証拠
空がすっかり真っ暗になったころ、俺と希月、城戸は寮の入り口に着いた。
城戸とまず別れ、希月に俺が正面から寮に入れない理由を述べて、別れる。
俺はひとりで寮の部屋に戻り、急いで香藤部長に電話をかけた。
「香藤部長、お願いがあります!春崎先輩と雪平先輩って、今どうしてます?」
あまりにも勢いよく聞き過ぎたせいか、珍しく香藤部長が怯んでいた。
「か、奏寺、落ち着け。何があった?」
「あ、すみません」
生徒会室の出来事に捕らわれ、俺は少し取り乱してしまったようだ。
いけないいけない。
「実は城戸と希月、式条会長と冷川風紀委員長と話したんですが…」
俺は生徒会室で希月が語った推理と、犯人の疑いがある生徒、つまり『容疑者』について調べてほしいことを伝えた。
途中一切口を挟まなかった香藤部長は、俺が話し終えると、少し笑った。
「話は分かった。…それにしても、どうしたんだ?今までお前は冷川のことを、裏では呼び捨てにしてたじゃねえか」
「あははっ、ちょっと見直しましたので。それでもまだ風紀委員は怖いですけど」
「まあ、そこは別に良いだろう。とりあえずお前はもう休め。後は俺たちが調べておく」
そう言って、香藤部長は電話を切った。多分、俺を早く休ませるためだろう。
ここはお言葉に甘えてしまうか。
今思い出したが、俺は病み上がりだったんだ。
「おはよう…ございます」
次の日の朝、俺は午前六時から訪ねてきた情報部の先輩達を、眠い目を擦りながら部屋に案内する。
…日曜日なんだから、もう少し遅くてもいいのに…。
大きな欠伸をしたあと、香藤部長と春崎先輩と雪平先輩にお茶を出す。
そんな俺を横目で見て、雪平先輩が心配そうに話しかけてきた。
「奏寺、体調はもう平気か?」
「はい。お陰様で…」
半分、夢の世界にいるような思考で俺は返事をした。
最近この時間でも寝ていることが多かったせいか、なかなか頭がはっきりしない。
俺が座布団の上に座ると、さっそく香藤部長が話を始める。
「よし、じゃあ昨日の成果を報告する。俺がクラッキングで得た情報は、これだ。…これがこの第一高校の中枢にあったデータだ」
そう言いながら、香藤部長はノートパソコンを開く。
手早くパソコンを立ち上げると、デスクトップから一つのファイルを選択し、中にある『個人情報』と書かれたデータをクリックした。
…それより、中枢のデータってそんな簡単にとれるものなのか?
俺が心の中で疑問に思っていると、画面が大きく変わっていた。
そこにはびっしりと、生徒の名前や様々な個人情報が載っている。
それを見た雪平先輩が、顔をひきつらせながらぼそりと呟いた。
「これほどの個人情報…。さすがにこう、罪悪感が芽生えるな」
「た、確かにそうですね」
俺もそれに同感したが、春崎先輩は全く動揺していなかった。
やはり受付をしている俺や、校内で聞き込むことで情報を入手する雪平先輩に比べ、二人はこういう物を見慣れているのだろう。
静まり返るなか、香藤部長が画面の下の箇所を軽く指差した。
「これだ」
俺たちが画面を覗くと、容疑者の学年の生徒名一覧が出てきた。
一つ一つ全員で該当する名前を探すが、容疑者の名前は見つからなかった。
全員が思わず香藤部長を見ると、部長は小さく頷いてから話し出した。
「ああ。つまりあいつは第一高校のデータ上、いない」
「でも、なぜバレなかったんですね?だって『彼』は…」
俺が言葉を言いかけたところで、春崎先輩が様々な大きさの紙を取り出した。
「…犯人かもしれない『彼』は、地味に頑張っていたみたい…。その中枢のデータ以外の全ての文書が偽装されている…」
春崎先輩から受け取った座席表や、成績一覧表などには『彼』の名前が載っていた。
「ちなみに……勇ちゃんお願い」
そう言いながら春崎先輩が香藤部長をちらりと見た。
いつも通りの固い表情で、香藤部長がまた別のデータを開く。
「これが、容疑者のクラスの担任が管理しているデータだ」
見せられたそのデータはテストの結果なのか、様々な教科の点数と共に生徒の氏名が書かれていた。
そしてその中には…。
「あ、ここにも名前がある!」
俺が思わず叫んでしまった。
中枢のデータには容疑者の名前は無い。
だが、担任が持つデータなどからは名前が見つかる。
どうしてだ?と俺が悩んでいると、雪平先輩が納得したような顔をした。
「なるほど。犯人はその中枢のデータには、さすがに手を付けられなかった。だが、この担任教師のデータには干渉出来たのか!」
「おお、なるほど…?」
俺が曖昧な相づちを打つと、春崎先輩が説明をしてくれた。
「中枢のデータって言うのは、とても大切な情報が集まっているの…。
…だから中枢のデータが入っているコンピューターや、データを守るセキュリティーのレベルは高いの。
