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第1話 “裏”女王候補の誕生と、絶叫



 薄暗い室内。

 六本のろうそくに照らされた六角形の円卓の真ん中に咲くたった一輪の虹色の花が、かなりの存在感を発していた。



 円卓にある六つの席はすべて埋まっており、私を合わせて六人の兄姉の顔が揃っている。


 末の子である私も含めたここにいる全員が、既に男爵家である実家を出て自立している。

 一応貴族の端くれではあるが、男爵家だから……というのは建前で、『我が家の子たちは皆、十四になると同時に家を出る』というのは、ある種の伝統のようなものだった。



 ――身分を隠し、外で平民に交じって普通の生活をして、来る日に備えるべし。


 その決まりに倣った私たちは、実際に自分だけの力でそれぞれに居場所を作っていた。

 だから個人で会う事こそあれど、私たちが一堂に会する事は最近なかった。



 それが、何故こうして顔を突き合わせているのか。



「父上と母上が亡くなって三年が経った」


 一番上の兄が眼鏡を触りながら、生真面目よろしくそう告げる。



 ニーリアス兄様の言う通り、私たちの両親は三年前に亡くなっている。


 死因は、事故だった。

 しかし、少し間抜けな。


 仲睦まじい両親だったが、いや、それ故に、雨上がりの朝に散歩に行き、ぬかるみに足を滑らせた。

 二人はいつも散歩の時には手を繋ぎ身を寄せ合っていて、両手は父は母、母は父に触れていたようだ。


 同時に滑ったものだから、どちらが踏ん張るでもなく手も付けず、そのまま二人して岩に頭をぶつけたようである。



 完全なる事故死だ。

 でなければ、こんな回りくどい方法で殺しに来る筈はない。


 そう結論付けたのは私だけではなく、父の兄姉たちも同じだった。



 当時はショックだったけど、三年も経てば「あの仲良し夫婦だった二人が、二人寄り添いどちらが置いて行かれる事もなく亡くなったのは、ある種の幸せだったのでは」と思えるようになっている。


 そもそも両親とも明るい人で、きっと自分たちの死で落ち込む子どもたちに「終わった事をくよくよと気にしていたら、時間がもったいないわよ!」と言ってきそうでもあった。

 そういう背景もあって、未だに当時の事を悔やみ落ち込んでいる子どもは、ここには一人もいない。



 亡くなって三年。

 ちょうど三年だ。


 そう言えば「節目だから、家族で集まって追悼をしているのかな」と思うかもしれないが、私たちの今日の議題はそれではない。


「我が家の成り立ちを覚えているな、ミスティン」

「うん。『私たちは誇り高き英雄の末裔。そして真の王族』」


 エルフの特徴が色濃く出た、尖った長耳に花飾りを編み込んだ三つ編み髪の長女が答える。



 そう。

 私たちは、残念な事に。

 ものすごぉ~く残念な事に、真実の王族の家系に生まれた。


 今表立って国王をやっている人たちさえ、この事は知らない。

 知られてはいけない。

 何故ならば。


「我が家の使命が言えるな、イシュタル」

「『裏から国を支え、王族の腐敗に対しては相応の対処をする』、だろ?」


 手が届く程のすぐ隣に、おおよそ片手で振る事など無理そうな立派な大剣を置いている冒険者風の男が、前のめりに体勢を変えて言いながらニッと笑う。


「我が家の決まりが言えるな、カインゼル」

「もちろん。『俺たちが真の王族である事は、秘密にしなければならない』でしょ?」


 バレたら表の王族をも凌駕する力を持つ俺たちは間違いなく、皆殺しだもんね。

 そう言って、自分の生死に関わる事を話しているにも関わらず、銀髪の男は頭の後ろで両手の指を組み、椅子で船漕ぎまでしながら飄々として笑った。


 事実として、私たち一族以外にこの事を知る人間はいない。


 一応王都では細々と「実はこの国には、表に出ている王族をも裏で操る『裏王族』と呼ばれる人たちがいるらしい」という噂が実しやかに囁かれてはいる。

 しかしそれは一種の都市伝説だ。


 本気でその存在を信じている者など、この王都には一握り程もいないだろう。


 そんな裏王族の国王が、今は亡き私たちの父親だった。


「我が家の世襲規定が言えるな、アミアリーデ」

「『代々、現当主が家督を継ぐ意思を示すか、当主の没三年後には、子どもたちの中から一人、家と裏王族としての責任を背負う者を立てなければならない。我が家の子たちは皆、自身が培った人脈や能力・権力を使い、常に当主を助ける事』」


