(45)
月と星屑が煌く夜、丘の上に建つ宮殿に二つの影があった。
一つは清楚なドレスに身を包んだ女性。
もう一つは漆黒のマントを纏い、フードを被った男性のものである。
「やはりこちらにいらっしゃいましたか、ティエルモン卿」
雄雄しき獅子の石像の前で跪き、祈りを捧げる女性の背後に声がかかる。
祈りを邪魔されたことにも意を介さず女性はゆっくりと立ち上がると、石像を見つめたまま来訪者に答えた。
「このような夜更けに来客とは、実に珍しいこと。 それがまさか貴方とは」
彼女には相手が誰であるかわかっていた。
警戒もせず、夜更けにやって来た無礼な来訪者へと近づく。
「何か御用かしら? サリュエル」
「やはりお気づきでしたか」
「魔力を隠しても気配でわかるわ。 それに…… 何やらよからぬことを企てていることもね」
射るような視線を受けてサリュエルは不適な笑みを浮かべた。
「良からぬこととはとんでもない。 人探しにご助力いただきたいだけですよ」
「人探し?」
「ええ、実はこの街にある者が迷い込んだようで、是非とも探していただきたいのです。 この街の主たるあなたなら造作もないことでしょう?」
「ええ、そうね。 でも、見つけてどうするのです」
「保護して王都に連れ戻します」
「保護?」
「そうです」
何かが引っ掛かる。 この男は確か王都で謹慎中ではなかったか。
ならばこの件は王の命令ではないだろう。
謹慎を破ってまで“保護”の為に動くほどの人物。 それはいったい……
「断っておきますが、この街では貴殿と言えども我々の法に従っていただきます。 その者の捜索、及び保護についても我が街の法に基づいて行動していただくわ」
「ええ、もちろんですよ。 この街が独自の法を許されていることは重々承知しています。 ここでは王都の大臣ですら勝手なことはできませんからね」
「ご理解いただいているのなら良いのです。 それで、貴殿が探しているその者、いったい何者です?」
サリュエルは一旦言葉を切った。
その態度にティエルモンは不振感を抱く。
彼女が何かを言いかけたその時、
「ゲートキーパーですよ」
サリュエルは笑みを浮かべながらさらりと言い放ったのだった。