けどクラスの担任教師程度が持つコンピューターやデータのセキュリティーなら、ある程度レベルが下がる…」
「つ、つまり犯人はセキュリティーレベルの低い担任教師のデータのみ、いじれたって事ですか?」
「…ええ、そういうこと」
俺は何かを記憶する事は得意だが、代わりに物事を理解する事が少し苦手だ。
ゆっくりと理解を進めている俺の横で、雪平先輩と香藤部長が話をしていた。
「だが香藤、中枢データは正しいのに、どうしてバレなかったんだ?」
「多分学校側は、中枢のデータを大切にし過ぎて、あまり触られることがなかったのだろう。この中枢のデータの最終閲覧日は一年以上前だ」
ううむ。
とりあえず、あれだ。
中枢のデータを盗める香藤部長は凄い、ということか。
…いや。頑張って理解しよう。
とりあえず自分の中でまとめ、話を進めた。
「えーと、じゃあ犯人は担任教師がもつ情報をいじり、第一高校の生徒になりすましていた。
だから、犯人の名前が無いこの中枢のデータを、証拠として見せればいいんですかね」
俺が聞くと、香藤部長が少し呆れた顔になった。
「馬鹿かお前は。自分の学校の中枢のデータを盗み見た事がバレたら、さすがに問題になるぞ」
「…そうですよね」
俺は苦笑いしながら、春崎先輩の持ってきてくれた資料だけを預かる。
「じゃあ会長に上手く言って、自らの目で中枢のデータを見てきてもらいますよ」
「ああ。会長ならそれくらい可能だろうからな」
雪平先輩が頷いてくれた。
俺は忘れない内に携帯電話を取り出し、式条会長に電話をかける。
理由を話すと、式条会長は若干面倒くさそうだったが、了解してくれた。
…しかし、これで犯人はあの人になってしまうのか。
なんというか少し、悲しい。
俺が複雑な思いでいると、香藤部長がまた一つ、違うデータを見せてくれた。
「ちなみに、犯人の名前は第二高校のデータにあったぞ」
「本当ですか?…あ、でもその情報って…」
「クラッキング情報だ」
春崎先輩が溜め息を着いた。
「やはり犯人が第二高校という証拠を、第一高校から入手するのは難しいかも…」
「だな」
雪平先輩も苦い顔になってしまった。
よく見ると先輩達の表情は、悔しさと申し訳無さに満ちていた。
いやいやいやいや!
俺は慌てて、先輩達に声をかけた。
「なんて顔しているんですか!こんな凄い情報集めたんですから、ここは喜んでいきましょうよ!」
わざといつもより明るく言うと、先輩達は俯いてしまった。
うっ、余計なことしたか?
焦りながら次の言葉を考えていると、香藤部長の方から、変な声が聞こえた。
「くくっ…」
それに続くように、雪平先輩や春崎先輩からも声が聞こえた。
「ふっ…」
「ふふ…」
ようやく真意に気付いた俺は、肩を落として溜め息をつく。
「人の励ましで笑わないでくださいよ…」
「わ、悪い…あまりにもわざとらしくてな」
香藤部長が、笑った顔を手で隠しながら謝ってきた。
雪平先輩は豪快に笑い出し、春崎先輩は静かに笑っていた。
「あ、春崎先輩が笑顔になってる!珍しい!」
俺がそう言うと、春崎先輩は笑顔のまま驚いていた。
「そ…そんなに珍しいこと?」
「そういえば、あまり見ないな」
雪平先輩も笑いを引きずりながら、同意した。春崎先輩が顔を赤らめて少し困りだす。
「ゆ、雪ちゃんまで…」
先輩達はもう暗い顔などしていない。
少し安心して、俺も少し微笑んだ。
けど、白池先輩が居てくれたら、もっと明るくなれただろうな…
少し暗いことを考えていると、春崎先輩が立ち上がっていた。
「もう七時ね…。一応、私は第二高校の周辺に行ってみる…。何かあったら連絡ちょうだい」
「ああ。頼む、春崎」
香藤部長の言葉に、春崎先輩が頷いて答える。
そして鮮やかに俺の部屋の窓から出て行き、音を立てることなく消えていった。
ちなみに俺の窓からの逃走術は、春崎先輩から直々に教えてもらったものだ。
「よし、俺たちも頑張って証拠探すか!」
雪平先輩が元気よくそう言って、部屋を出ようとした。
その時、俺の携帯電話に着信が入る。
「もしもし」
「ああ、情報部か?冷川だ」
つい癖で電話を切りそうになるが、なんとか抑えた。
危ない危ない…。
俺が風紀委員への反射的な行動であたふたしていると、冷川風紀委員長は構わず用件を話し出した。
「お前の言ったとおり、中枢のデータには奴の名前はなかった。これは一つの証拠として受け取っておく」
「あ、お願いします。でも、なぜ冷川風紀委員長がその連絡を?」
ごもっともな質問を冷川風紀委員長にぶつけると、不機嫌な声で返事が来た。
「式条はもう攻め込みの手続きを始めている。そのせいで報告を俺に押し付けてきたんだ」