 まるで宝石のように澄んだスノーブルーの瞳を私に向けて、五番目の兄姉が微笑んだ。



 ニーリアス兄様が、ついに私を見る。


「我が家の後継ぎ選定の基準が言えるな、サラディーン」

「……」

「サラディーン」


 言えない訳ではない。

 言いたくないから黙っているのだ。


 なのに、兄様は急かしてくる。

 目が「早く言え」と言っている。



 他の兄姉たちもそうだった。

 たった一人の例外を除き、皆私が言えない訳がないと分かっているのだ。


「サラ、我が家のアレコレに関しては、家を出る前に皆毎日詠唱させられてきただろう?」


 忘れたのか? あの眠い日々を。

 そう言ってくるのはその例外、第三子にして次男であるイシュタル兄様である。



 チラリと円卓を見回せば、生真面目なニーリアス兄様を除いた他の兄姉たちは皆、程度に違いこそあれ、思い思いに愉しげだった。

 ニーリアス兄様は変わらず「早く言え」と言いたげだし、イシュタル兄様は「ド忘れしたか?」と鈍感にも首を傾げている。


 ここに私の味方はいない。

 逃げられない。


 分かっていた事だけど改めてそう感じ、肩を落としてツンと口を尖らせる。


「……『当主には、代々末の子を選定する事』」

「つまり、そういう事だ。お前がたった一人の“裏”女王候補だ、サラディーン」


 ニーリアス兄様が真面目顔でそう言った。

 私は眉間にグッと皺を寄せて――。


「いやぁだぁ~! 私は今まで通り、町でただのパン屋の看板娘として生きていくぅ~!」

「駄目だ。これは決まりだからな」


 取り付く島もない。

 分かってはいたけど、この件で私に決定権はないのだ。


 曲がりなりにも時期女王なのに、決定権がないとか、何。

 いじけて円卓に顔を伏せる。



 ゴンという鈍い音がした。

 額がジンジンするけれど、そんな事は今、結構どうでもいい。


 ふくれっ面で顔を横に向けた私の目には、イシュタル兄様とアミアリーゼ姉様の姿が見えた。


「よかったな! ちゃんと思い出せて! 立派だったぞ!! サラ」

「別に今の生活を止めろと言われている訳ではないじゃない。裏王族の当主・裏女王候補として、パン屋の看板娘も候補としての仕事も、両方やればいいというだけの事よ」


 イシュタル兄様は全然私の事分かってないし、アミアリーゼ姉様の言っている事は確かにそうだけど、それは私が大切にしている平凡なサラの平穏な暮らしとは程遠いもん。

 顔を反対に向ける。


 すると、今度はミスティン姉様とカインゼル兄様と目が合った。


「大丈夫だよ、サラ。私たちがいるんだし」

「そうだぞぉ? 殊ある事にお前を呼んで、問題を解決させたり色々させて、立派な“裏”女王に育ててやるって」


 ミスティン姉様の『大丈夫』はちょっと心強いけど、カインゼル兄様のは全然嬉しくない。

 何ならこの中で一番私の考える平穏に程遠いのがカインゼル兄様だし。

 それに兄様、私を育てるとか以前に絶対「そうした方が面白そうだから」っていうのがあるよねぇ?

 酷い。


 右を見ても残念、左を見ても残念なので、完全にうつ伏せになって円卓の机とにらめっこする。


 と、額がグイッと持ち上げられた。

 視界にはニーリアス兄様と――十中八九私の顔を無理やり上げた主であるカインゼル兄様の顔が逆さまに見える。


「そういじけんなって」

「そんな事言って、兄様、また私《《で》》楽しんでるでしょ」

「うん!」

「『うん』?!」


 あまりにもいい笑顔で言うものだから、答えなんて最初から分かり切っていたのに、思わず目を剥いてしまった。

 そんな私を見てまた楽しそうに、カインゼル兄様がケタケタと笑う。


 私はムーッとさらに眉間に皺を寄せて口を尖らせて――。


「天国の父様、母様ぁ~! 今すぐ下の子を産んで空から落としてぇ~!!」


 天にそんな、無茶な祈りを叫んだのだった。

 


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