焦る者
「でも、奏寺くんは連れて行かない」
城戸は今までの明るい声から一変、真面目な声になる。
「私たち戦闘部も自分の事で必死だから、非戦闘員の奏寺くんを気にする余裕なんて無いの。だから、ごめんね」
「…いや、ごもっともだ」
第二高校に行けば、もしかしたら白池先輩に会えるかもしれない。
一瞬そう考えたが、この城戸の言葉で諦めるしかないか。
まあ、その前に白池先輩が第二高校にいない可能性だってある。
それに着信が無いだけで、もう戻っているかもしれない。
「それじゃあ、またな」
「ええ。色々とありがとう」
俺は電話を切る。
その時、窓が叩かれる音がした。
俺は急いで窓に向かって走り、窓を開ける。
「春崎先輩!お久しぶりです」
「よかった…。元気になったの。奏ちゃん」
にこやかな笑みを浮かべた春崎先輩が、開かれた窓からひらりと部屋に入った。
男子寮に女子が入るのは厳禁だが、春崎先輩は情報部のミーティングの為によく忍び込む。
───『春崎瑠衣伽』先輩。
セミロングの黒髪で、ややつり目。
ぶっきらぼうでゆっくりな話し方と、常に無表情なのが特徴。二年生の女子生徒。
性格は優しいが、やや社交性に欠けている。
また気に入った人を、その人の名前の漢字一文字に「ちゃん」を付けて呼ぶ。
「奏ちゃんもしかして、癖出てる…?」
「あ」
あの、情報を並べる癖が出た。
体調はだいぶ回復したらしい。
「それにしても、さっき元気になってよかったって言いました?」
「…うん。奏ちゃんが熱出した情報は、もう掴んでいたから」
そうだったのか。
まあ、そうだよな…。
「じゃあ、香藤部長のこの大量の着信はなんですか?」
「さあ…?勇ちゃん、そうとう怒っているのかもね」
香藤勇雅なので、勇ちゃん。
香藤部長がそう呼ばれるのを嫌がっているのは、言うまでもない。
ちょうどその時、部屋のドアがノックされた。
「奏寺、てめえ…体弱すぎだろ!」
「しょうがないですよ!毒とか色々飲んだんですから!」
ドアを開けた先に待っていた香藤部長が、部屋に入るなり怒鳴ってきた。
春崎先輩が首を傾げる。
「勇ちゃん、怒るところ…違くない?」
「春崎、その呼び方やめてくれ…」
香藤部長は怒った顔から、一瞬困った顔になる。
俺は思わず笑ってしまった。
「おい!何笑ってやがる!?」
「す、すみません」
このようなやり取りが三十分ほど続き、香藤部長はやっと落ち着いてきた。
その隙を狙い、俺が質問をする。
「あの、白池先輩は…」
香藤部長が首を横に振った。
「帰ってこない。だが、居場所は何となく検討がついた」
「へ?」
香藤部長が春崎先輩の方を向く。
それに気付いた春崎先輩は頷き、ポケットから赤い二つ折りの携帯電話を出した。
「これは…第一高校指定の携帯電話ですよね。春崎先輩のですか?」
「いいえ…。ここを見て」
携帯電話の後ろの方を見ると、十桁の数字が入っている。
これは『生徒番号』と呼ばれるものだ。
生徒番号とは、各生徒に付けられる番号となっており、一人一人違う。
つまり、この携帯電話の所有者は、この『生徒番号』を付けられた生徒の物だ。
そして俺は、この生徒番号に見覚えのあった。
「これ、白池先輩のですよね?」
「ええ…。第二高校の中に落ちていたの。開きっぱなしでね…」
「それって…」
香藤部長も頷く。
「どう見ても、紛失したような感じだろう?」
春崎先輩が付け加えた。
「これね、薬品研究部の教室の…片隅にあったの」
「そうなんですか。その感じだと、白池先輩の身に何か起こった可能性が高いですね」
つまり、白池先輩は何かに巻き込まれ、帰れないだけなのかもしれない。
その考えに、少しだけ安心を覚える。
いや、本当は安心してはいけないのはわかっているが。
「…?」
そこで俺は、あることに気付く。
白池先輩のことを考えていたあまり、凄い発言を聞いたことを忘れていたらしい。
「春崎先輩、薬品研究部の教室に入ったって言いました?」
「ええ…」
「よ、よくそんな場所入れましたね…。あ、でも携帯電話があったってことは、白池先輩も入ったって事ですよね」
薬品を扱う場所は、常に厳重に警備されている。
そのため、侵入するのは難しいはずだ。
そこで香藤部長が、大きな溜め息をついた。
「まあ、それが原因で白池は帰って来れないんじゃないか?」
春崎先輩も、香藤部長に同意したのか頷く。
「私だって、入ったら普通にバレてしまうと思う…」
「え、じゃあなんで春崎先輩は帰って来れたんですか?」
俺から見れば、白池先輩も春崎先輩も、忍び込むプロに思える。
そして、侵入先の人間に見つからない技術は、春崎先輩の方が上のはずだ。
「私の場合…良い囮がいたの」
「お、おとりですか」
話が読めない俺は、横目で香藤部長を見た。
香藤部長が「ああ、そうか」と、何かを思い出したかのように呟く。
「奏寺は休んでて、最近の出来事を知らないんだな」
香藤部長が新聞部の朝刊を出した。
…希月といい、なぜみんな新聞を持ち歩いているのだろう。
俺が変な考え事をしていると、香藤部長がある記事を指で叩いた。
「ここだ」
その記事を覗き込む。
そこには、『第三高校の生徒、またも侵入』と書かれていた。
「『また』…?」
「そう…。第三高校の生徒は最近、色んな所に忍び込んでるの…。毒を盛られたこと、怒っているのかもね」




