第1話 依頼
四方を白い壁に囲まれた四角い部屋。
中央には無造作に押し付けられたテーブルと椅子。
天井からぶら下がる一本の裸電球が、冷たい光を投げかけている。
装飾らしい装飾は一切なく、孤独と圧迫感だけが濃く漂っていた。
俺は黙って座り、ただ時を待った。
やがて、ドアが開く。
書類を抱えた女が一人入ってきた。
年の頃は二十五、六。
栗色の髪をポニーテールにまとめ、深紅の瞳が印象的だ。
黒のスーツに短めのタイトスカート。
俺が顔を上げると、彼女は無言で書類をテーブルの中央に放り出し、
正面の椅子に腰を下ろした。
足を組み、腕を組み、冷ややかな眼差しをこちらに向け、
まるで俺を値踏みするように見据えてくる。
書類の表紙をめくると、見慣れぬ校章が目に飛び込んできた。
私立「クオン学園」――聞いたこともない名だ。
どうやら有名校というわけではなさそうだ。
「国本クロ。これが今回のあんたの仕事だ。」
彼女はそう言って書類を開き、
一枚の少女の写真と詳細なプロフィールを見せてきた。
「仕事、だと?」
俺は写真を手に取り、その内容に目を走らせる。
――春名カエコ、十七歳。
数週間前、学園に潜入し、ある情報を探っていたが、
二週間前から連絡が途絶えている。
俺の任務は、彼女の身に何があったのかを突き止め、
組織に報告すること。
「この子も同じくスパイ、ってわけか。本当に俺がやる必要あるのか?」
「任務は重要だ。彼女は組織の極秘情報を持っている。
外に漏れるわけにはいかない。」
スパイ同士の追跡など容易い。
だが、ここまで大事にする必要があるのか?
上層部の許可を取って堂々と学園に踏み込めば済む話だろう。
次のページを開く。
そこには学園の異常な記録が並んでいた。
公にはされていないが、
殺人事件だけで百件を超える。
猟奇的なバラバラ殺人、放火、誘拐、暴行…。
しかも全て、加害者は生徒。
「なるほどな……そういうことか。
だから、俺が呼ばれたわけだ。」
「今回の状況では、あんたが一番適任だ。――この仕事を引き受けろ」
書類の内容を最後まで目を通す。
任務は、潜入している諜報員の生存確認と、組織への報告。
もし死亡が確認された場合は、彼女が入手した全ての情報を回収すること。
「その“情報”ってのは、具体的に何だ?」
確認のために尋ねたが、女は何も答えず、沈黙を貫いた。
「勝手なのは構わないが、回収すべき情報が何なのか教えてくれなきゃ、探しようがないだろ」
「今は、対象が生きているかどうかだけを確認すればいい。残りは組織が指示する。」
苛立ちが募り、書類を女の顔に放り投げる。
そして、そのまま胸倉を掴み上げた。
「俺にあれこれ命令するんじゃねぇ」
部屋に仕掛けられた隠しカメラが俺の行動を捉えたのだろう。
全身武装の兵士が五人、銃を構えて雪崩れ込んできた。
「やめろ、手を出すな」
女の命令に従い、兵士たちは銃口を下げ、動きを止めた。
俺は胸倉を放し、兵士たちを一瞥する。
完全武装の戦力がありながら、俺に頼るしかないとは。
「……フン。これだけの戦力があっても、結局俺の手を借りるのか」
「何度も言わせるな。お前以上に適任な人間はいない。――やれ」
「……断ったらどうする」
再び五丁の銃口が俺に向けられる。
狭い室内での銃撃など自殺行為に近い。
味方同士で撃ち合う可能性の方が高いだろう。
その中の一人がナイフを抜き、突進してきた。
だが経験も技術も俺の方が上。
手首を掴み、壁に叩きつけ、ナイフを弾き飛ばす。
落ちたナイフを奪い取り、そのまま喉元を切り裂く。
鮮血が部屋中に飛び散り、兵士が床に崩れ落ちる。
女はそれを一瞥し、他の兵士たちを制止した。
兵士たちは、その視線に怯え、足がすくんで動けない。
「……そいつのことは謝る。だが、これ以上はやめてくれ」
俺はナイフを床に落とし、血にまみれたまま女へ歩み寄る。
互いの瞳に宿る光は同じだ。
人を殺すことを、ただの作業のようにこなせる目――
背後の兵士たちには決してない目だ。
「……一つ条件を呑むなら、この仕事を受けてもいい」
「……言ってみろ」
「………………」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は必ず完結させ、連載も続けます。
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