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6限目 一時限目、戦争(4)

「勝つために……そうですわねぇ」


 椿は冷静に状況を分析する。日和は落ちた旗を拾わずに、ふらふらとスタート地点に戻っていった。


 最初から取る気などなかったのだろうと椿は思う。理由はまったくもって不明だが。


 なによりも面倒なのは、間違いなく蒼真の遠距離攻撃だろう。静止球(スタシス・オーブ)は喰らわなければどうということはないし、四郎のあの性格であれば、自分の異能力(スキル)で完封できる。


 加えて、蒼真のあの攻撃スタイルだ。距離をとって行動したいのは間違いない。


 それなら、先に蒼真をキルしてしまえば、あとはコチラで旗を取れるのではないだろうか?


「引き続き、わたくしがこの場を守ります。鬼怒川さん、星野さんは、鷹羽さんをキルしてくださいまし!」

「りょーかい」

「分かった」


 ようやくチームとしてのまとまりが出てきた。勝利に向けてくまさんチームが動き始めている。


 と、そこで客席の扉を開き、1人の女性が現れた。


「あ! 見つけました! Fクラスの人がいないから、どこに行ったのかと思えば、こんなところに居たんですね!?」


 茶色のウェーブがかったボブヘアに、大きな丸眼鏡。ピンクのニットに白のスキニーパンツという格好の女性が、ファイルを片手にぷりぷり怒りながら舞冬の隣に座った。


「はぁ、まったく。杵埼先生の考えてること、私はちっとも分かりません!」

「……どちら様?」

「まぁ!」


 オーバーに口のあたりに手を当て、女性は目を見開く。


「私、同期なんですけど!? オリエンテーション、一緒に学園回ったの、忘れました?」

「ああ、そうだったかしら……ごめんなさいね、全然覚えてないわ」

鍬渕奈護美(くわぶちなごみ)ですっ! Eクラスの担任の!!」


 頬が赤くなるくらいに大声を出し、「もう!」と瞳を潤ませる奈護美は、可愛らしいを通り越してあざといと感じられる程だった。


「それで? ()()()()()()に、鍬渕先生はなんの用で?」

「これを渡すようにって、Dクラスの斧田(おのだ)先生から」


 そう言われて渡されたファイルには、指導計画書と書かれていた。


「ああ、そういえばそんな規則もあったわね」


 EクラスとFクラスだけは、指導計画書を生徒会に提出する必要があるのだ。


 叛逆を恐れているのか、はたまたきちんと勉強しているかを確認するためか。


 いずれにせよ、面倒な規則が本当に多く、ため息が出てしまう。


 ファイルを受けとり、「どうも」とだけ言った。


 だが、やはりというべきか、これだけで鍬渕が帰るつもりはないようだ。


「これは、何をしてるんですか? なんでFクラスの皆は、特別体育館に?」

「決まってるじゃない。学級戦争の模擬戦よ」

「も、模擬戦!?」


 驚きのあまり眼鏡が少しずれた。慌ててそれをかけ直すという嘘みたいなリアクションをする。


 ――図書館(ビブリオ)で見てみると、彼女は異能力(スキル)を持っていないことがわかった。


「どうして生徒にそんな危ないことを?」

「危ない? 安全面はそれなりに保証されてるけど」

「そうじゃないです! 力で圧倒してやろう! とかよりも、もっといい方法があるんじゃないかって、そう思ってるだけなんです……」


 この瞬間に、舞冬は察した。彼女、鍬渕奈護美とは、今のままでは一生意見が合わないだろうということを。


 それでも、このようなタイプの教師に目をつけられ、学級戦争ばかりやっていると上に言いつけられたりした時の方が面倒になりそうだ。


 少し、自分の計画に加担してもらおう。


「時間あるなら、見ていく?」

「へ? ま、まぁ、今の時間は自習にしているので……」

「それなら、見てるといいわ。学級戦争を通じて、彼らがほんの少し。本当に小さな1歩を踏み出そうとしているところをね」


 舞冬の凛とした表情を見て、奈護美は目を丸くした。


 同時に彼女がこれだけの信念を持っている学級戦争とは、どのようなものなのか、興味が湧いた。


 まるで見てはいけない箱の中身を見るかのように、固唾を飲んで観戦することにした。


「おい、春原。まず確認させろ」

「はーい。どうせ叱られると思ったぁ」


 不満を隠すことなく、頬を膨らませる日和。


「お前があの時、国園の落とした旗を拾ってさっさと帰ってきていれば、これは終わってた。……ふざけてるのか?」


 鋭い眼光で睨む蒼真に、日和はにっこりと笑う。


「だってぇ、日和が楽しくないんだもん。最高のゲームにするには、蘭香ちゃんの本気モードに挑まないと!」


 つくづく、面倒な女だ。


 蒼真は胸中でそう吐き捨てた。笑顔で三つ編みを跳ねさせながらそう語る日和のやり方は効率が悪すぎる。


 最低限の力で、最上級の成果を出す。それが完璧な戦略であり、蒼真の美学だった。


 だが、真の強者は武器を選ぶのではなく、手にした武器を上手く使うものだ。彼女がその気なら、相手の行動を逆手に取り、すべてを利用してやろう。


 蒼真はそこまでを1秒で考え、日和に向けて口の片側だけを上げてみせる。


「いいじゃん。なら、少しは俺もやる気出すか」

「え!? ほんとに!? わぁー! 最高!」

「な、なんだ? 何を話してる? 僕はどうするべきなんだ?」


 2人の会話に上手く入れず、不安そうに四郎が尋ねる。


「今、あいつらが1番キルしておきたいプレイヤーは俺だろう。一撃の火力が他と比べて段違い(だんち)だからな」

「うわぁ! 嫌味な言い方ぁ〜。でも事実かも!」

「なら、僕は どうすればいい? 蒼真くんを守ればいいかな?」

「いや、それだと目障りなだけだ。()()()()()。3人で前に出て旗を取りに行く」


 その蒼真の提案に、ますます日和の心は跳ね上がる。


「分かった! では行こう!」

「お〜!」


 それぞれの現状整理も終わり、いよいよ再度攻撃を仕掛ける時間だ。

 

「では、お二方! やっておしまいなさい!」


 椿の合図に合わせて、くまさんチームのふたりが走り出す。それぞれが別々の方向に散開。Yの字を描くような布陣になる。狙うは鷹羽蒼真の早期撃破。

 しかし、その次の相手の行動に、3人は驚愕した。

 相手の陣地はがら空き。3人は真っ直ぐにこちらの旗を目掛けて駆け出してきたのだ。


(嘘!? まさか、鷹羽さんまでもが前に!? ですが、これはチャンスですわ! わたくしが守り切れば、このまま相手の旗を奪えるんですもの!)

「そのまま進んで!! GOですわ!!」


 背中からその声を聞いて、蘭香と怜恩は振り返ることすらしなかった。


「蘭香ちゃん! 前! 旗取りに行くよ!」

「言われなくても分かってるよ!!」


 蘭香は再び床に手を付き、インパクトを使って飛んでいく。


『GET FLAG! 鬼怒川蘭香 』


 先に旗を手にしたのは蘭香だった。くまさんチームが一歩優勢、かのように思われたが。


「春原、スイッチ」

「はーい!」


 椿の守る旗の位置までもう少し、というところで、突如蒼真と日和が振り返る。


「うわ、最初から狙いはボクらだったってこと〜?」

「チッ、簡単には帰らせてくれねぇなぁ!」

 

 弓を限界まで絞った蒼真の一撃は、いとも容易く雷鳴を轟かせる。

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