(29)
「おや、おぬし。 たしかアシュレーじゃったかの? こんなところで逢うとは珍しいのう」
頭を抱えていると、後ろから声がかかった。
振り返ると、白髪の老人がアシュレーに笑いかけている。
一月ほど前に腰を痛めて動けなかったところを助けた人だ。
「……爺ちゃん! もう腰は良いのか?」
「アシュレーの持ってきてくれたお灸のお陰で、ほれ、このとおりじゃよ」
腰を伸ばして元気な様子をアピールする老人にアシュレーは笑顔を見せた。
「それはよかった。 もう無茶しないでくれよ。 いい歳して重い荷物を運ぶのは良くないぜ?」
「わかっとる、もう無茶はせんよ。 ところでお主がこんなところに居るとは珍しいのぅ? 王宮は好かんのじゃなかったかの?」
「そうなんだけど、まぁ、いろいろあって…… そうだ! 爺ちゃん、この貼り紙の内容読めるか? なんか難しいこと書いてあって俺にはわかんないんだよ」
「無論、読めるに決まっておろう。 まったく、最近の若い者は昔の言葉を大切にせんから困ったもんじゃ…… どれ、解り易いように解釈を加えた上で読んでやろうかの」
「助かるよ」
彼は咳払いを一つしてから、読み上げ始めた。
「なになに?
黒髪の少女ディド・アーサーを王宮に連れてきた者には褒美を与え、三年間全ての税を免除する。 ただし、その者を傷つけてはならない。
その者は我々を幸福へと導くゲートキーパーである。
このお触れは、魔術師サリュエル・ニーズの立案に対し、カール・メルギス、シモン・クヴァル、シェスター・ランフォード、以上3名の大臣が責任を負い、王女ジェノウィーズ・ハーツ・ノヴィアが承認するものとする。
とまあ、こんな感じかの。 理解できたかね?」
老人の言葉を聞いた瞬間、アシュレーは顔を強張らせた。
体に緊張が走る。
「どうしたんじゃ、急に怖い顔をして」
「なあ、爺ちゃん。 このお触れってココにしかないのかな?」
「まさか、これは詔書の原紙。 街中に配られた複写が正当なものであることの証じゃぞ。 今頃は街中に貼られておるわ」
「でも、こんな難しい言葉だと簡単には読めない人も多いよね?」
「詔書は古代語で書かれるのが決まりだから仕方ないことじゃな。 まぁ、こういうお触れってのは配る時に口頭で伝わることがほとんど。 この紙はあくまでも形式だけと言えるじゃろうなぁ」
「じゃあ、やっぱこの事は皆知ってるんだ?」
「もちろん、今日の街はこの話題で持ちきりじゃよ」
「そうか…… ありがとう、爺ちゃん!」
アシュレーは踵を返すと、宿に向かって駆け出した。