第一夜 はじまりはじまり
ここ御伽市の御伽町では、最近通り魔事件が多発している。老若男女問わず背後から何者かに襲われるという痛ましいながらもよく聞くような事件ではないかと思う。
しかし、この事件には多くの不可思議な点がある。
第一に、事件は満月の夜にしか発生しない。
第二に、被害者は全員意識不明の重体に陥り病院に搬送されるが、早くて翌日、遅くても一週間で退院し普通の生活に戻っていること。
第三に、被害者の体には必ず噛み傷のような二つの穴が開いていることだ。
これらの不可解な点から町内ではある噂が流れ始めた。
犯人は、もしかしたら人ならざるものなのではないかと
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先日、四月某日。私の友人魅山 蘇阿羅が今御伽町で噂になっている通り魔に襲われた。なんでも、新入生歓迎会の準備で帰るのが遅くなってしまったらしい。
私、祇園 咲鬼は、高校二年生、花盛りの女子高生である。蘇阿羅とは小学生からの友達で、いっそ親友と思ってもらって構わない。これまでもずっと仲良しであったし、きっとこれからも、たぶん私達が社会に出てからでさえ仲良くしていく自信がある。それほどに大切な友人なのだ。
そんな友人が、何者かに襲われた。今世間を騒がせている通り魔。まだ捕まっていない通り魔。
自慢ではないが、私はそれなりに正義感の強いほうだ。電車の中でもし痴漢があればそいつの腕をつかんで駅員に引き渡すだろうし、道端にたむろしている頭のユルい連中がいれば多少怖いが注意するだろうし、泣いている人を見ればそっとハンカチを差し出すくらいの正義は持ち合わせている。
そして私は今ものすごく怒っている。何故かなんて聞かれるまでもないと思うが、親友が襲われたと聞いてじっとしているような奴はおそらく人間ではないだろう。
どうにかして犯人を捕まえたい、と私はすぐに思った。犯人を捕まえて蘇阿羅に謝罪をさせ、しかるべき場所で裁きを受けさせなければならない、と。しかし警察でもいまだ捕まえられないような犯罪者を、一介の女子高生である私に捕まえられるわけはないし、かといってこのまま何もしないでいることもできそうになかった。私は我慢強いほうではない。
なにか犯人を見つけ出すいい方法はないのだろうかと、考えていたとき。私は校内の掲示板で不思議な張り紙を見つけた。
「なんでも相談室 物探し、人探し、恋愛相談、勉強相談、その他なんでも相談受付、光の速さでぱぱっと解決
妖怪、人外、幽霊、その他異形の者でお困りのことがあるなら是非相談室へ」
噂では通り魔の正体は人外の者であるかもしれないという話を思い出した。私の足は相談室へと向かっていた。
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真っ先に目に飛び込んできたのは巨大な黒い十字架だった。教室の床から天井まで届くほどの大きさで威圧感が半端じゃない。
「いらっしゃい、お嬢さん」
十字架に気を取られていたため私はとてもびっくりした。声のする方、教室の左端に一人の男子生徒がいた。教壇の上に座っていた。
見た目には先輩か、後輩か、それとも同級生なのかはわからないが、醸し出す雰囲気は完全に年上のそれだった。ある意味で、十字架よりも威圧感がある。夜の闇を映したかのような真っ黒な髪。吸い込まれそうな黒。長く垂れたその夜空のカーテンの下の瞳はこれまた真っ黒。私を飲み込もうとするようにまっすぐ見つめてくる。薄い唇がかすかにゆがんだ。
「そんなに固くならないでいいよ。その十字架は、インテリアなんだ。」
男は教壇の上で足を組んだ。
「いらっしゃいお嬢さん。僕の名前は黒神 ノア、この何でも相談室の代表で二年生。よろしくね」
男は笑顔で自己紹介をした。私は内心かなり圧倒されていたが、この黒神という男、悪い奴ではないようだ。
「申し遅れました、私は祇園咲鬼といいます。二年生です。」
「二年生かぁ、同い年だ。それじゃあとりあえず祇園さん、ここに来たってことは当然何か相談したいことがあるんだろうけど、その前に一つ。」
黒神さんは指を一本立てた。
「君の相談事って、もしかしてポスターに書いてある異形の者たちに関することかな?」
「いえ、多分違います。」
「多分?どういうことだい?」
「えと、何と言いますか、その、相談したいことっていうのは、今御伽で噂になってる通り魔のことでして・・・。」
「あー、じゃあやっぱり異形の者たちに関する相談だね。」
ん?今なんて言ったのこの人?
