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第2話 残念な事に、日常からの逸脱



 ◆ ◆ ◆



 朝日と共に目が覚めて、窓を開けて大きく伸びをした。


 窓の外に見えるのは、小さな通りを隔てた向かい側にある民家の鉢植え。

 そこには小さな花が咲いており、おそらく既に家主が水をやったのだろう。

 花弁に付着した水滴が、キラリと朝日を反射して煌めいている。


「今日もいい天気ね。穏やかで平凡な日になりそう」


 まだ目覚め切っていないまま、ふわりと笑って独り言を漏らした。

 それから髪を軽く紐でまとめて――。


「今日は、違法取引がある日だよ☆」

「短かったな、私の平凡」


 ため息を吐き、振り返る。


「ちょっとスヴェイン、せっかくの清々しい朝くらい、ちょっとは現実逃避させてくれてもいいじゃないのよ。人でなしぃ!」

「だってボク人じゃないもんね。ボクは」

「『代々のダメ王のお目付け役兼、補助機構』でしょ。分かってるってば、何度も言うから覚えちゃったよもう」


 口を尖らせ、彼に言う。



 私の視線の先にいる彼は、可愛いクマのぬいぐるみだ。

 元々首には何も巻いていなかったけど、可愛いリボンがあったのでそれを蝶々結びにしてあげている。


 ボクと自身を呼称するが、本人曰く「あくまでも補助機構なので、性別という概念はない」らしい。

 スヴェインという名前は、ずっと前から決まっていた呼び名なんだとか。


 私と普通に喋っているけど、その口が開くような事はない。

 それでもこの子の声が聞こえて、こうやって話だってできる理由は、考えるだけ無駄だろう。

 何故なら「ボクは代々のダメ王の補助機構だから」「古くから存在するものすごい遺物だから」という答えで、すべては解決してしまうから。


 そもそもあの最終宣告の日の円卓の真ん中にあった虹色の花が、今のこの熊の姿なのである。

 そこからして普通じゃないのだから、今更もう驚く事もない。



 それに、魔法である程度の事はできてしまうような世の中だしね。

 こういう不思議がこの世にあっても、別におかしな事じゃない。


「っていうか、さっきの一体何だったの? 普段のスヴェインにそぐわないハイテンションを、朝っぱらから披露しちゃってさ」

「ボクはサラ宛の伝言をそのまま伝えただけだよ」

「あー、今ので誰からの伝言かもう分かっちゃった」


 このぬいぐるみがただのぬいぐるみでないのを知っているのは、この世に私を入れてたった六人だ。

 皆私の兄と姉で、一体どういう原理なのか、この子は兄様や姉様からの伝言を遠隔地からこうして伝える機能を持っているらしい。



 兄も姉も、今はもうそれぞれに自立して、一人や仲間と暮らしている。

 だから会おうと思わなければ、基本的に会う事もない。


 そういう意味ではスヴェインのこの機能は嬉しかったりする。

 あちらからの一方通行であるのが難点だけど、兄姉の声が聞けるのだ。

 ただし。


「もうちょっと穏便な伝言だったらね! 『今日は、違法取引がある日だよ☆』とかもう、カイン兄様ったら、なんてデリカシーのない!」


 プリプリと怒りながら着替え始める。



 カイン兄様とは、カインゼル兄様の事である。


 私たちは、裏王族。

 残念ながらこの事実は揺らぐ事はない。


 私たち男爵家の子たちが英雄の末裔であり裏王族である事は、他の誰にも知られてはいない。

 それでもバレたら身の危険があるから、平民に紛れた表の暮らしでは、皆基本的にそれぞれの名乗りを変えている。


 たとえば私だったら、サラ。

 カインゼル兄様は、カイン。


「カインは昔からそうだったでしょ? 今日のだって多分、サラがこういう反応をするって分かっていてボクに伝言を頼んでる」

「まったくもう兄様ったら、言葉一つとっても人を揶揄うのが好きっていうか、そのために生きているようなところがあるっていうか、小さな揶揄いにも余念がないっていうか……!」

「大抵被害者はサラ」

「で、決まって言うのが」

「「だってサラが一々かわいい反応をするから」」


 スヴェインと私の声がピッタリと重なった。

 ただのぬいぐるみには表情なんてない筈なのに、何故か彼が笑ったのを感じたような気がした。





 私は普通の町娘だ。

 平凡な日常を生きる、普通の子。


 生まれ持ったものも平凡で、姉様たちのように、特定分野に秀でている訳でもなければ、誰にも負けない商才を持ち合わせている訳でもない。

 兄様たちのように、剣の腕がある訳でもなく、裏社会に通じている訳でもなければ、この国の事なら何でも把握していて大抵の事ならすぐに解決しちゃうような頭脳だって、私にはない。


 六人兄妹の末っ子。

 兄姉たちにいいところを取られた後の出がらし……っていうのは、私が思っているだけで誰もこんな事は言わないけど、実際そうで、他の兄弟との能力的溝は、兄妹の誰よりも私が一番把握している自信がある。


 本来だったら、多分私には魔法の才が備わっているべきだったのだろう。

 そうであれば完璧だった。

 でも私はそれも、得意じゃない。

 というか、得意な物がない。



 それでも世界を悲観してはいなかった。

 唯一の私の取り柄と言えば、割とポジティブである事だと思う。


 人生いい時もあれば悪い時もあって、そもそも平凡な人の幸せは、やっぱり小さなものである事が多い。

 でも。


「おはよう、サラちゃん。今日も元気だね」


 家を出て、いつものように職場のパン屋さんに行く道すがら。

 ご近所のおじちゃんに声を掛けられる。


「おはよう、おじちゃん。たしかに今日も元気だけど、何で見ただけで分かったの?」

「だってそりゃあ、そんなにルンルンでスキップしてりゃあなぁ」


 言われて初めて気が付いた。

 たしかに私、スキップしていたみたい。


「実は今日、パン屋さんで新作のパンが店頭に並ぶ日なの!」

「パン屋さんってぇと、サラちゃんの仕事先のかい」

「うん! 月に一度、一つずつ。いいよね、一月替わりで新しく出るパン。何だかとってもワクワクするもの!」


 何ならお店が開く前に試食もさせてくれる。

 勿論店頭でパンを販売する身として、お客さんにどんなパンか、どうやって食べたり付け合わせを用意すればもっと美味しくなるかを伝えるための味見だけど、私にとっては楽しみな事には変わりない。


 

 これが、私にとっての今の幸せだ。

 些細でささやかな幸せだけど、私はこういう日々がいい。



 おじちゃんに「行ってきます」と言って別れ、歩き出す。


 私は今のこの生活に、これ以上ない程に満足している。

 だって、日々の中で小さな幸せを探すのが、楽しくて。

 見つけられたら、嬉しくて。

 そういう毎日が、私は好きで。


 だから――。


「やぁ、未来の女王さん」

「ぴぁっ!」


 後ろから突然そう囁かれ、私は思わず飛び上がった。


 

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