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第3話 一番下の兄様との待ち合わせ



 しかし、すぐに思い当たる。


 声のかけ方。

 話した内容。

 そして何より、私の反応を見て生じたクスクスと笑う愉しげな声。


 辺りの喧騒から自分たちだけを切り離す魔法を瞬時にかけた手腕と、その上でこんな町の往来で堂々と話しかけてくるやり方。

 すべてに心当たりがあって、思わずジト目で振り返る。


「何で毎回そう、登場が奇抜なのよ。カイン兄様」

「あれ? 怒っちゃった?」

「怒ってません。呆れてはいるけど」


 振り向いた私の目に映ったのは、フードを目深に被った男。

 高度な認識疎外の魔法が掛けられているそのコートは、どうやら高位の魔法使いでも着た人間の正体を突き止めるのは極めて難しいらしい。


 少なくとも、カイン兄様はこれを着ていて、今までにただの一度も誰かに自分の正体を見破られた事はないのだという。

 そんなコートを、平凡なこの私に看破できる筈もないのだけど、こういう服を着てこういう事をする人に他に心当たりは皆無なので、自ずとこの人が誰なのかも分かった。


「俺の伝言、聞いてくれた?」

「朝一番に。お陰で清々しい朝が、台無しだよ」

「怒った?」

「怒ってません」

「何だぁ、ガッカリ」


 怒ったら喜ぶと分かっているから、そして私も今年で十六歳ともなれば、流石に学習するし自制だってできるようになるから、敢えて怒らないのだ……とは口には出さない。


「それよりも、取引は夜っていう事だったでしょ? まだ朝だよ?」

「迎えに来たんじゃないよ」

「じゃあ何?」

「え? 驚かしに」


 他に何があるの、と言いたげなキョトン顔になった……ような気配がした。

 顔面は、認識疎外で全然見えないけど。



 はぁ、と思わずため息を吐く。


 この人は、人を揶揄ったりふざけたりする事に命をかけているようなところがある。

 まぁでなければ、できないのだろう。


 ――荒くれ者たちを束ね、その頂点に立ちながら、王都を牛耳る裏組織のボスなんて。


「とにかく、私はこれからパン屋さんに行くの! 楽しみにしてたんだから邪魔しないで!」

「分かったよ。俺だって、別に好んでサラに嫌われたいっていう訳でもないしね」


 そこまで言うと、彼はクルリと私の後ろに回った。


「じゃあ、今夜の夕食で」


 囁くように、耳元でそう告げられる。



 振り返れば、もうそこにカイン兄様の姿はなかった。


 満足すればすぐにいなくなる。

 流石はカイン兄様と言うべきか、『思い立ったらすぐに行動』と『思い立ったらすぐに解散』を体現しているかのようだった。



 ◆ ◆ ◆



 仕事が終わったのは、午後六時。

 いつも通りに店じまいをし、片付けをして店を出る。


「じゃあ帰るね、ノス爺、エラ婆!」


 エプロンを脱ぎ挨拶をすべく厨房に顔を出すと、老人たちが振り返る。


「あぁお疲れさん」

「これ持ってけ」

「えっ、これって新作の! とっくに売切れちゃったんじゃあ!」


 言いながら紙袋にパンを一つ二つと入れていく爺ちゃんに、私はガーンと顔を青ざめさせた。



 誰でもない、売り切ったのは私自身だ。

 最後の一つまで売った筈。

 それでも尚今日が新しいパンの発売日だと知っている人からの注文には、残念ながらお断りした。


 なのに、もしかして売り忘れちゃった?


 だとしたら、もっとたくさんの人たちに、爺ちゃんのこの美味しいパンを食べてもらえたし、売り上げにもなったのに……と思ったけど、受け取って「おや?」と首を傾げる。


「あったかい」

「さっきこれだけ焼いたんだよ。サラちゃんが朝、ものすごく美味しそうに食べてくれただろ? 食べ終わった後にちょっと寂しそうに『もうない』って言ってたのを聞いててねぇ」


 別に誰に言うでもない独り言だ。

 むしろ言われれば「そうだったかもしれない」と思うくらいで、私自身きちんと言った自覚があった訳でもない。


 それでも、そう思った事は事実だ。

 だって、すごく美味しかったんだもの。


「ありがとう、爺ちゃん、婆ちゃん!」

「気を付けて帰りなよ。最近は人攫いがいるっていう噂もあるからねぇ」

「分かった、気を付ける!!」


 袋を嬉しく受け取って、元気いっぱいで店を出て行く。



 足取りは極めてルンルンだ。


 ルンルンで、この時は目的もすっかり忘れて「二つ入れてくれていたし、カイン兄様にも食べさせてあげよう」と思っていた。




 その気分が終わりを告げたのは、待ち合わせ場所として指定されている――というか、今は形を縮めて肩下げ鞄にストラップ代わりについている手のひら大のクマのぬいぐるみが教えてくれた、カイン兄様の伝言通りの場所に辿り着いた時だ。


