(30)
アシュレーの心の中では焦燥が膨らんでいた。
(くそっ! 彼女のことを考えながら歩いていて周囲の様子に気が付かないなんて…… 俺は何をしているんだ! 彼女が王兵に追われていた理由。 それは今のお触れの内容で間違いない。 ゲートキーパーってのが何かは解らないが、要は王宮の人間にとって彼女が三年間の税金よりも価値がある存在だってことだろ? ……いったいそれは何なんだ?)
彼は群集をすり抜け大通りから路地へと曲がる。
(……戦が始まろうとしてるご時世だ、彼女は隣国の重要な情報を知っているのか。 もしくは自国の機密情報を偶然知ってしまったか…… 昨日まで王宮の解放日だったとなると、後者か?)
論理立てて考えてみたが、何かが胸につかえていた。
昨夜と同じだ。
理由は解らないが、もう一人の自分がそうではないと否定しているようなあの感覚。
そして、アシュレーの中にはもうひとつ気になることがあった。
お触れの後半、大臣たちの名前が連なっていた箇所。
王女のフルネームすら初めて知ったという彼が連なる名前の中に聞き覚えのあるものがあったのだ。
そこに何か意味があるのではないか。 アシュレーはそう感じていた。
最後の角を曲がると、宿が見えた。
周囲に変わった様子はない。
(間に合ったか?)
急いで階段を駆け上がり借りた部屋に飛びこんだ彼は愕然とした。
(くそっ! 何処にも行くなと言っておいたのに!)
珍しく舌打ちすると無人の部屋を飛び出し辺りを手当たり次第に探していく。
たいして大きくもない宿だったが、それでも少女は見つからなかった。
(一人でどこかに行ってしまったのか? ………まさか、それとも!!!)
慌てて階段を下り、入り口へと足を運ぶとカウンターの女性に声をかける。
「お姉さん! 黒髪の女の子見なかったか? このくらいの背の! 部屋に居ないんだ!!」
突然声をかけられ驚いた顔のまま女性はブンブンと首を左右に振った。
「本当に!? そんな訳ないよ、入り口はここにしかないのに!」
「そう言われても……」
「お姉さん、思い出してよ! 彼女、俺の妹なんだ。 この髪色を見れば解るだろ?」