地獄明け
なんとか第二章始められました。
以前よりスローペースで投稿していく予定ですが、どうかよろしくお願いします。
とある静かな部屋の中、狭くて物が異常に少ない部屋に、二人の人間がいた。
「叔父さん、やっぱり俺あの学校に行くよ」
「…そうか」
「うん。だから…」
叔父さんの微笑みが、嬉しそうで悲しそうで、でも困っているようにも見えた。
「…………?」
俺は自分の部屋の中で鳴り響く、目覚まし時計の音で目が覚める。
「……はぁ」
俺の目に映るのは、いつも情報部員が集まってくる俺の寮の部屋の天井だ。
…ということは、今のは夢か。
安堵のような溜め息をついて、さっきまでみていた夢について考える。
確かあれは昨年度の二月の出来事。
第一高校への進学を、育ての親である叔父さんに伝えたときのことだ。
「…」
あの叔父さんの表情が、頭の中でぐるぐると巡っていく。
まさか叔父さんだって、俺が情報部とかいう怪しい部活に入るなんて思っていなかっただろう。
ましてや、毒を盛られたりなんて…。
気が付くと、起きてから一時間ほどの時が過ぎていた。
そろそろ学校へ行く支度を始めなくては。
実のところ昨日まで、第一高校は地獄のような日々だった。
そう。学生の敵である『勉学』の中でも、厄介な『テスト』が行われていたのだ。
とはいえ、ここは将来国のために働くことを約束した者が通う学校。
普通の高等学校のテストとは、一味違う。
俺は教室に着くと、携帯電話を出した。
怪しさ溢れる情報部ゆえに、多くの生徒から避けられている俺は、いつもこうして時間を潰す。
後々登校してきたクラスメート達は、みな一斉にテストの話題をし始めた。
「テストやばいんだけど」
「余裕な奴なんていないから。何だよ、憲法はともかくさ。商法とかって意味あるのかよ、俺たちの将来に」
「ある人にはあるんでしょ。政府御用達の弁護士する人とか…」
「そんなの無いだろ!」
その集団は笑って、また話題を膨らましていった。
…将来か。
俺はひとり、その言葉について考え込む。
俺は情報部に勧誘されたくらいだし、裏で情報を扱うようなことをするのだろう。
だが、あくまでこのような曖昧な予想しかできない。これは俺だけではなく、ここにいる人間のほとんどにあてはまることだろう。
なぜなら、この土地の卒業生はここに来ない暗黙の了解がある。そのうえ、卒業生の情報は一切ここに届かない。
もしかしたら、親がこの土地の学校出身とかいう人ならいるかもしれないが。それでも、不思議なくらいに情報は無い。
「はぁ…でもテストの合格ラインって九割なんだろ?それに達しなかったら、夏期休暇に大量の宿題がだされるって先輩が言ってたけど」
「あ!あたしもそれ聞いた!しかも四割未満は夏期休暇無しで補習なんだって」
夏期休暇。それは誰もが待ち望んだ学校の夏休みのことだ。
第一高校は多くの者が夏期休暇中に、自宅に帰省する事が許されている。
ただし成績不良者や、とある一部の者には、帰省の許可はおりない。
「あ、先生がきた」
誰がそう言うと、皆が席に着く。俺も携帯電話を急いでポケットにしまい込んだ。
その数秒後に、青い眼鏡をかけた中年の男性教師がこの教室に辿り着いた。
全員にテストの答案用紙と共に、学年順位が書かれた紙が配られる。
皆の元に結果が行き渡ったのを確認した先生が、体を出口の方に向けながら言った。
