5限目 一時限目、戦争(3)
日和の異能力は静止。作り出したエネルギーを浴びた対象の動きは物理的に止まってしまう。
敵の陣地、旗の目の前で止まってしまった怜恩は、もっとも狙いやすい的だ。
「スタシスオーブに当たったら、5秒くらい何もできなくなるからね。今のうちにボコっちゃうよ~?」
「ただ、君にボクをキルできるかな? ボクはまだ戦闘着にダメージを受けていないんだよ?」
「あ、学級戦争って本当に最新技術が使われてるみたいでね? キルされてる間に特定の武器をお取り寄せできたりするんだよね~」
「え? どういうこと? というか、どうして日和ちゃんはそれを知ってるの!?」
「んふふ~」
手に金属バットを持っている日和は、それを聞いてにんまり笑った。
「だって日和、ゲーム大好きだもん。自分の学校でしかできない特別なゲームのことなんて、調べてるに決まってるじゃ~ん!」
コーンと音が聞こえそうなくらい痛快なスイング。吹き飛んでエリアの壁にぶつかり、怜恩はそのまま動けなくなってしまう。
『Kill! 春原日和→星野怜恩』
「過去のトッププレイヤーの映像とか、そういうの見るのはゲームプレイにおいて鉄則でしょ~? さぁて、重いからすーてよっ」
カランと心地良い音が鳴る。今大事なのはコチラが旗を奪えるかどうかだ。
「よ~し、そっちに行くよ~!」
ぶんぶん腕を回し、日和はとてとてと走り出す。
「クッ、旗は奪えなかったですわね。ならば、こちらも奪われないようにしなくては……!」
「僕が行くぞ!!」
「来なさい、返り討ちに……」
「いや、そのまま行ける! 超速!!」
「な!? どちらへ!?」
四郎が猛ダッシュで駆け抜ける。この異能力は、目にも止まらないほどのスピードで瞬間的に走ることが出来る能力だ。
「僕のアクセルは長くは持たないが、その分こういうとこでは役に立つはずだ!!」
『GET FLAG! 国園四郎』
掲示板にそう通知される。アクセルはもうなくなっているが、単純な速度でも椿では追いつけないだろう。
――ならば。
「わたくしのド派手な異能力を見せる時がきたようですわね!」
椿がひとたび扇子を振るえば、四郎の周囲を薔薇の花が舞う。
「むっ、なんだこれは? だが、気にせず走るのみ!」
「全部弾け飛びなさい! 花爆!!」
バラの花が弾ける。強烈な花火、そして大きな爆発音。
――の、エフェクトが出る、小規模な爆発が起こった。
「な、なんだ!? この大爆発は!? この花から放たれたのか!?」
しかし、
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?」
四郎は思いきり飛んでいく。蘭香のインパクトを耐えられた彼が、吹き飛ぶほどの威力はないはずなのに、そのまま天井にぶつかってしまう程強く吹き飛んだ。
「なるほど、花爆はそういう能力だったのね」
舞冬は納得し、何度もうなずいた。
「小規模の爆発を起こす異能力……だけど、それを“本物の大爆発”だと信じ込ませることで、相手の中でその想像が現実になる。思い込みの力を反映させる、虚構系スキル……。なるほど、彼女にピッタリね」
『Kill! 薔薇小路椿→国園四郎』
『DROP FLAG!!』
旗は四郎のいた所にぽとりと落とされる。そこにはすでに日和の姿が。このまま日和に旗を取られれば、くまさんチームの敗北はすぐそこだ。
ここでようやく時間が経ち、蘭香が復帰する。キルをされればされるほど、復活までの時間は長くなっていく仕様で、回数的にも非常によくない状態だ。
「クソッ、クソッ! あいつ、もう一度始末してやる!!」
蒼真もそれより少し早くに復活。そのままもう一度飛び込まんと、インパクトを溜める蘭香。
