希月の依頼
「毒なんて非道な手段を使っている相手なんですよ!潜入がどうだとか言っている場合じゃないんです」
「…で?」
「だから、潜入より重いことをしている相手に、潜入がどうだとか言ってる場合じゃないんですって」
熱く語る城戸を、冷川は冷めた目で見ていた。
その目線がゆっくり、俺に向けられる。
「おい情報部、何を言っているんこいつは?」
「困った時にだけ、俺を頼らないでくださいよ…」
実際、俺も頭を抱え困り果てていた。
まさか城戸が、このような理由で説得しようと思っていたとは。
…まあ、気持ちはわかるが。
希月の方に目をやると、希月はひとり黙々と考え事をしているようだった。
仕方なく俺が城戸に、少し説明をすることにした。
「なあ、城戸。毒を盛ったのが、確実に第二高校だという証拠がないのは分かっているよな?」
「ええ」
「つまり第二高校や他から見れば、単なる言いがかりだろ」
「…勝って証拠を見つければいいでしょ」
「そうなるとお前の理屈で、第三高校とかが第一高校にてきとうな理由をつけて、攻め込む事も一応出来てしまうんだが…」
城戸は少しだけ考えた後、きっぱりと言った。
「証拠も無いのにいきなり攻め込むのは、理不尽だと思う」
「ああ。つまり、そういうことだ。こんな理由じゃ生徒会も認めてくれない。今の俺たちにはしっかりとした証拠が必要なんだ」
「うーん」
城戸が不満そうな顔をした。
俺と冷川が同時に溜め息をつく。
風紀委員と気があうのは、これが初めてかもしれない。
「とりあえず、この件は却下だ」
冷川が断言した。
その答えに、式条会長は面倒が減ったと安心していた。
城戸は納得いかないのか、冷川を睨む。
俺もこればっかりは仕方がないと諦めた。
だが、まだ希月は腕を組んで考えている。
「いや、ちょっと待って下さい」
希月は俯いたまま、静かに言った。
「これ、何か引っかかる…。初めからきちんと、おれに詳しく教えてください」
希月の真剣な顔に、全員が緊張を覚えた。
あの冷川まで、口を挟めないでいる。
いったい、希月はどうしたのだろうか。
とりあえず俺は、葉山副会長からの依頼のメールの場面から話し出す。
「…と言うわけで、第二高校と第三高校の体育祭の日時を調べる事になった」
「どうして第二高校と第三高校だけ?」
希月が質問をしてきた。
「特に仲が悪いかららしい」
俺がそう答えると、式条会長が補足した。
「そこまでする必要があるかと、生徒会役員会議で疑問の声もでたんだがねぇ。葉山と滝、あと冷川も念の為調べたいといったんだよ」
「そう言えば言ったな。だが全部調べるのは大変だろうって滝がその二つに絞ったんだ」
「ああ、情報部の負担を少なくするとか、何か言っていたねぇ」
式条会長と冷川が、少し懐かしそうに話していた。
特に冷川は心の底から懐かしんでいるらしく、つり目が少し緩んでいた。
希月はそんな二人の事など一切気遣わず、無言で俺に説明の続きを催促した。
俺は慌てて第二高校での潜入の件を話す。
「…ということで、俺は行事予定表から。もう一人は生徒会室と役員から情報を得た」
簡単に説明し終えると、冷川が呆れた目で俺を見てきた。
「何考えてんだ?生徒会室漁るのは、まあいいとしよう。だが生徒会役員から直接聞くなんて…」
「いや、生徒会室漁るのもどうかと思うけど」
城戸もぼそりと呟いた。
さすがの俺も、この白池先輩の行動には驚かされたので、苦笑いしかできない。
式条会長はそんな俺達を見て笑い、希月はまた無言で催促していた。
さて、次の第三高校の潜入のことを話したら、どんな小言を言われるのやら。
「…と言うわけだ。今回俺は、湖上高校の生徒と共に毒を盛られ、もう一人の部員に助けられた」
「お前、仕事出来てないじゃないか」
冷川の率直な意見が、地味に俺に突き刺さる。
そして城戸も言葉という名の武器で、俺の心をえぐってきた。
「奏寺くん。あなた、潜入に向かないんじゃない?」
「そんなこと分かってるよ…」
俺が落胆していると、式条会長が「そういえば」と、話を切り出した。
「その後、第三高校の人達がうちを訪ねてきたねぇ」
城戸と冷川も、それを聞いてあの日の出来事を思い出したようだった。
「そういえば来てた!あの時、奏寺くん揉め事起こしたんだよね?」
「…懐かしい話じゃねえか。なあ、情報部…?」
楽しそうにあの出来事を思い出す城戸と、お前はあの時も問題を起こしてくれたよな?と無言で語る冷川の目線が、同時に俺に向く。
さすがにもう、勘弁してほしい。
「まあ、もう過ぎた話ですから…な?」
希月に同意を求めるが、考えるのに熱中しているらしく、返事はない。
むしろ何かぶつぶつと呟いている。
「生徒会の体育祭の依頼で……あ、でもそこで毒が…いや、でも第三高校の人達は」
「なんだお前、怖い奴だな」
冷川がやや引きながら、希月に向かって冷たく言い放つ。
確かこいつ、俺と初めて会ったときもこうやってぶつぶつ呟いていたな。
そんな希月を見て、城戸は溜め息をつきながら腕を組んだ。
「まーたやってる…」
「また?!」
俺と冷川が、思わず同時に城戸に聞き返した。その後すぐ俺たちはお互いに嫌な顔で向き合い、そっぽを向く。
その一部始終のタイミングがぴったりだったらしく、城戸が笑い出した。
「あはは!あんた達、実は仲良いんじゃない?」
「まさか」
俺が即答した。
冷川は俺たちを見下すような笑いをして、やはり否定をする。
「つまらない冗談を言うな。それに戦闘部、目上の人物には敬語を使うように」
「はーい」
城戸はわざと明るい返事をした。
冷川はそれに苛ついて、城戸と言い合いを始めてしまった。
そういえば静かだけど、式条会長は…?
