3限目 一時限目、戦争。(1)
特別体育館。通常の学園の体育館とは別に、生徒会がとある制度を導入したことにより作らざるを得なくなった体育館である。
Fクラスの教室からは5分ほど歩かないと行けないほどの距離で、長距離の移動となる。
来なかった生徒はいなかった。舞冬にとっての最初の賭けは成功だった。
戦争、というワードを出せば、彼らはきっと飛びついてくれると踏んだのだ。この学園でこの言葉は、それだけの希望とチャンスを孕んだものになる。
「皆ちゃんと来たわね。偉いじゃない」
「でへ~、舞冬ちゃんに褒められちゃった~」
6人の中で唯一、日和だけがそんな風に返してくれた。
「さて、まずはおさらい。私達は最底辺のFクラスにいる。どんなことをするにも制度で縛られ、どこに行ってもFクラスという肩書きだけで軽蔑される、そうでしょう?」
「言いたい奴らには言わせておけばいいよ。ボクはそう思ってるからまったく気にしていないからさ!」
さらりと髪をかき上げて、怜恩が軽口をたたく。
「ただ、そんな私達に逆らえなくさせられる最強効率の方法があるの。それが生徒会の作ったとある制度――」
「――学級戦争だろ?」
意外にも、舞冬の言葉を喰ったのは蒼真だった。つまらなさそうに溜息をつく彼に対して、舞冬はコクリと頷く。
「さすがね、鷹羽くん。でも、次からは私の言葉は遮らないでくれると助かるわ」
「……ふん」
「学級戦争は、生徒会が用意した、彼らの権威を誇示するための最高の制度よ。クラスや個人で何か問題があった時には、この制度で実力行使すればいいからね」
その制度が、生徒会の最初に作ったものだった。しかし、後にこれが生徒会の権力の肥大化をよしとする恐ろしい制度であることに気づく。
「学級戦争は様々なルールがあるけれど、基本ルールなんてものも存在するの。その基本的な戦争が行われる場所がここ、特別体育館ってわけね」
「先生? わたくし、質問がありますわ」
「薔薇小路さん? どうしたの?」
「学級戦争がしたいのは分かりましたわ。たしかにそれで勝利すれば、こちら側に相手を従わせることができるかもしれませんものね」
「ええ。それさえできれば下克上は簡単よ」
「ただ、戦争のお相手は誰ですの? わたくしたちは誰と戦うんですの?」
「ふふ、良い質問だわ」
待ってましたと言わんばかりに、舞冬はふたつ折りにした6枚の小さな紙をばらまいた。
「今回の対戦カードは、3対3。Fクラスのあなた達に模擬戦をしてもらう。実際に学級戦争の基本ルールを確認しながら、あなた達の実力を試させてもらうわ」
「たしかに、基本的なルールすらボクは興味がなくて知らなかったなぁ。旗取り合戦みたいなゲームだよね?」
「星野くんの言う通り、簡単に言ってしまえばそうね。お互いの陣地に存在している電子フラッグを、特殊な制服を着用して奪い合う。その時には異能力でもなんでも、持ち込んだものを使って構わない」
「たしか、敵から攻撃を受けると、その制服が重くなるんでしたわね?」
「よく勉強してるわね。薔薇小路さん」
「ふふん、当然ですもの!」
「さらに、一定量のダメージを受ければ最初に自チームの旗が置いてあった場所に戻されてしまう。これをキルと呼んでたりするわね。これを繰り返して、相手の陣地の旗を取って、自分の陣地に戻れば勝ち。簡単でしょ?」
「はぁ、下らねぇ。帰るわ、アタシ」
そこまで聞いて踵を返し、体育館を出ようとする蘭香の首に電流が走った。
「いってぇ!!」
「帝光学園規則その43。Fクラスが授業を途中で抜け出そうとした場合、首に装着した装置を起動しても良い。これに則って使わせてもらったわ。Fクラスの担任がもらえる権利よ」
舞冬が握っているのは、装置を起動させるボタンが6つついている、小さなリモコンのような機械だ。生徒たちは、本当にこれを使う教師を見るのも初めてのことだった。
しかし、蘭香も電流程度で言うことを聞くような問題児ではない。
「……それでも、アタシが嫌だって言ったら?」
「今度は学園規則その47に引っかかるわね。必要性があれば、Dクラス以下の生徒の問題行動には、家族が責任を持って対処する。とかだったかしら」
家族、という言葉が出た途端、蘭香の持ってきていた野球ボールが、舞冬の真横数センチのところを豪速球ですり抜けた。
蘭香が異能力を使ったのだろう。
衝撃。どうやら触れているものを強く吹き飛ばす衝撃を与えられる異能力のようだ。
普通の体育館やグラウンドでこんな力でボールが飛んでくれば、何かしら地面に跡はついただろう。球は勢いを大きく失いながら、弾んで壁を蹴り上げ、舞冬の手でキャッチされた。
「……なんのつもり? 鬼怒川さん」
「てめぇ、どこまで知ってるんだ?」
「……少なくとも、生徒会にあなたのお兄さんがいることは知っているわ」
「チッ……わかったよ、やりゃあいいんだろ?」
蘭香はそれを聞くと、体育館を出るのをやめた。戻ってきた蘭香に、「黙って従うこともできないのかよ」と蒼真が悪態をつく。
「聞こえてんぞチビスカシ!」
「聞こえるように言ってるからな。能無しチワワ」
「てめぇ、もっかい言ってみろ!!」
バチッ! ――両者の首に電流が流れた。
「いてっ!」「なんで俺まで……」
「私語を慎みなさい。授業中よ。ひとまず、チームを決めて。それぞれの紙に熊と猫の絵を描いといたから、それでチーム分けしましょ」
「普通は犬猫ではありませんこと……?」
真っ先に四郎が言われた通りに動き、ひとまず紙を拾う。広げてみてみると、なんともいえない簡単な図形で描かれた、いびつな生物がいた。
「先生! この生命体は!?」
「ああ、それは熊ね」
「なに!? 猫じゃないんですか!?」
「どう見ても熊じゃない」
そんなやり取りを四郎としている間に、他の5人も拾ったようだ。全員同じように、舞冬のどちらとも取れるいびつな猫と熊に惑わされていた。
「なるほど。どうやら私は絵が下手みたいね。次からはちゃんとアルファベットや記号を使うことにするわ」
「よろしくお願いしますわね……」
抽選の結果、くまチームが蘭香・怜恩・椿。ねこチームが四郎・日和・蒼真に分かれることになった。
「へぇ、なるほど。思ったよりもだいぶ偏ったチームになっちゃったわね。まあ抽選だからそうなるのも無理はないのだけれど」
「てっきり変な絵を描いて自分の思うようにチーム分けしてんのかと思ったよぉ〜。違うんだねぇ〜?」
「この模擬戦は、私達が最初の学級戦争をしかける相手に繰り出す3人を決めるための大切なものです。全力で勝ちにいきなさい」
「はい!!」
四郎のけたたましい大声以外は、誰の声も聞こえなかった。
いよいよ、戦争が始まる。