「鬼怒川さん、落ち着いてくださいまし? まずはあの旗を取り戻さないと、そのまま相手チームに旗を取られておしまいですわよ!」
「アイツを絶対に倒す! アタシをバカにしやがった!」
「落ち着けって言ってんですわよ!!」
「インパクト・ロケット!」
蘭香が再び床にインパクトを放つ。秒速10メートルという速度でぐんぐん距離を詰め、今度はそのまま物をぶん投げてやろうと、野球ボールを握りこんだ。
「計算ど~り~。蘭香ちゃんならおんなじことをすると思ってたよ~?」
今度はその軌道に小さな光があった。
「なっ……!?」
「日和の静止球ゥ~」
「ハッ、悪くない。その羽虫を俺が撃ち落とす」
そう言いながら蒼真は弓を引き絞る。
「ねぇ、それダメ」
低く、硬い声。
その声色に、蒼真の指がピタリと止まった。
目の前の少女は、いつものとろんとした笑顔のまま――なのに、獲物を前にした捕食者のような“何か”を纏っていた。
「それじゃ面白くないじゃん」
日和だ。彼女から感じられる普段の温厚な雰囲気とはまるで違う雰囲気に、思わず蒼真が弓を降ろす。
今度は勢いを殺して空中でピタリと静止している蘭香に微笑みかける。
「ねぇ、蘭香ちゃん。蘭香ちゃんは、今どうしたいの?」
「アイツのことをぶっ飛ばす……あの何でも知ってますみたいなふざけた顔が、兄貴に似ててムカつくんだよ!!」
蘭香は眉間に深くシワを刻み、犬歯までも見えるくらいに怒りの表情を見せてそう言う。
「うん、なるほどね。じゃあ、そんな蘭香ちゃんのお兄ちゃんが、一番ビックリすることがなにか分かる?」
「何が言いてぇんだ、てめぇ!!」
静止球の時間が終わる。動けるようになった蘭香は、日和に向かって拳を振るった。
しかし、単調なその攻撃はいとも容易く避けられてしまう。
「お兄ちゃんはきっと、Fクラスのあなたが、実力で学級戦争で勝つことで、何よりもビックリするだろうね」
その言葉に、異能力を喰らわずに蘭香の動きがぴたりと止まった。
「もしかしたら、蘭香ちゃんのことを認めてくれるかもしれない。だって、生徒会の用意した制度なんでしょ? お兄ちゃんも、この学級戦争で勝ってきて、そこにいるんでしょ?」
「…………」
「じゃあ、今することってなんだと思う?」
日和が敵チームの蘭香を諭した。異例の事態だが、舞冬はこのやり取りを中止したりもしない。
想定していた訳でもないが、この日和の行動に、彼女の行動するにおける信念があるような気がした。
「チッ、どいつもこいつもバカばかりだ。敵に塩を送ってどうする……!」
再び弓を構え直し、ボルトアローを放つ。
電気を帯びた矢が、再び蘭香目掛けて飛んでいく。
すんでのところで、なにかに弾かれた。彼女がずっと手に持っていた野球ボールだ。
インパクトによって射出され、その勢いのままに矢が弾かれた。
すぐさま蘭香は落ちていた旗を拾いに行く。それを見て日和は満足そうに何度も頷いた。
「礼は言わねぇぞ」
「うん、いらないよぉ? しなきゃいけないのは、くまさんチームのみんなに謝ることかなぁ〜?」
「ふん」
蘭香は再び床に触れて、放物線を描き自陣に戻ってくる。
『BACK FLAG!!』
と、ここで怜恩と四郎がスタート地点で復活を果たす。再び3対3の構図だ。
「チッ、チャンスを逃したか……」
「んふふ、めっちゃくちゃ面白くなりそうだねぇ〜!」
「振り出しに戻ったということか……ならば! もう一度やるのみ!!」
未だにやや優勢のねこさんチームと、
「鬼怒川さん! 分かってくれたんですのね……! わたくし、超絶嬉しいですわ〜!」
「さっき、日和ちゃんと何話してたの?」
「別に、なんでもねぇ。勝つためにはどうすればいい?」
ようやくまとまり始めたくまさんチーム。
勝利の旗を掲げるのはどちらか。落ちこぼれとは思えない程の攻防戦を、舞冬だけが静かに見つめている。