流れる時間
まず俺は、希月に第三高校での出来事を一通り話す。
もちろん、霧丘や白池先輩の名前は伏せた。
「それで、あの煙が毒だったんじゃないかという意見がでた。もしそれが本当なら、犯行が可能なのは…」
「その先輩になるわけだ」
「…ああ」
希月は手の中にある湯のみを見つめながら、俺の話について考えていたようだった。
しばらくして、希月は首を傾げる。
「えーと…多分、煙は毒じゃないと思う」
俺はその言葉に食い入るように、少し大きな声を出した。
「本当か?」
「うん。煙が毒だったら、もっと遠くまで被害が出てるだろうし。被害者は屋内にいた人だったんだろ?」
俺は頷いた。
だが希月はまた悩み出す。
「でも毒の被害者が全員屋内にいた人なら、何でお前の先輩は無事だったんだ?」
「先輩自身は屋上には上がってないから。だから、毒を盛られた場所はやっぱり屋上なのかもしれない」
「そうだな。屋上なのは間違いないかも」
俺と希月で話し合いをしていると、当たり前のように、保健委員のひとりが立ち上がり「質問です」と言って手を挙げた。
「その、湖上高校からの侵入者がやはり怪しいのでは?」
霧丘のことか。
希月はいきなり割り込んできた保健委員に、もう驚くことはなかった。
「いや、湖上高校の人がそんな演技をするほどの人間なら、奏寺くんに見つかった時点で毒事件なんて起こさないだろう」
「おー、なるほど」
保健委員が納得して、椅子に座る。
全く、いつのまに全員椅子を用意して座っていたのだろうか。
「となると犯人は…。ダメだ。全くわからない」
希月が悔しそうにしている。
その時、俺はあることを思い出した。
「あ、そうだ。図鑑の写真!」
霧丘がくれた、毒の原料の植物の写メ。
あれを、今日第二高校に忍び込む春崎先輩に送らなくては。
俺は慌てて携帯電話を探す。
「奏寺くん、どうしたの?」
「いや、携帯電話を探しているんだが…」
いつも携帯電話を入れておくポケットには、何も入っていない。
というより、むしろ屋上に行く時に持って行った記憶がない。
「部屋に置き忘れたんじゃない?」
「ああ、そうだと思うが…」
あの携帯電話は、お客様や情報部員と連絡をとるための、大切な道具だ。
いつも肌身離さず持っているからか、無いとわかると急に不安になる。
「うわー。先輩から着信きてるかな。早いところ写メも頼まないと…」
焦る俺を見て、冷静に希月が言い放つ。
「…着信か、きっとたくさんきてると思うよ」
「ああ、だよな」
「うん。だって情報部員からしたら、君も突然居なくなったようなものだし」
「は?」
俺は、希月が何を言っているのか分からなかった。
希月が何かをごまかすかのような笑いをした。
「だって君、二日もここで寝てたから」
「………はぁっ?!」
思わず大声をだしてしまった。
「何で二日も?…っていうか、すぐ言えよそれ!」
「いやー、言うの忘れてて。それに奏寺くん、凄い熱だったんだ。ね、保健委員の皆さん」
希月が保健委員に顔だけ向けて、同意を求めた。
保健委員が一斉にしゃべりだす。
「そうそう。だいぶ辛そうだった」
「毒飲んだのに、大雨に打たれたせいだよ、きっと」
「病み上がりにも冷や水はいけないな」
どうやら二日も寝ていたのは本当らしい。
俺がぽかんとしていると、希月が新聞を差し出した。
「ほら、新聞部の今日の朝刊」
新聞を受け取った俺は、日付を確認した。
「ほ、本当に土曜日だ。…しかも」
記事に目をやると、大きく『生徒会役員、闇鍋パーティー』と書いてある。
葉山副会長は金曜日の夜にパーティーをすると言っていた。
そして、この新聞にはそのパーティーの様子が書いてある。
「本当にあの人、闇鍋やったのか…」
「その言い方だと、奏寺くんはこのパーティーのこと知ってたのか」
「まあな。ついでに新聞部に教えたのは俺だ。木曜の朝、メールを送った」
希月が溜め息をついた。
「本当に…情報部って何やってるんだよ」
呆れかえる希月を放っておき、俺は保健委員達に向けて聞いた。
「このパーティーに保健委員長も出たはずだろ?無事か?」
いつの間にか、俺も希月もすっかり保健委員に敬語を使わなくなっていた。
彼らもそれで良いのか、全く不満を見せない。
「私は無事だったわ」
そう言いながら、ポニーテールの女子生徒が立ち上がる。
どうやら彼女が保健委員長らしい。
「ただ、何人かは今朝の生徒会役員会議に顔を出さなかったわよ」
「それは、つまり」
希月が苦い顔で聞いた。
保健委員長は大きく頷く。
「昨日の闇鍋の『被害者』よ。開催者は葉山くんだけど…守衛部の拘束対象になるんじゃない?」
「う、うーん」
希月は腕を組んで悩んでいた。
真面目な奴だな。
「ちなみに、その会議に出られなかった人とは、いったい…」
「確か…会長は来たけど。来なかったのは書記が一人と会計が一人。あと風紀委員長もいなくて…」
風紀委員長もか。
俺は思わず微笑んでしまった。
希月の冷たい視線を感じる。
「そういえば、滝くんもいなかったわ」
「え」
滝体育委員長も?
あの人は、パーティーの真の目的を知っていたはずだが。
俺が不思議に思ったのを見透かした保健委員長が、深く頷いた。
「ほんと、滝くんは苦労人だから」
「あははっ。なるほど!…って、それどころじゃないか」
いけないいけない。
とりあえず今は携帯電話だ。




