(34)
「……さっき、あなたの声が聞こえたの。
あなたも私をお城に連れて行くつもりなんでしょう? 私は絶対に行かないわ!!」
(しまった……)
アシュレーは頭を掻きながら彼女に向けて笑顔を見せる。
「あれは、嘘。 君を助け出すための嘘。 こうでもしなきゃ君を助けられなくて。
急にいなくなるから心配したんだぞ」
「だまされないわ!!」
「だましてないさ! ……俺、お触れを読んで本当に焦ったんだ。 君が危険な目に合う、君を助けなきゃって」
「……どうして?」
「え?」
「あなた、お触れを読んだんでしょ? 私は追われてるのよ!? どうして私を差し出さないの?」
「……何となく、君が間違ってるようには思えないから……」
思わず呟いてしまってから少女をちらりと見ると、拍子抜けしたように目を丸くして固まっていた。
なんだか急に恥ずかしくなり、その後早口でまくしたてた言葉はよく覚えていない。
「だ、だから! 俺は自分が思ったように行動する! お触れなんか関係ないさ」
「お城のお触れを無視するなんて、あなた正気なの?」
彼女の発言に思わずアシュレーは吹き出す。
「ああ、ダチにも同じこと言われた。 バカだとか良く言われるんだけどさ。
……そういうのって俺、よく解んないだよな」
ほんの一瞬少女が浮かべた笑顔に思わず見入っていると、外から人の声が聞こえ始めた。
表情は一瞬で引き締まる。
「冗談はこれぐらいにしておかないと。 このままだと二人揃ってお城行きだ」
アシュレーはもう一度少女に手を差し出した。
「とりあえず、今は俺を信じてついてきてくれないか? 君は言ったよね。 ここではない何処か遠くに行きたいと。 それならまず、俺の故郷に行こう」
「……故郷?」
「ああ。 見ての通り俺も黒髪。 俺の村で黒髪は珍しくないから、ここよりは絶対に目立たない」
「……でも」
「大丈夫、何も心配はいらない。 俺が村まで安全に送り届けると約束する。 途中で嫌になったなら、別のところに向かえばいい。 だから……」
伏目がちな彼女にアシュレーは微笑みかけた。
「一緒に行こう、ディド!」
その屈託のない笑顔に、しばらく躊躇っていた彼女は静かに頷いた。
「ありがとう! 俺はアシュレー。 アシュレー・アバディーン」
「私は……」
少女は名乗ろうとして、ふと彼を見上げた。
「何故私の名前を知っているの?」
「ああ、お触れに書いてあったから。 ……これで君がディドじゃなかったらと、今考えるとぞっとするな」
まじめに話すアシュレーに対しディドは再び笑みを浮かべる。
「何も考えずに行動したの?」
「必死だったからな」
アシュレーは彼女の手を取ると、馬車から勢いよく飛び出した。