「各教科で一つでも点数が九割切った奴には、学年順位が書いてある紙に『不合格』と書いてある。該当生徒には、後日大量の宿題が送られる。
各教科で一つでも四割切った奴の紙には、『補習』と書かれる。そんな者には、宿題と共に夏期休暇中の補習予定表が配られるからな。…これ以上言わなくても…わかるよな?」
つまり、『不合格』と書かれた奴は大量の宿題をやれ。『補習』と書かれた奴は大量の宿題を抱えながら補習に来い、と。
わかると言えばわかるが、雑な説明だな。
教室を早くも出て行った教師に少し軽蔑の視線を送りながら、俺は配られた書類を取り出す。
えっと、俺の結果は…。
憲法が…ふむ。公法、民法、商法、刑法も…。ふむふむ。
気が付くとクラスメートが自由に席を立ち、色々と盛り上がっていた。
その雑談を聞く限り、九割強の生徒は『不合格』のようだ。
その中で、とある男子の大声が教室内に響く。
「すっげえ!暮谷、学年順位三位じゃん!」
「お、おい!相宮!勝手に見るなよ…」
呆れながら、相宮の手から紙を取り上げる学級委員長の暮谷に、クラスメートの注目が集まる。
「暮谷くん凄い!」
「三位って…やばくない?」
「戦闘部やりながら勉強とか…天才じゃん」
思わぬ歓声に、暮谷がぎょっとした後に少し照れ笑いした。少し大人びた顔立ちと性格をしている暮谷が照れるのは、かなり珍しい。
クラスが一体感を持って盛り上がっているなか、俺はひとり窓の外を見た。
窓側の席だと、こういう時に便利だ。
ふと見えた向かいの校舎では、この第一高校の生徒会長である、式条赤門生徒会長が、葉山副会長と何か話をしている。
その葉山副会長の表情には、多くの笑顔が見られた。
少し安心した俺も、思わず微笑んでしまう。
「なに笑ってんの?」
その時、俺のすぐ横から声が聞こえた。
思わず驚きながら声の方を見ると、そこには…。
「き、希月!何でここに…?!」
ここのクラスメートではない、学年で唯一の俺の男友達の希月徳が、俺の机に手を着いていた。しかも、不審人物を見るような目でこちらを見ている。
「なんでって、今日はもう放課後だから。あ、これ奏寺のテスト結果?」
希月が机の上に置いてあった書類と取ろうとした。間一髪で俺はそれを阻止する。
…あ、危なかった。もしこれを今見られていたら…。
「勝手に見るなって」
「ごめんって。…たださ、そこまで焦るもの?」
希月が自分の短い黒い髪をかきながら、冷や汗をかいた俺を苦笑いして見た。
「そりゃあ…」
そうだ、と答えようとしたとき、クラスメートの視線がこちらに向いているのに気付く。
全く、面倒くさいクラスだな…。
小さな溜め息をついて、俺は席を離れる。希月を手招きで呼びながら、屋上へと辿り着いた。
ふと空を見ると、小さくて薄い雲がちらほらと風に流れている。
今日はそれなりに天気が良いようだ。
屋上に誰も居ないことを確認した後、俺はテスト結果が書かれた書類を取り出した。
「あの場でこれを見られるのは、少ーし都合が悪かったんだ」
希月が首を傾げながら、俺の手から書類を取ろうとした。その前に、俺は開いている手を希月に向ける。
「希月、俺の結果を見るならお前のも見せろ」
「あ、ばれた?」
ごまかし笑いをしながら、希月はテスト結果を取り出した。俺達はお互いに書類を交換する。
さて。守衛部のエースの希月のテスト結果は…?