「あれ?知らない?一連の通り魔の犯人、その正体は、
かの有名なヴァンパイア、その末端の末端だよ。」
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黒髪さんが何を言っているのか、わたしにはよくわからなかった。ヴァンパイア?ニンニクと日光と十字架を嫌い人の血を吸うあのヴァンパイアだろうか?
「あれ、びっくりした?この事件の不可思議な点を考えればすぐ分かることなんだよ。順を追って説明してあげよう。」
「まず第一に、事件は満月の夜にしか起こらない。これに関しては様々な例が上がってくる。狼男だとかね。それに本来のヴァンパイアなら満月じゃなくたって行動できるんだけど、その末端、つまりヴァンパイアに血を吸われ、尖兵にされたものは満月の夜にしか行動できないんだ。これにもいろいろ例外はあるんだけどね。」
「そして第二に、被害者は全員意識不明の重体に陥り病院に搬送されるが、早くて翌日、遅くても一週間で退院し普通の生活に戻っていること、これは被害者のケアを専門家が行っているからなんだ。報告として、ヴァンパイアに襲われたものでまず間違いないだろうってさ。」
「そして第三の噛み傷、これはもう説明しなくてもわかるよね。」
「待ってください!そんなこと急に言われても信じられるわけないじゃないですか!」
私は人生で一番混乱していた。ヴァンパイア?満月の夜にしか活動しない尖兵?
「そんなものは空想の産物です!」
「うーん、そういわれればそうなんだけどね。」
黒神さんはしばらく顎に手を当てて、思案した後こう言った。
「じゃあなぜ存在しないものの特徴が世界中で知られているのかな?なぜ存在しないものは語り継がれてきたのかな?答えは簡単だ、存在しないものは、存在するからこうして現代にまで語り継がれてきたのさ。君だって、大まかなヴァンパイアの特徴は知ってるだろう?ニンニクや日光や十字架に弱い、とかさ。でも多分これじゃあ屁理屈だから、今度証拠を示してあげるよ。」
暴論だ、と私は思った。しかし反論できない説得力のようなものも感じたのは事実だ。もしかしたら、黒神さんに威圧されただけなのかもしれないが。
「・・・・・先ほどから、あなたはまるでその存在しないものについて詳しいようですが。」
「あぁ、それはそうだよ。だって俺一応専門家だし。労働許可も持ってるよ。ほら。」
そういって彼は財布の中から身分証明書のようなものを私の眼前に示した。
裏世界調停事務局~ブラッククロス~ 御伽町支部第三班代表 黒神ノア
「うさんくさっ!!」
「おいおいひどいな。まぁ仕方ないっちゃ仕方ないけどね。本来表の世界の人には関係ないことだしね。」
黒神さんは苦笑した。なんて怪しいところに相談を持ちかけてしまったのだろう。
「そんなこと教えちゃって良いんですか?」
表の世界の人に関係ないのなら私にも関係がないはずだ。ならばなぜわざわざそんなことを教えたのか。
「うん、それはさ、まぁこれもおいおい説明するんだけど、君には素質があるからさ。専門家としての素質がね。」
「そんな胡散臭い素質いりません。」
「まぁそうだろうけどさ、でも僕は専門家として裏の世界の脅威から表の世界の人を守らなきゃいけないんだ。そしてきっと、次の満月に狙われるのは君だろうからさ。」