俺はちらりと横目で会長の方を見る。
あ、だめだ。寝てやがる。
左を見ればひとりで何かぶつぶつ呟いている守衛部と、居眠りしている生徒会長。
右を見れば言い合いをしている風紀委員長と戦闘部。
…俺は、何をしたんだっけ?
頭が痛くなり、近くにあった壁に寄りかかる。
そしてふと、白池先輩のことが頭によぎった。
…先輩は無事だろうか。
いや、身体的に無事なのは確かなのだ。
ここの土地では、無意味に人を傷つけるのは禁じられている。
人質なども、もちろん禁止になっている。
だから本当は、城戸の言うとおり毒事件などあってはならないものなのだ。
だが、現状は…。
「………」
俺の視線は下に行き過ぎて、床と自分の足しか見えなくなっていた。
その時、突然希月の声が大きくなる。
「もしかして…いや、これは有り得てしまうかも」
俺は驚いて前を向いた。
言い合いをしていた城戸と冷川も、希月の方を向く。
式条会長はびくっ、として目を希月に向けた。
…どうやら、希月の声で目が覚めたらしい。
「希月、どうしたんだ?」
俺が希月に声をかける。
すると、ずっと俯いていた希月が俺の方を向く。
その表情は苦しいものなのか、喜びのものなのか、とにかく何とも言い難いものだった。
「奏寺くん…一つ、一つだけ、思いついてしまった『疑い』がある」
「え?」
「もし俺の『疑い』が正しいなら、この毒事件の犯人、この第一高校にいる人物かもしれない」
「ちょ、ちょっと待て!よく意味が分からないんだが」
希月の言ったことを理解するため、俺はまずは落ち着こうとした。
だが希月がそわそわしていて気が散る。
「もしかして希月くんとやら。推理ってやつかい?」
式条会長が面白そうにして、希月に聞いた。
何やら目が輝いている。
希月は焦って首を横に振った。
「そんな大層なものじゃないですよ。少し、こじつけてるところもありますし…」
そのやりとりで、やっと俺も希月の言いたいことが分かった。
「つまりだ。希月は色々と考えた結果、この第一高校の生徒に毒事件の犯人がいると思ったんだな?」
「うん」
真剣な顔で、希月は頷いた。
それを見た城戸は、少しだけ笑みを浮かべた。
「面白そうね。ぜひ聞きたいわ」
冷川も、無言で頷く。
希月は少しだけ言い辛そうに、口を開く。
「まず率直に言います。おれが疑っている人は……」
希月がその人の名を発したとき、外から悲鳴が聞こえた。
その後、すぐに守衛部らしき人が駆け寄ったらしく、悲鳴を上げた生徒がお礼を言っている。
どうやら、第三高校からの侵入者が現れたようだった。
だが、生徒会室に居た者達は、その悲鳴を耳が受け付けなかった。
聞こえていたのは、希月の声だけだ。
希月は犯人の名前と、そう思った理由を簡潔に述べていた。
「…以上、これがおれの『疑い』です」
希月が軽く礼をして、そのまま俯く。
俺も誰も、口を開くことが出来なかった。
たぶん誰もが、希月の考えを否定する箇所を探していたのだろう。
「一つ、質問だけど…」
式条会長が希月に、真面目な顔で質問をした。
「犯人は第一高校にいるのは分かった。だけど、そいつはデータ上『どこの高校の生徒』になるんだい?」
「それは…何とも言えないですね。ただ、第一高校か第二高校だとは思います。
だから、それを調べてみてほしいんです。…頼んでいい?奏寺くん」
希月は俺を見て、そう言った。
さすがの城戸も真剣に、全員に向けて言った。
「もし希月くんが推理した犯人が、この高校に入学したデータが無かったら…攻め込む理由にできますか?」
その問いに、冷川が目をそらして答えた。
「他校から色々と言われる可能性は高いが…これは一大事だ。許可しよう。
だができれば、やつが第二高校の生徒だという証拠も、ここの高校から見つけたいものだ」
四人が俺の方を向いた。
俺は少しだけ下を向いて目を瞑る。
全く、冷川風紀委員長は無茶を言うなあ。
心で少し文句を言うと、俺は目を開き、皆の顔を見た。
「わかりました。情報部はこの依頼を喜んで受けましょう」




