(35)
「これが魔法都市ティエルモン……」
王都を出てから十日目。
目の前にそびえる長く色鮮やかな外壁にディドは圧倒されていた。
荒涼とした大地に突如現れる極彩色の巨大な壁。
その壁に囲まれた街の大きさは遠目で見てもも驚きだったが、いざ目の前にしてみると想像をはるかに超えるものだった。
どこまでも続く壁の中には一際鮮やかな宮殿がそびえ建っているのが見える。
(……まるで、異国のお城みたい)
思わず口を開けたまま立ち尽くしていると横から笑い声が聞こえてきた。
「鳩が豆鉄砲くらったような顔してるけど、もしかしてティエルモンに来るのはじめてなのか?」
「話に聞いたことはあるけど、実際に来たことはないわ」
彼女はムッとして傍らに立つ青年を睨みつけた。
「あ……いや、ごめん。 ……あ、ほら。 この壁、城壁みたいで凄いだろ? ここは“第二の王都”とも言われているんだけど、実はこの街には宮殿がないんだ。 存在しないらしい」
「宮殿がない? じゃあ、あれは何?」
ディドは丘の上にそびえる建物を指差した。
あれはどう見ても宮殿ではないか。
「あれは神殿。 ……みたいなもんだったかな。 昔この辺りで戦った神様だか何だかを祀ってるとか言ってたような…… あ、あと領主が住んでんだっけ?」
(神殿に領主が住む? 巫女でもないのに?)
「そんなことより、ほら、早く中に入ろうぜ。 そしたらもっとびっくりするだろうからさ」
彼の言葉に疑問を抱きながらもディドは促されるまま街の中に入った。
城壁内に入った彼女を待ち受けていたのは更なる驚きだった。
見るところ見るところ露店が立ち並び人で溢れかえっている。
見知らぬ服装の旅人や商人、魔術師、剣士に至るまであらゆる人でごった返していた。
「な? 凄いだろ? 王都みたいなきれいな感じはないけど、王都よりもずっと活気がある!」
楽しそうに話すアシュレーにディドもおもわずコクコクと頷いてしまう。
「この街はノヴィアの中でも有数の商業都市で、良質な魔法道具を中心に各国と積極的な交易をしているんだ。 それでここまでの大都市に成長できたってわけ。 俺は王都より断然こっちの方が好きだな」
「詳しいのね。 ……意外」
「ん? まぁ、俺はあちこち歩き回っているからな。 それより、まずは身を隠す宿を探さないと。 歩き疲れてるだろ? この街は外部の人間の出入りも多いし旅人に比較的寛容だ。 身を隠すにはちょうどいい。 今日は久々にゆっくり眠れるぞ」
そう言いながらアシュレーは大きな欠伸をする。
「眠りたいのはそっちみたいね」
「あ、ばれた?」
笑ってごまかす彼にディドは頬を膨らませた。