雨の日のひととき
次の朝、窓の外を見ると雨が降っていた。
しかも風が強いうえ雨も大粒なのか、窓ガラスに当たると大きな音をたてる。
これは傘をさしても、確実に濡れる。
代えの靴下は必須だ。
このように雨に気を取られがちだが、もう一つ気になることがある。
それは、この頭と喉に走る激痛と、止まらない咳だ。
どうやら俺は、完全に体調を崩したらしい。
布団の近くにある救急箱から体温計を取り出し、熱を計る。
…四十度を超えていた。
やっとのことで布団から起き上がり、這って部屋の電話まで辿り着く。
受話器をとると、学校の事務室に繋がった。
電話の向こうから、眠そうな女性の声が聞こえてきた。
「はい、おはようございます」
「おはようございます。一年の奏寺です」
電話の向こうで、キーボードを叩く音がする。
俺の名がこの学校に存在するのか、調べているのだろう。
「はい。奏寺さん、どうしました?」
「熱が出たので、授業は休みます」
「はい。わかりました。では、お大事に」
電話は切られた。
なんというか、事務的過ぎる。
本当に休む手続きができたのか心配になりながらも、俺は再び布団にもどった。
そして情報部員にも一応連絡のメールを送信して、俺は再び眠りについた。
「…?」
ふと、目が覚めた。
まだ数分しか寝られていないような気がする。
とりあえず起き上がると、目が覚めた理由が分かった。
ドアがノックされている。
俺はふらふらしながらドアに向かって歩く。
ドアの鍵を開けると、勝手にドアが開き、怒鳴り声が入り込む。
「奏寺、てめぇ…今ドアの向こう確認しなかっただろう!もし来たのが一般の生徒だったらどうするんだ!」
香藤部長の怒りの声が頭に響く。
「す、すみません…」
反射的に頭を下げると、一緒に謝罪の言葉が出た。
しかしそこから力が入らず、その場に座り込む。
「奏寺大丈夫?…勇雅、病人に怒鳴るのはどうかと思うよ?」
白池先輩の声が頭上から聞こえる。
注意してくれるのは有り難いが、白池先輩なら香藤部長のこの言動を事前に防げた気がする…。
「はっ、何だか微笑ましいな」
その時、香藤部長でも白池先輩でもない声が聞こえた。
この少し偉そうな男性の口調…雪平先輩か。
俺はやっとの思いで上を見た。
やはり、雪平先輩がいる。
ただ俺が弱っているせいか、情報が飛び交うあの癖は出てこない。
「さ、ここじゃ寒いだろう。上がらせてもらうぞ」
雪平先輩が提案し、一同は部屋の中に移動した。
現状を聞き、俺は驚いていた。
なんと、今はもう夜の七時だった。
しかも日にちは、熱が出た次の日になっているらしい。
つまり、おれは一日と半日寝ていた。
…その割には、残念な事に体調が改善したようには思えない。
円いテーブルを四人で囲み、座布団の上に正座をした。
ただし、俺だけは座椅子を使わせて貰い、寄っかかっている。
「だいぶ辛そうだね」
お見舞いだよ、と言いながら白池先輩がメロンを丸ごとテーブルに置いた。
香藤部長が溜め息をつく。
「おい白池、切って持ってこいよ…」
「ああ、ごめん。奏寺、キッチン借りて良い?」
俺は、なんとなく香藤部長や白池先輩に包丁を持たせるのが怖かった。
苦笑いをしながら雪平先輩を見つめると、雪平先輩は少し笑いながら立ち上がる。
「しょうがない。俺がやろう」
小さなキッチンで雪平先輩がメロンを切り分けてくれた。
それを四人で食べていく。
明らかに俺が食べた量は少なかったが、気にする余裕はなかった。
「…咳がかなり酷いみてえだな」
香藤部長がテーブルに肘をつきながら俺を見た。
「はい…それに…この咳のせいで…」
「この咳のせいで?」
白池先輩が聞き返した。
俺は咳が収まった隙をみて答える。
「ご飯を食べるのが面倒そうで…」
「だろうな」
姿勢正しく座っている雪平先輩が、呆れた顔をした。
俺は気付かないふりをして、話を進める。
「俺としてはラーメン食べたいんですが」
「病人としての自覚をもて」
香藤部長から厳しい一言を頂いてしまった。
「でも、お腹減りましたし…がっつり食いたいです」
何だか切なくなってきた。
この建物内に食堂があるというのに、食べにいけないなんて…。
少し形を崩した正座をしていた白池先輩が、不思議そうに首を傾げる。
「というか奏寺、食欲はあるの?」
「はい。でも、我慢はできますよ」
そう言ってまた咳き込んでしまった。
少し、座っているのがきつくなってくる。
雪平先輩がそれを察したらしい。
「さあ、それじゃあ奏寺を見舞う会はお開きだ」
「会だったんですか…」
しかも見舞うって。なんだか違和感が拭えない。
先輩達が帰るさい、追加のお見舞いの品を置いていってくれた。
香藤部長は栄養ドリンク各種、
雪平先輩はヨーグルト、
白池先輩は着替えを持ってきてくれた。
…白池先輩は、俺が入院をしているとでも思っているのだろうか。
白池先輩のことは尊敬しているし、話していて楽しいが、謎なところが多い。
解熱剤を飲んだ後、体力が無くなってきた俺は再び布団に戻り、仮眠をとった。
次の日、今度はいつもの起床時間に目を覚ます。
だが、おかしい。
体調に変わりが無さ過ぎる。
体を起こすとやはりふらふらするし、咳も酷い。
熱も下がっておらず、四十度を超えたままだ。
相変わらず空腹も強く感じ、むしろ気持ちが悪くなってきた。
気は進まないが、保健委員に頼った方がいいか。
そう考えて始めた時、携帯電話が鳴った。
情報部の誰かからだろうか。
「はい、もしもし」
「あ、もしもし」
電話の相手は意外な人物だった。
2月8日、誤字を訂正しました。




