信じたいこと
話を聞き終えた二人の先輩は、苦い顔をした。
「もう、ただの謎解きじゃねえか」
「俺たち情報部は、推理は苦手なんだよな…」
こうやって香藤部長と雪平先輩の口調を聞くと、似ているなと思う。
ちなみに先に言ったのが香藤部長、次に言ったのが雪平先輩だ。
香藤部長が少し唸る。
「だがな、情報部としてこれは調べるしかないな」
雪平先輩もそれには同意した。
「ああ。久々の大仕事だ。犯人を見つけ出すまではできなくても、情報部の名誉にかけて、情報だけは集めておくか」
何やら先輩たちはやる気になっていた。
俺も自分が被害にあっていることもあり、やる気は人一倍ある。
「では香藤部長、情報部はこれからこの毒事件をメインに調べるってことで、いいんですね?」
「ああ、今更な感じもするがな」
こうして、情報部の大仕事が始まった。
次の日、俺はだいぶ回復していたが、念のため今週は休むことにした。
というより、保健委員に止められた。
「さてと…」
どうやって毒事件を調べようかと考えていたとき、外から雨が降る音がした。
最近雨が多い気がする…。
そしていきなり、携帯電話が鳴る。
最近このパターンが多いな。
「もしもし」
「あ、奏寺さん。例のことについて、わかったこと、ある?」
電話はは霧丘からだった。
そういえば昨日、霧丘が毒を盛った犯人の可能性があるという話もでた。
確かに霧丘が犯人なら、わりと話はまとまる。
しかし湖上高校には他校に喧嘩を売るメリットは見当たらない。
そして霧丘の人柄は良い。
もしそれが全て演技だったとしたら怖いが。
だからといって、疑ってばかりでは始まらない。
俺たちは霧丘を信じるという、賭けに出ることにしたのだった。
「ああ。ある」
俺は昨日の春崎先輩が取ってきてくれた情報を教える。
内容を聞いた霧丘は驚いたあと、少し納得したような反応をした。
「ああ…」
「何かわかったのか?」
「うん。まあ、かなり危うい仮説レベルだけど」
かなり危うい仮説レベルか。
それでもまだこちらは、仮説すら立てられない状況だ。
その時、窓から一瞬光が溢れ、少し遅れて大きな音がした。
どうやら雷まで鳴りだしたらしい。
霧丘の方では雷は鳴っていないのか、はたまた気付いてないだけなのかはわからないが、普通に話を進めていた。
「でもその前に、こっちが分かった情報を伝えるね。もしかしたら、奏寺さんも何かに気付くかも」
そう言って霧丘は、慎重に話し出した。
「私達に盛られた毒なんだけど、どうやらあれ、植物性のものらしいの」
「…?」
「毒には色々あるらしくて。生物が持っているのとか、こう…公害でできちゃうやつとか。私もよく理解できなかったんだけど」
俺も、そういう物があるのか、程度にしかわからないのだが。
「とりあえず!私達を苦しめた毒は、植物から採取して、人の手により毒という兵器となったものってことらしい」
「なる…ほど。だが、それがどうしたんだ?」
「ここからは推測なんだけど…植物って聞いて、何を思い付く?」
曖昧な質問に、俺は考え込む。
植物と聞くと、光合成とか花弁とかを思いついてしまうんだが…。
しかしながら、霧丘が言いたいのはそんなことでは無いのだろう。
…うーむ。
どんどん強くなる雨音に気付かないほど、俺は真剣に考えていた。
三十秒ほど悩んだところで、霧丘が口を開く。
「第二高校の景色、覚えてる?」
「え?ああ。木がたくさんあって、花も色々と………っておい、まさか!」
「推測過ぎるけどね」
『推測』を強調して霧丘が言った。
確かに、それだけで疑うのは理不尽かもしれない。
しかし可能性が0ではないのが、恐ろしいところだ。
「それで、その毒の元になった植物の写真を、図鑑で見せてもらったんだけど…」
霧丘が口ごもる。
俺が代わりに、答えてみた。
「…覚えてるわけないよな」
「うん。…ごめん」
「いや、謝んなって」
というより潜入先の植物を一つ一つきっちり覚えておくなんて、誰にだって出来ないだろう。
だが第二高校は薬物を扱う部活があるくらいだ。