「ほ、本当に、ここなの……? スヴェイン」

「そうだよ、間違いない」

「でもここって」


 言いながら見上げる。


 そこは、この王都で一番の高級酒場。

 そして、その……ちょっとエッチなお姉さんが接客してくれるという噂の場所でもある。


 よくご近所さんが奥さんにこっそりここに来て、翌日には怒られて必死に謝っている……なんていう光景を傍から見て「何だかんだで仲良しだよなぁ」と微笑ましく思っていたりしたのだけど。


「ま、まさかカイン兄様がこのお店の常連さんだったなんて……!」


 ピシャアアアンと、雷に打たれたような衝撃だ。


 兄様には、今までまったくと言っていい程浮いた話なんてなかったと思っていたのに。

 何なら適齢期に入った私が言うのも何だけど、女の人の話なんてないままに婚期も逃しちゃった兄様を、少し心配にも思っていたのに。


「そんな爛れた毎日を送っていただなんて!」

「一体誰が『爛れた日々を送っている』って?」


 横から声がして「だからカイン兄様が――」と言いながら振り返り、そこに居るのが誰がに遅ればせながら気が付いた。


 まるで月光のような色の銀髪に、中性的な顔立ちの男。

 腰に片手を当て柔和に笑うその姿は、中性的な魅力を余す事なく醸し出していて――。


「もしかしてお相手は、女性ではない?!」

「じゃあ一体ナニが相手だと思ってるのかな」

「そりゃあこんな魔性を前にしたら、老若男女、人間どころか動物から植物まで問わず、篭絡してしまうに決まっているでしょう!」

「褒めてくれて嬉しいけど、俺、そんな事してないからね?」


 自己肯定感が上がって嬉しい反面、あらぬ想像をされてちょっと心外。

 その結果浮かべた困り顔ですら、我が兄ながら魅惑的なのだから困りものだ。


「はっ! 今日の朝、魔法で認識疎外と結界を施し入念に自分の存在を隠ぺいしていたのも……!」

「周りを惑わせないように、とかじゃあないからね?」

「違うの?」

「違うよ」


 更に苦笑した彼を前に、私は「そうなのか……」と少しばかり残念な気持ちになる。


 せっかくカイン兄様の行動原理を少しだけ解き明かす事ができたかも、と思ったのに。

 どうやら気のせいだったらしい。


「とりあえず中に入りなよ」

「うん、そうする」

「あまりにもサラが中に入ってこないから、俺から迎えに来ちゃったじゃないか」

「ごめん」


 兄様に「他のお店の前ではやらないように。ものすごく怪しかったから」と言われ素直に謝りながら、彼が開けたドアの中に、案内されるままに入っていく。



 中は、普通の酒場だった。

 少なくとも私の目には、そう見えた。


 私はあまりお酒が好きな訳ではない。

 この時間に酒場と兼用のお店に行くと、見た目がどうやら幼く見えるらしい私は、よく酔っ払いたちに小さな子どもに間違われて揶揄われる。


 ものすごぉ~く面倒臭いのだ。

 だからあまり酒場には行かない。


 そういう浅い知識しかないから、見る人が見れば他と違うところもあるのかもしれない。

 しかしやっぱり私には、私が知っている酒場よりは少し大人しめというか、上品な客が飲んでいる酒場に見える。



 そんな酒場を迷いなく歩いていく兄様の後に付いていくと、どうやら目的地は酒場の奥の個室のようだった。

 扉の前には、女性がいる。


 給仕の女性は皆下品でない程度の華やかな服を身に纏っていたけれど、この人は全身白と黒。

 男性の、おそらく店側の人だと思われる人たちは同じように皆白黒の服装だけど、なぜ彼女だけ他の女性たちと違うのかはよく分からない。



 その彼女が、扉を開けて兄様に深くお辞儀をした。

 軽く手をあげて中に入る兄様。

 私もそれに――扉を開けて待ってくれている女の人にペコリとお辞儀をしてから続く。


 私が部屋に入ると、後ろでパタンと扉が閉まった。

 見れば先程の女の人が、閉めた扉の前に立っている。


 私を見るその目が、どこか冷たく思えたのは、きっと気のせいだったのだろう。


「座って、サラ」


 促され、彼が座ったソファーの向かい側にチョンと座った。


「さぁじゃあ早速例の話をしよう」

「え、でも、まだ部屋には人が……」


 言いながら、私は先程の女性にチラッと目を向ける。



 彼女はすまし顔でそこに居た。

 我が物顔という程傲慢ではなさそうだけど、見るからに「私はここから動きません」と言っているように見える。


 しかし、これからするのは裏王族に関わる話だ。


 “真の王族である事は、秘密にしなければならない”

 それが我が家の、守るべき決まり。

 違えてはならない掟なのだから――。


「あぁ大丈夫。俺たちが裏王族だっていう事は、そこのクシーは知ってるから」

「えっ?!」


 まさかの事態に、思わず目を剥いた。



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