消える笑顔
「やあ、無事だった?」
玄関の所に、白池先輩が靴箱に寄りかかっていた。
ほんのりと笑顔が浮かんでいる。
「ありがとうございました」
「でも珍しくね。奏寺がしくじるなんて。しかも、女の子相手に殴られていたね」
俺は苦笑いしかできなかった。
すぐにでも今日のできごとを話したいところだが、その場面を霧丘に見られ、霧丘に白池先輩が情報部だと気付かれたらまずい。
「詳しくは寮で話します。諸事情により、バラバラで帰った方がいいのですが」
「了解。じゃあ奏寺が先に学校を出て。僕は後から行くから」
俺は白池先輩に礼を言い、先に校門を出た。
第三高校は遠いので帰るのも一苦労だが、何とか日が暮れる前には寮に着くとこができた。
いつも通り外の階段を使って、自分の部屋に戻る。
しばらくすると、白池先輩と香藤部長が訪ねてきた。
香藤部長が欠伸をしながら、低い声で俺に話しかる。
「奏寺、お疲れ」
隣にいた白池が笑い出す。
「勇雅は基本、土日は午後の2時まで寝てるんだよ」
俺も笑顔で香藤部長を見た。
「わー。香藤部長って生活習慣もきっちりしてるイメージだったのに」
「黙れ」
香藤部長が低い声で短く言った。
こうやって見ると、よくニコニコしている白池先輩と、一見不機嫌そうな香藤部長は対照的だ。
この2人が親友だと聞いたとき、最初はちょっと信じられなかったのを覚えている。
「それで奏寺、今日何があったの?」
白池先輩が俺に聞いてきた。
俺は今日起こった出来事を、全て2人に伝えた。
白池先輩が頷いていた。
「なるほど、あの子が霧丘さんか」
その横でメモをとっていた香藤部長が、首を傾げた。
「しかし、その霧丘ってのは本名なのか?その名前は第二高校に居たときに名乗ったものだろ?」
俺は頭を縦に振る。
「はい。本名らしいです。とっさに名乗ってしまったとか言ってました」
「…つくづく潜入に向かない奴だな」
香藤部長が呆れた顔になる。
今度は俺が白池先輩に聞いた。
「ところで屋上にたくさんの生徒を向かわせたのって…」
「ああ、ちょっと色々やってね。人が一気に来たら、敵も怯むし逃げやすくなると思って」
白池先輩が笑顔で語った。
その横で、香藤部長が苦い表情になる。
「確か情報操作をさせないために、奏寺を監視で付けたはずなんだが」
「あはは…すみません」
「まあ、『遊び』じゃないなら良いだろう」
俺は白池先輩の顔を見た。
いつも通りの笑顔だ。
しかしその笑顔は満面の笑みではないようなので、本気で俺を助けるためだけに情報操作をしたのだろう。
基本的に、白池先輩が嬉しそうな笑顔になるのは『遊び』が出来たときだけだ。
「それより、さ。大切なこと忘れてない?」
白池先輩が俺と香藤部長を交互に見ながら聞いていた。
香藤部長は無表情のまま、右手を白池先輩に差し出す。
「忘れてない。体育祭の情報だろ?教えろ」
「相変わらず偉そうだなー」
そう言いながらも、白池先輩は報告のために姿勢を正した。
「第三高校は体育祭は行いません、ってさ」
「そうですか…わかりました。では明日、生徒会に報告に行きますね」
じゃあ僕たちは退散するよ、と白池先輩と香藤部長は言い残し、この部屋を去った。
またこの部屋は静まり返る。
俺は自分のパソコンを立ち上げ、葉山副会長に提出する報告書を作り始めた。
そして月曜の朝。
俺は少し遅めに登校した。
なぜ遅くしたのかというと、ただ単純に寝坊したからだ。
報告書の作成が日曜日までかかったせいか、疲れがあまりとれなかったらしい。
朝食も食べれなかったし、購買で何か軽食買っていくか。
そんなことを考えながら校門付近を歩いていると、後ろから怒りの混じった男子の声が聞こえた。
「おい、奏寺!」
俺の名が呼ばれたので、振り返る。
そこにいたのは、俺のクラスメートの相宮だ。
相宮はどこにでも居そうな男子生徒のひとり。
しかし、少々短気だったりする。
表情が険しいところを見ると、こいつが俺を呼んだらしい。
「なに?」
俺は素っ気なく聞き返す。
相宮が早足で近づいて来て、小声で話してきた。
「さっき第三高校の生徒会の奴らが、うちの生徒会を訪ねてきた。
…話したいことがあるんだとよ。お前、何かやったのか?」
ほほう。なるほどね。
ちなみに、このように他校の生徒が堂々と訪ねてくることは、少なからずある。
大半は土地争いの為の殴り込みであるため、こちらは追い返さなければならない。
しかし今回みたいな『話し合い』の希望では、追い返したり、逆にこちらが訪ねてきた人を攻撃するのはマナー違反だ。
それにしても、相宮はなぜ俺が何かしたと思うのだろうか?
「何で俺が何かやったと思うんだよ」
「他校に干渉する部活は限られている。その中でもそんなヘマするのは、お前みたいな奴だけだ!」
顔が怒りのせいか少し赤くなっている。
それより、気になる言葉があった。
「ヘマって、なに?」
冷たく俺は聞き返す。
それが気にさわったのか、ついに相宮は大声を出してしまった。
「まだしらばっくれるつもりかよ!第三高校の校門の警報装置のコードを切ったのはお前だろ?!」
大声に驚いた周囲にいた生徒が、一斉にこちらを向く。
相宮は周りが見えなくなっているのか、全く気付かない。
そして俺は周りは見えているが、気にはしない。
だが溜め息はでてしまった。
「はぁ…。それは、俺じゃねぇよ…」
それは、霧丘だよ…。
だがもちろん、霧丘のことを言うわけにもいかない。
「情報部は、そんなわかりやすい証拠を残したりはしない」
俺が断言すると、相宮が少し怯んだ。
周りにいる生徒は、俺が情報部の奏寺だと知りひそひそ話をしている。
そんな中、俺ではなく相宮を見ている2人組が視界に入った。
香藤部長と白池先輩だ。
香藤部長は、今にも相宮に向かって怒鳴りつけてやろうか、という憤りの表情をしていた。
白池先輩は冷めた笑顔で相宮を見つめている。
どちらも周囲の人々と、表情も雰囲気も違いすぎたため目立っている。
俺は2人に気を取られ、思わず苦笑いをしてしまった。
それが相宮には気に食わなかったらしい。
「聞いてんのか?!」
相宮が俺の胸ぐらを掴んだ。
さすがの俺も、少し頭にきた。
「相宮、お前調子に乗るなよ…」
より一層険悪になり、周りは静まり返る。
香藤部長が思わず相宮に向かって歩き出そうとした。
しかし、白池先輩が肩を掴みそれを止める。
「白池、止めるな」
香藤部長は小声で白池先輩に向かって言う。
「駄目だよ。ここで僕たちが奏寺に関わったら、奏寺の今までの苦労が無駄になるかもしれない」
「だが…」
「もちろん、あいつが暴力をふるったら…助けに入るよ」
白池先輩の笑顔も、もう消えていた。




