第12話 正体バレた!
◆ ◆ ◆
酒場に戻って、着替えて、帰宅して。
寝て起きたら、いつもの朝がやってきた。
窓を開けて大きく伸びをして、顔を洗って朝食を作る。
パン屋まで歩き、外の掃除をして焼きたてのパンを並べて、準備して。
定刻になると、カランカランというドアベルの音と共に、扉が開きお客さんが来る。
「いらっしゃいませ!」
「やぁ、サラちゃん。今日も元気だね」
「元気が私の取り柄だからね! それより今日は、昨日売れちゃってた新しいパン、まだあるよ!」
「お。じゃあ買っちゃおう。それから定番の――」
「サラちゃん、味噌パンってどこだっけ?」
「こっちにあるよ、さっきできたばっかり! 塩気がいいよね、このパンは」
「サラちゃーん」
「はーい」
「新しいパン以外で、オススメは?」
「うーん、そうだなぁ。力仕事をする人には、この『肉満々、挟みパン』が食べ応えがあっていいと思う!」
お客さんとするのは、雑談ばかりではない。
パンについての話を振られる事もあって、呼ばれる度に、聞かれる度に、会計と紙袋にパンを入れる手を止めずに、聞いてきてくれているその人や、その人の欲しがっている物について答える。
体力も使うけど、意外と頭脳労働でもある。
色々な事を一度に並行してやらないといけない。
ノス爺もエラ婆も厨房でせっせとパンを作ってくれている。
接客フロアは所謂私の持ち場で、他に手もないから忙しい。
パン屋さん自体は朝の六時から午後五時半までずっと空きっぱなしだけど、お客さんがたくさん来る忙しい時間帯と、そうでない時間帯というものがある。
大体が、朝と昼と夜。
それぞれご飯を食べるような時間帯で、今日も九時半頃にもなれば、第一次繁忙時間帯が無事に終わった。
ふぅ、と息を吐く。
ここから十一時半くらいまでは少し暇になるけれど、その間にもやっておかなければならない事がある。
店内の掃除をしたり、新しいパンを並べたり、昨日新しいパンができたばかりだから、また宣伝用の立て看板も作らなきゃ。
絵も描いて字も書いて可愛くして、店先にドーンと置くのである。
そうすると、通りかかった人がそれを見て「あらまた新しいパンができたのね」と、様子見がてら入ってきてくれる。
あとは――などと、エラ婆がいつもの如く用意してくれた第一次繁忙時間帯お疲れ様のお茶を会計カウンターのところで座って飲みながら考えていると、カランカランとドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませー」
言いながら、手元の紅茶を置いた。
そうして初めてお客さんの姿を視認して――。
「えっ」
驚いた。
見覚えがある男だった。
というか、鍛えられたあの体。
そして怖い顔。
昨日の今日で忘れようもない。
明るい場所で顔を合わせたのは初めてだけど、でも、この人は。
「昨日カイン兄様の胸倉を掴んでた!」
「あ?」
そうでなくても強面だったのに、眉間に皺が寄って更に怖い顔になる。
「『兄様』『胸倉』……って、もしかしてお前、昨日の妙な甲冑娘か」
……あっ!
私、自分で自分の正体をばらしちゃった!
私は昨日、認識疎外の甲冑を身につけていた。
私は彼の顔を見て覚えていたけど、彼からすれば服装以外では覚えようがなかったのに!
「さ、さぁ? 一体何の事やら」
せめてもの抵抗に、目を泳がせながら、しらばっくれる。
余裕を演出するために、口笛なんかも吹いておく。
しかし、ものすごーく可哀想な物を見るような目で見られてしまった。
「お前、嘘とか誤魔化すのがどうしようもなく下手だって、よく言われるだろ。もうバレバレだから今更だぞ」
「……うぅ」
ぐうの音も出ない。
「はぁ。昨日あの場で啖呵を切ったあの胆力は見所があるかと思ったが、ただの考えなしだったか」
「ひどい! 考えはあったもん! 本当に『普通』って、小さな努力の積み重ねなんだから!」
「あー、はいはい、別にそこは疑ってねぇよ」
プンッと怒った私を簡単にあしらって、男は「それよりも」と言葉を続けた。
「『新しいパン』ってのはどれだ」
「え?」
「カインのやつに、かなり熱弁されて煽られたんだよ! 『やっぱり自称パングルメなんだぁ? あの新しいパンの存在を知らないなんて』ってなぁ!」
言われて「なる程」と納得する。
たしかにカイン兄様ならそういう事を言いそうだ。
そして兄様がわざわざそう言うっていう事は、この人はさぞ揶揄い甲斐のある反応をする人なのだろう。
「……って、パングルメ?」
聞き流しかけた言葉を拾い、私は彼の顔を見る。
「何だよ、食べる事が好きで何か悪いかよ」
中でも特に、パンは好きなんだよ。
そう言葉を続けた目の前の彼は、どこか気まずそうに……いや、恥ずかしそうに目を逸らす。
私はそんな彼を見て、目を丸くし、それからわなわなと震えて――。
「美味しいよねっ! パン!」
「うぉあっ?!」
両手をギュッと強く握り、ズイッと彼との距離を詰めた。
彼の顔をまっすぐに見る。
身長差から必然的に彼を見上げる形になった事で、眉間の皺が取れ驚いた顔がとてもよく見えた。
あ、怖くない。
そう思った。
正直に言えば、ここまでは同志を見つけて反射的にしてしまった事だったけど、そうと気付けばもう怖がる必要もないような気がして。
「新しいパンはね、これ! 焼きたてからちょっと時間は経っちゃってるけど、うちは時間が経っても美味しいパンを作ってるから、安心して! あとはねぇ、こっちと、あっ、これもオススメで――」
初めて話をする相手でも、パンの話なら幾らでも尽きない。
そのくらいには、私はパンを、ノス爺とエラ婆の作るパンやこのパン屋さんを好きだった。
彼は私のそんな話を、戸惑いこそすれ嫌がりはしなかった。
それが結構嬉しくて、気付けば私は満面の笑みだった。
◆ ◆ ◆
「おいカイン。てめぇ」
「あぁ、お帰りジェイス。早速行ってきたみたいだね、サラのパン屋」
結局勧められるままに抱える程のパンを買ってきて、拠点である酒場に戻ってきたら、ちょうど『元凶』と鉢合わせた。
足を組んでソファーに座り何やら書類に目を落としていたカインは、斜め後ろに当然のように立っている秘書・クシーに「じゃあお願いね」と言いながら、その書類をちょうど返すところだった。
クシーがカインと一緒にいるのはいつもの事で、話を振られない限りカインが他の人間と話す時に横やりを入れる事をしないのも、いつもの事である。
だから俺はクシーを半ば無視して、カインをギロリと睨み付けた。
「お前、俺とあの女を繋ぐために、昨日あんな煽りをわざわざしたんだな……?」




