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第4話 王都の闇に生きる兄



「しししし知ってるって、私と兄様が世に噂で実しやかに語られている“裏王族”だという事をですか?!」

「うん」

「私についても?!」

「“裏”女王候補だって言ってあるよ。俺がサラを助けていくっていう事もね」


 それって全部言っちゃってない?!


「兄様、それ、ニール兄様にバレたら……」


 ニールというのは、長子のニーリアス兄様の呼び名だ。

 特にニール兄様は、国の要職に就いているのであまり私たちとの関係がバレないように特に分かりにくい呼び名を使っている。



 私の懸念に、カイン兄様はニコリといい笑顔を作った。


「バレたら……」

「バレたら?」

「やばい」

「でしょうね」


 気分屋で普段からあまり他人に怒られても堪える様子が微塵もないカイン兄様をおいても、ニール兄様に怒られるのは怖い。

 だから「やばい」なのだろう。


 私の場合は、ニール兄様に怒られた日には涙がちょちょ切れながら謝罪の嵐なので、カイン兄様でさえ怖がる気持ちはよく分かる。


 淡々と、理詰めで怒るのだ、ニール兄様は。

 たとえカイン兄様の秘密であっても、私は口が裂けても言わないでおこう……。


「でもさぁ、もう言っちゃったものは仕方がなくない? 大丈夫だよ、クシーは。誰にも言わない、ねぇ?」

「はい」

「……はぁ、分かったよぉ」

「じゃ、本題に入るけど」


 まるで最初から私が折れる事が分かっていたかのような変わり身で、彼はソファーに座ったまま前かがみになり、話を切り出した。

 自身の太ももの上に肘を置く。

 両手の指を組み、こちらを見据え、ニヤリと悪い笑みを浮かべて言う。


「最近王都で横行している、人身売買について」


 今まで対峙していたのは、兄だった。

 しかし今は兄は兄でも、怖い顔を持つ兄だ。


 それを、声色一つ、醸し出す空気一つで強制的に分からされる。



 気が付けば、思わず生唾を呑んでいた。

 