これはこちらで詳しく調べたほうが良いだろう。
「なあ、その図鑑の植物の写真を、写メで送ってくれないか?」
「いいよ。じゃあ送るから、電話は切るね」
「あ、ちょっとストップ!」
慌てて俺は、電話を切ろうとする霧丘をとめた。
「その、さっきの仮説とやらを聞きたいんだが…」
「あっ、そう言えば言ってなかったね」
霧丘は、かなり危うい仮説の存在を忘れていたらしい。
まあ俺自身も第二高校のせいで、一瞬忘れていたが。
「まず、第三高校の被害者さんって四十人なんだよね?」
「ああ」
「あの第三高校潜入して…火事がおきたとき、屋上に集まった人数もそれくらいだと思って」
俺を救出するために、白池先輩が屋上に呼び出した生徒か。
確かに、四十人はいたような…。
ちなみに霧丘はあの火事、というより煙の真実をまだ知らない。
「それで、奏寺さんがあの時言った通り、あれは火事の煙じゃなかったらしいよ。火事も実際起きてなかったみたい」
「やっ、やっぱり?」
俺は苦笑いに近い、ごまかしの笑いをした。
実は知っていたとは、今更言い辛い。
霧丘は、電話の向こうで困る俺には構わず、話を続けた。
「だからあの煙がもしかしたら、毒だったんじゃないかなって」
「はは、まさか。そんなわけ…」
その時、また雷が鳴る。
同時に俺は、頭の中で嫌な想像をしてしまった。
いけないいけない…。
「あ、やっぱり?」
霧丘も、この仮説にそこまで自信が無かったのか、あっさりと同意した。
そうだ。
これは、仮説。
かなり危うい仮説なんだ。
あの煙は、白池先輩が俺を助けるため、火事に見せかけて起こした、無害な煙だ。
「わ、悪かった。色々ありがとう」
なぜか俺は声が震えそうになった。
必死でこらえる。
「うん。じゃあ後で写メ、送るね」
俺と霧丘は電話を切った。
風が吹き、雨が勢いよく窓ガラスにぶつかり大きな音を立てた。
俺の頭の中では、あの仮説が巡りに巡っている。
────校内放送で、校内にいた四十人ほどの生徒が屋上に来る。
そして、あの『煙』を見る。
その煙に混じった毒は舞い上がり、密かに屋上の生徒たちを襲う。
つまり毒事件の犯人は、生徒を呼び出し、煙を上げた人物………。
…やはりありえない。
こじつけ過ぎる。
「…あ」
その時、メールが届いた。
霧丘が図鑑の写真を送ってくれたようだ。
そうだ。
白池先輩に頼んで、第二高校にこの植物があるか探しに行ってもらおう。
なんたって白池先輩は、第一高校の情報部だ。
俺は白池先輩に電話をかけるが、電源を切っているらしく繋がらなかった。
気を取り直し、今度は香藤部長に電話をかける。
「もしもし…奏寺か?」
「香藤部長、お疲れ様です。あの、白池先輩いらっしゃいますか?」
俺は無意識に早口で聞いていた。
香藤部長は低い声で、溜め息をつく。
「いや、それがあいつ昨日から戻ってないんだ。連絡も寄越さねえし、繋がらねえし」
「…え」
「一応今日の放課後、やつの潜入先の第二高校へ春崎に行ってもらう予定だ。……授業が始まる。またな」
電話は切られた。
白池先輩は、第二高校から戻っていない。
過去にそんなことあっただろうか?
俺はどんどん嫌な方にいってしまう想像を、否定できる情報を記憶から探す。
「あー!」
もやもやしすぎてしまった。
気晴らしに外に出るか。
とはいえ一応学校を休んでいる身なので、下手に外を出歩けない。
おもむろにエレベーターに乗り込むと、あるボタンに目がいく。
『屋上』か。
エレベーターを降り屋上に出ると、俺は激しい雨に打たれた。
寮の屋上に来るのは、これが初めてだ。
俺はふらふらと屋上の真ん中に立ち、下を向いた。
何度も何度も首を振り、嫌な想像を振り払う。
最悪の想像、それは白池先輩が実は第二高校の生徒で、第一高校に長期に渡り潜入していた、今回の毒事件の主犯。
ありえないとは思うが、白池先輩は今、毒の元となる植物があるかもしれない高校から、戻って来ない。
「でも、俺は…」
白池先輩を、信じたい。
そう心の中で思った時、俺の意識は遠のいていった。