「ああ…」
余計な事を言って、冷川風紀委員長の怒りの矛先を、こちらに向けられるのはごめんだ。
そう思い、急いで電話を切ろうとするが、冷川風紀委員長はまだ言葉を続けた。
「それで、第二高校にいるという証拠はあったか?」
「いえ…。でも、第二高校に彼のデータがあるのは確かなんですが」
「だか、どうせ潜入かなんかで得たものだろう?」
「はい」
冷川風紀委員長の溜め息が、こちらまではっきりと聞こえてきた。
それどころか、近くにいた雪平先輩と香藤部長にまで聞こえていたらしい。
雪平先輩は苦笑いをしており、香藤部長は頭を抱えていた。
「す、すみません…」
「…まあ、第二高校というのが間違いではないなら、最悪どうにかする。だが、ギリギリまで証拠は探しておいてくれ」
「はい」
冷川風紀委員長は「頼んだ」とだけ言い残し、電話を切った。
その直後、俺はどっと疲れが出て、冷川風紀委員長並みの大きな溜め息をついてしまった。
「はあ…」
「お疲れだな、奏寺」
雪平先輩が俺の肩を軽く叩いた。
その後、香藤部長と雪平先輩は、証拠を探しを再開した。
俺と城戸と希月は式条会長に呼び出され、音楽室に集まる。
席に座りながら音楽室の中を見渡す城戸が、疑問を口にした。
「何で音楽室に集合なのかしら?」
「多分、生徒会室だと犯人に会う可能性があるからだろ。音楽室なんて、存在すら知らない人が多いだろうし」
俺も音楽室を見渡しながら答えた。
ひとり教室内を歩き回り、楽器を間近で見ていた希月が、ひょいと俺を見た。
「実はおれ、音楽室があるなんて知らなかった。奏寺くんが知っていて良かったって思ったし」
「あ、私も知らなかったから、それ思った」
珍しく希月と城戸が和やかに会話していた。
この穏やかな雰囲気が、続いてくれれば良いんだが…。
それを崩すかのように教室のドアが開き、式条会長と冷川風紀委員長が入ってきた。
希月が慌てて、俺の隣の席に戻る。
「お待たせ。いやー、仲の良い第八高校に連絡したり、役所に申請したり……疲れた」
式条会長が笑顔のまま椅子にもたれかかる。
それを見て、冷川風紀委員長が舌打ちした。
「お前は能力は高いんだ…日頃からこのくらい働け」
「冷川は真面目すぎだよねぇ」
生徒会役員の人間関係が垣間見え時、俺たち一年生は隠れて笑うことしか出来なかった。
その後、復活した式条会長が仕切り始めた。
「それで、戦闘部としてはいつ攻め込みたいんだい?それによって準備をしたり、しなかったりするけど?」
「そうですね。今日の午後にできたら最高ですね」
城戸が真面目な顔で答えた。
希月と式条会長、冷川が唖然とするなか、俺は以前に似たような経験があったため、冷静でいられた。
「城戸、無茶言うな。と、言いたいところだが。俺も賛成」
白池先輩が心配だからな。
と、心の中で付け足した。
城戸は嬉しそうに俺を見た。
「でしょ?」
「おい、待て」
冷川風紀委員長が、やっとの思いで口を開いた。
「今日の午後って…。今、午前十時だぞ?」
「あ、午後って言っても、七時とかでいいですから。攻め込みって、実は平日じゃあやりにくいんですよ」
「その攻め込みをするのに、相手に宣告をするのは知ってるよな?それはどうするんだ!」
「宣告したら、相手の返答に二時間は待たないとですから…今すぐ宣告しましょう!」
昨日の生徒会室の風景と同じように、城戸と冷川風紀委員長が言い合いを始めてしまった。
前回と違うのは、希月が仲裁をしようと話に割り込んだところだろうか。
式条会長は時計を見ながら、言い合いが終わるのをのんびりと待つようだ。
さて、俺はどうするか。
そう考えようとしたとき、俺の携帯電話が鳴った。
式条会長を見ると「出て良いよ」と、手を使ってジェスチャーしてくれたので、急いで電話に出る。
「もしもし」
「…あ、奏ちゃん?」
電話の相手は、春崎先輩だった。
「今、第二高校の周辺にいるんたけど、ちょっと変な女の子がいて…」
「変な女の子ですか?」
「ええ…。それでその子、湖上高校の制服着てるから…奏ちゃんの知り合いの子かも」
湖上高校の、変な女の子、か。
「その、変というのは?」
「その子、第二高校の周辺から、敷地内を写真に撮っていて…。不審に思って声をかけた第二高校の男子を、背負い投げしてた…」
「あー…」
思い当たる人物がいる。
それは多分、霧丘だな…。
「わかりました。ちょっとこちらから連絡してみます」
「ええ…。それじゃあ」
電話を切った後、すぐに霧丘の電話番号を入力する。
「何かあったのか?」
希月たちが俺の方を見て、不思議そうな顔をしていた。
俺は苦笑して頷く。
「はい。湖上高校の生徒が第二高校の周辺で、不審な行動をしているらしいです」




