる雪平先輩。
高い身体能力の駆使し、他校に侵入して情報を得る春崎先輩。
…。
「…なんて顔してるんだ?おまえ。気持ち悪いぞ」
気が付くと、雪平先輩がこちらを見て渋い顔をしていた。俺は慌てて自分の世界から我に返る。
「ああ、いえ…って気持ち悪いって、酷いですよ」
「気持ち悪い。なんで俺たちを見て哀愁感漂わせる顔をしているんだ?」
「どんな顔ですか、それ」
俺が少し慌てていると、隣にいた春崎先輩が心配そうな顔になる。
「でも奏ちゃん…本当に顔色、悪いよ…?」
「え。あ、きっとずっと部屋の中にいたからです。ちょっと外の新鮮な空気吸ってきます!」
俺は立ち上がり、部屋から走って出て行った。最後に春崎先輩が何かを言っていた気がしたが、気付いたときにはもう、俺は寮の外にいた。
「…」
「…」
「…」
「…ははっ」
奏寺がいなくなった寮の部屋で、沈黙を破ったのは白池だった。
「こういうことはわかりやすいね、奏寺は。今度は何を抱えてるのかな?」
いたずらっぽい笑みを浮かべる白池の横で、香藤が大きな溜め息をつく。
「ったく。手の掛かる副部長だな、あいつは」
「…まあ、犯罪を犯す部長っていうものも、どうかと思うが」
雪平も香藤に負けないほど、大きな溜め息をついていた。
「そう…。でもどうにかしてあげないと…」
心配そうな顔で、春崎は奏寺が出て行った方向を見つめた。その時、小さく低い声で香藤が呟く。
「しょうがねぇな…」
全員の視線が一気に香藤へと向くと、香藤は強気の笑みを見せた。
…篠川の言葉が頭から離れない。
あいつのせいで頭がこんがらがるほど、何かを考えることになるとは。
夏期休暇中かつ昼食時ということもあってか、寮の前を通る人は居なかった。そのおかげで少し冷静になれたため、とりあえず深呼吸をする。
…落ち着けたし、そろそろ部屋に戻るか。
頭が少しだけすっきりとした俺は、足を寮の方へ向けようとした。…その時。
「あれ…あいつは…?」
俺は第一高校の敷地の外に、見知った顔を見つけてしまった。