 そんな私を見て彼は僅かにキョトンとし、それから苦笑交じりに「あぁごめんね」と笑う。


「つい癖みたいなものでさぁ、こういう話をしようとするとどうにもね。《《こっち側》》の普段の感じになっちゃうっていうか」


 てっきり今の変わり様は「ちゃんと聞けよ、話すぞ」という意思表示なのだと思ったのだけど、そういう訳ではなかったらしい。



 その時だ。

 まるでそんな彼の気持ちを知っていたかのように、そしてこうなってしまうと最初から分かっていたようなタイミングで、ふわりと紅茶の香りが鼻孔を掠めた。


 香りがしてきた方を見ると、そこには先程扉を開けてくれていたあの女性――カイン兄様が「クシー」と呼んでいた人が、ティーカップに紅茶を注いでいた所である。


「どうぞ」

「あっ、ありがとうございます」


 持ってきてくれた紅茶を受け取り、口を付けてホッとする。


 ホッとしたのは、温かい飲み物を飲んだからと、多分その紅茶が美味しかったからだ。


「カイン様から、サラ様は渋みの少ない飲みやすい紅茶がお好きだとお聞きしたのですが」

「はい。ありがとうございます、美味しいです!」


 両手でティーカップを持ったまま、美味しさにゆるんだ口元で彼女に笑い返す。


 すると、クールな彼女の表情も僅かにだけど緩んだ。


「ならよかったです」


 そう言って、兄様の前にも飲み物を――って。


「コーヒー?」

「あぁ、俺はいつもこれだからね」

「カイン様は、目が覚めるような苦いコーヒーがお気に入りです」

「苦い方が目が覚めて、頭の回転もよくなるし、何より睡眠しなくていい時間が増える」

「この通りの方なので、気を付けて見ていなければなりません。目を離すと活動限界ギリギリまで作業をして、気絶するように眠られるので」

「俺はそれでいいって言ってるんだけどね」

「駄目ですちゃんと寝てください」


 口を尖らせるカイン兄様と、窘めるように言うクシーさん。

 今の今までクシーさんの事を「表情分かんないし、もしかしたらちょっと怖い人かも」と思っていたけど、想像に反して世話焼きっぽい。



 たしかにカイン兄様は、自分を顧みないところがある。


 顧みないというか、没頭しすぎる。

 ニール兄様曰く「集中力があるのは長所だ」との事だけど、彼の集中力の注ぎ先は、大体が私や他の兄弟を驚かせる事にあった。


 そのせいで何度心臓が口から飛び出る思いをしたか分からないし、その度に大爆笑の兄様を恨めしく思っていたけれど、だからといって寿命を縮めてほしいとは思っていない。



 この人が兄様の傍にいれば大丈夫かな。

 そう思い、先程とは別の意味でホッとした。


 ホッとして一度ティーカップから手を離しソファーに手をついて座り直すと、ちょうどその手がカサリと何かに当たる。


「ん? あ、そうだった!」


 言いながらそれを手にし、テーブルの上にチョンと乗せる。


「今日の新作、ノス爺たちが持たせてくれたの! 二つあるから」


 一緒に食べよう、と言おうとしてはたと気が付いた。


 入れてもらったパンは二個。

 今この部屋にいるのは、三人。


「……っ、これ、お二人で食べてください。私は朝に食べたので」


 泣く泣く兄様に二つとも渡す。


 美味しかったけど、食べたかったけど、せっかくここで会えたんだし、せっかくだからクシーさんにも食べてほしい。

 私は明日また、食べればいい。

 今度はちゃんとお金を払って。


「ふっ、いいよ俺たちで一つ、半分こするから」


 食べな、と言われ顔を上げる。


 兄様が、「しょうがない奴だなぁ」と言いたげな目で私の事を見ていた。


「でも」

「どっちにしろ、クシーは毒見役として同じパンを食べたがるし」

「え」


 思いもよらない言葉を聞いて、思わず「毒見?」と聞き返す。


 すると彼はさも当たり前のようにサラリと言った。


「あ、うん。俺こう見えて、この王都の裏社会、牛耳っちゃってるからね。権力者っていうのは狙われる。今でも狙われ、俺の正体が知れれば別のところからも狙われるようになり、多分俺、そういう星の元に生まれてきちゃったんだなぁ」


 言いながら笑うカイン兄様に、クシーさんが「自覚があるなら、少しは自重してください」なんて言う。

 本当にその通りではあるんだけど、それよりも「毒見」という言葉が衝撃的過ぎて、ちょっと会話について行けない。



 そんな間にも、クシーさんはカイン兄様からパンを受け取って一口大に千切り、見たり匂いを嗅いだりしてからパクリ。


「んっ」

「毒あった?」

「美味しいです」

「美味しいだけかよ」


 まぁ毒があったところで、そのネックレスがあれば大丈夫だろうけど。

 兄様はそんなふうに言いながら、自身もパンを一口食べて。


「うん、たしかに美味しい。けどこれって、梅?」

「うん! 私が前に『そろそろ梅の時期ですね』っていう話をして、思いついたんだって!」


 甘い香りと、ほんのりとした酸味が織りなす、爽やかで砂糖と塩味の甘辛あんパンだ。


「やっぱり合うのはミルクが入った飲み物かなって思うから、兄様の場合は寝る前に、しっかり寝たいときとかに食べると、お腹も満たされていい夢が見れそう!」

「サラってさ、食べ物の話をしている時が一番幸せそうだよねぇ」

「何それ、ちょっと馬鹿にしてる?」

「してないしてない、いいなぁって思って」


 ムゥッと頬を膨らませると、カイン兄様が笑いながらそう言ってくる。


「いいじゃない。美味しい物を食べている時くらいは、幸せだって」


 言いながら私はパンを一口パクリ。

 う~ん、美味しい!

 流石はノス爺とエラ婆。


「じゃあその、食べて幸せそうな顔をしながら聞いてて。こんな胸糞悪い話、真面目に聞くだけ損だけど、頭には入れておいた方がいいだろうから」





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