第7話 十万個に一つの最強相性
成す術なく連れ去られ……はしていないけど、私が連れてこられたのは、どうやら酒場の建物内からは出ていない場所ではあるらしかった。
ただしおそらく普通のお客さんは招かれないような場所だと思う。
私の手を引いて楽しそうに走っていた彼女が通り抜けざまに触れた壁が、ガコンとくぼみ隠し扉が現れる。
ただの壁に突っ込んだかと思ったら、すり抜けてその向こう側に行く。
何度曲がったか分からないし、何なら床に穴が開いていてそこからピョンと飛び降りもした。
私は当然恥もなく「いやぁぁぁぁぁああ!!」という悲鳴を上げながら落ち……。
私には、先行して走る彼女みたいにカッコよく身軽に着地する事なんてできなかっただろうと思う。
だからおそらく私を楽に連れていくためだけに使われていた吹き上げる風魔法には、ものすごぉ~く感謝した。
そうして辿り着いたのが、今いるこの部屋なのだけど。
「次はこっちにしよう! きっとこの朱色も似合うよ!」
「えっ、いや流石に明るすぎるような」
「そんな事ないよ! 可愛い!!」
そもそも私、赤とか黒とかのパッキリとした色が似合った試しがない。
姉様たちからも「選んじゃいけない」と注意を受けている程だから、普段は絶対に服色として選ばない。
……いや、それ以前にこの服自体――。
コンコン、と扉が外からノックされた。
「どう? 見つかった?」
「カイン君!」
言いながら、私をここに連れてきて着せ替え人形にしていた彼女が、トトトーッと扉に走って行く。
「えっ、開けるの?! ちょっと待って」
そんな私の制止もむなしく、彼女は躊躇なく扉を開けてしまい。
「どう?」
「抜かりなし! そして楽しい!」
「そう。それはよかった。で、サラはそんなところで蹲って何してるの?」
「……一応隠れようとシマシタ」
「敢えて言うと全然隠れられてないよ。何でこんなに色んな物がある部屋で、敢えてその小さなスツールの後ろに隠れたの?」
「だって、慌ててたんだもん……」
キョトン顔で正論を言われ、私は「うぅ」と涙目になるしかない。
恥ずかしい。
アホな自分を露呈した事も、そして何よりもこの格好も。
「そんなに隠れなくても。似合ってるよ、フリフリ」
「もうフリフリ通り越して、ブリッブリって言ってもいいくらいのフリル量とリボンの数じゃない」
小さくなりながらそう言えば、カイン兄様は「ふむ」と顎に手を当てて。
「それにしても朱色、似合わないな。ファッションっていうのは、色合いを取り入れるから難しくなるんだよ。やっぱり白黒が一番失敗がなくてオススメ」
「えー? 白黒ばっかりのフリルとリボンの服なんて、そんなのつまんないよ、カイン君!」
「邪魔じゃない? フリルもリボンも」
「そこまですべてを削ぎ落してファッションに機能性を重視しているのなんて、きっとカイン君くらいだよ! カイン君のなんて、ただの布!」
カイン兄様と私を着せ替えた彼女が、目の前でそんな談義に花を咲かせ始めた。
私としては、まずはこの人に「妹を着せ替え人形にしないで」って言って欲しかったのだけど、そんな気配は微塵もない。
私は段々と焦れてきて――。
「兄様!」
「ん? どうしたのサラ」
「着替えるので出て行ってください!」
両手でギュッとスカートを握り、叫ぶように抗議した。
すると彼は首を傾げて言う。
「え? 必要ないよ?」
「え」
「そのまま行くよ? そのための着せ替えだし」
「どうして」
「どうして? そんなの簡単だよ」
そう言って彼はゆるりと笑う。
「たとえ認識疎外をしても、服装だけは誤魔化せない。だから誰か分からないように、普段はしない服装がいい。サラが今後もパン屋の看板娘でいたいのなら、猶更ね」
裏の世界の人たちに見られて、素性を知られて、俺のお気に入りだっていう事で後付け回されたりしたくはないでしょ?
そう言われ、たしかにと唸る。
だって裏の世界の人たちって、治安の悪い人たちなんでしょう?
兄様が一緒にいるならともかく、そうじゃない場所で怖がらずに話せる気がしない。
……まぁ、この人たちはあんまり怖くないけれど。
そう思いながらチラリとクシーさんやもう一人の彼女を見る。
すると兄様は思い出したように「そういえば」と言いながらもう一人の彼女に尋ねた。
「レイン、もう自己紹介はしたの?」
「あっ、してない!」
「じゃあ今しといて」
彼女は元気よく「分かったー!」と言うと、私の方に向き直り前のめりに両手をギュッと握ってきた。
「私、レイン! 可愛い物が好きで趣味は着せ替えなの。よろしくね!」
「よろしく、お願いします。私はサラ」
「サラちゃん、名前まで可愛い!」
彼女は嬉しそうにそう言って、握った手を上下にブンブンと振り回してくる。
思いの外強い力に翻弄されるまま、ブンブンと手の上下運動をさせられていると、カイン兄様がサラッと「じゃあ《《これから》》よろしくって事で」と言った。
これから?
なんて言う事のない言葉だけど、何故かその一言に予感のようなものを感じて聞き返そうとして――。
「それで、サラの認識疎外、どれだった?」
「あぁ、コレだったよー」
レインさんが指をさす。
瞬間、兄様が「ブフォーッ」と噴き出した。
彼の後ろに控えていたクシーさんも目を見開き、平然としているのはレインさんのみ。
勿論私は目が点で。
「サラちゃんがこの部屋に入った瞬間、これがものすごく自己主張してきてねー。十万個に一つの最強相性! いやぁ、強度と阻害率重視で作ったはいいけど三年ばかり主不在だったけど、やっと出会えたみたいでよかったよ」
「自己主張……?」
「うん。あ、私、物の声が聞こえるっていうか、物と人との最適な相性が分かる魔法が体質の関係で常時発動状態なの。抑える事はできないんだけど、そんな私をカイル君が拾ってくれてね? 今の私の仕事はこの物資補給の部署で、品物がいたがってる場所に適材適所する事で、その物資の最大パフォーマンスをあげる事っていうわけ!」
そう言って、レインさんが楽しそうに笑う。
魔力が多すぎる人や、何らかの先天的・後天的理由で魔力の蓋が空きっぱなしになっちゃっているような人は、稀に何かの魔法がうまく制御できず常時発動状態になってしまう事もあると聞く。
レインさんも《《そう》》なのだろう。
それはいいし、むしろ「カイン兄様に見つけてもらって、自分の特性に合った場所を見つけられてよかったね」とは思う。
そんな人が選んだものならば、きっと相性もいいのだろう、とも。
しかしそれと、彼女が現状手にしている物が自分に最適の認識疎外品だと言われて手放しで喜べるか、はまた別の話だ。
「まさかの東方の国の甲冑仕様!」
あははははははっと、大爆笑の兄様。
レインさんはまったく動じずに、飾るように置いていたそれを手に取り、私の方を向いて。
「さぁ、夜は長いって言っても、リミットはあるからね。終わっちゃう前に諸々片付けないといけないんだから、てっとり早く着ちゃおっか!」
嫌だ。
何か今にも動き出しそうだし、妙な圧があって怖い。
何よりものすごく重そうで、暑そうな服……いや、服なのか?
これは。
彼女が一歩前に出る。
私は思わず後ずさる。
ここに来て二回目の逃亡を図り――ギリギリ笑いをこらえてプルプルとしているクシーさんに、例の如く入り口を塞がれてしまい、私は逃げ場を失った。