「…」
苦い顔で黙り込む俺に、いたたまれなくなった希月が突っ込む。
「…せめてなんか言ってよ」
「い、いや。その…補習は免れて、良かったな…」
「…どうも」
希月のテストの平均点は五十点前後らしい。ちなみに、これは百点満点中の結果だ。
ただ、全ての教科は全て四割以上は取れているので、順位が書いてある紙には『不合格』とだけ書かれていた。
つまり、希月の夏期休暇には大量の宿題がつきまとうことになる。しかし、補習はない。
「九十人中で五十二位か…」
「うん…。まあ補習が無いだけましだよ。さて。奏寺の結果は、と」
希月は俺のテスト結果の書類を開く。そしてそのまま、希月の動きが止まった。
数秒十後、希月が何かを羨むような目で俺を見てきた。
「そうか…。奏寺の記憶力は恐ろしいレベルだったんだよな…」
「まあな」
「確か、第二高校の見取り図とかを一瞬で暗記したとか、しないとか」
「一瞬ではないけど。…十秒くらいか」
希月が「充分じゃないか…」と言いながら溜め息をついた。
俺は記憶力には自信がある。
その自信とは、記憶できるスピードや覚える量、そしてそれを思い出せる早さ。
そしてこの学校の一年生のテストは、憲法や民法の穴埋め問題だ。
正直、相性が良い。
希月が俺の順位を見ながら、ぼそりと呟いた。
「なるほど。暮谷くんが三位で盛り上がっているところに、おれが奏寺の順位を見て『奏寺、一位かよ!』とか言ったら…」
「ああ、さすがに…な」
俺がそう言うと、希月が怪しい笑みを浮かべた。
「だけどおれはあの時、奏寺が一位だって言って、暮谷くんに恥ずかしい思いをさせたかったな」
「…お前、相変わらず戦闘部嫌ってるな」
「あはははっ。嘘だよ、さすがに」
笑いながら希月は手を横に振った。しかし、その笑顔の裏に悔やみが見えるのは、気のせいだろうか。
希月はいつもの表情に戻り、ついでに話題も変えてきた。
「それより奏寺は帰省するの?」
「まさか。『判定』落ちだ」
『判定』、それはその生徒が、この土地から出ても問題が無いかという、役所の判断のことだ。
この土地は世間には伏せられているため、あまり情報を外部に漏らしたくはない。だが、生徒を親元や故郷に一切帰さないのは、どうかという意見もあったらしい。
その結果、その生徒の性格やプロフィールなどから、帰省させて良いか判断されることが決まったようだ。
そして情報部という、この土地のあらゆる情報を知った俺は、見事にこの判定に落ちた。
「まあ、想定内だったが。希月は?」
まあ、守衛部なら大丈夫なのだろうと思いながら、一応聞いてみた。
しかし、希月は苦い顔で首を横に振った。
「判定では帰省は可能だったんだけど。守衛部の貧乏くじを引いてさ…」
「貧乏くじ?」
「守衛部全員が学校から居なくなったら、もしもの時やばいだろう?だから、毎年数名はこの土地に残るらしくて」
希月がふてくされたような顔で、グランドを見た。まだどの部活も始まっていないのか、生徒の姿はない。
「つまり希月が、そのもしもの時のために残る係になったと」
「そう。まあ今まで夏期休暇中に、大きなもめ事なんて起こった事例は無いみたいだけど。それより、やっぱり奏寺は情報部だから判定落ち?」
少し真剣な面持ちで希月がこちらを見てきた。俺はその問いに、素直に答える。
「ああ。俺以外の部員も全員落ちたし」
「奏寺以外…。白池さんや、あの香藤って人もか」
希月が少し斜め上を見ながら、以前の出来事を思い出していた。
俺は頭を抱えながら、希月に釘をさす。
「本当にあの二人のことは秘密にしておいてくれよ?白池先輩どころか、香藤部長の存在もバレるなんて…」
「ああ、わかってるって。それより奏寺は夏期休暇中、なんか予定ある?」
俺は少し考えて、あることを思い出す。
「部活で集めた情報を、頭に叩き込むことかな」
真面目に答えた俺を見て、希月が呆れていた。
「お前…テスト終わったばっかりなのに、何言ってんの?まだ何かを頭に詰め込む気?」
「だって、部活だし」
「はあ…。ま、それならいいか」
希月は少し笑顔になって、一冊のノートを取り出した。
「なら奏寺、夏期休暇中…宝探ししてみないか?」




