2限目 最初のホームルーム
「ああ、そう。別にいいよ、名前とか」
「あら、どうして?」
「あのなぁ、質問したのはコッチなんだよ」
蘭香の疑問に答えぬまま、一方的に話を進める舞冬に対しての苛立ちはどんどん高まっていく。
「なんでお前はアタシの名前を知ってるのかって聞いてんだよ。質問に質問で返すなよ、意味分かんねぇ!」
「だから答えたじゃない。担任なんだから、あなた達のことは調べていて当然でしょ?」
「……」
「それと、今聞いてるのは私が鬼怒川さんの名前を知ってることに関してなの? それとも私が名乗った理由について?」
「あー、クソッ! 理論武装すんな、キメェんだよ!」
乱暴に扉を開けて、蘭香は中に入る。
舞冬はもう分かっていた。Fクラスの担任は何度も交代されている。今は連休明けの5月。このFクラスが構成されてからたったの1か月だというのに、すでに舞冬の時点で担任は4人目になる。
そうなれば、多感な時期でもある10代の少年少女たちから、「どうせすぐにいなくなる身勝手でずるい大人」のように見えても仕方ないだろう。
「信頼を得るという第一段階は、思っていたよりも長くかかりそうね」
そうつぶやき、蘭香の開けた扉に続いて入室する。そこには既に3人ほど生徒が集まっていた。
金髪のヴィクトリア風の衣装に身を包んだ令嬢のような少女と、舞冬が入って来ただけで深く礼をして「おはようございます!!」と元気よく挨拶をする、黒髪短髪の少年。そして、ぶっきらぼうに席に着き、だるそうに机に突っ伏した鬼怒川蘭香の3名だ。
舞冬はFクラスの6人の生徒を当然把握しているので、今ここにいる人のことも、これからくるであろう3人のことも分かっている。
「はじめまして。新しくFクラスの担任になりました。杵埼舞冬です」
「はい! 国園四郎と申します!!」
「ええ、よろしく」
自らを四郎と名乗った少年を見つめ、図書館を使用してみる。
『国園四郎 男 15歳
筋力 A+
体力 A
器用 E
精神 D
敏捷 A
知力 E
協力 B-
成長 A-
異能力・超速』
ステータス自体はかなり高いようにも思えるが、どうやらそれを発揮するだけの知力が足りていないようだ。制服の着こなしもぴっちりしており、とじれるボタンはすべてとじている。とてもまじめで勉強ができるようにも見えるが、そういうわけではないみたいだ。
――ひとことで言えば、体育会系委員長……かしら。
次に、令嬢風の少女に目を向ける。
「そちらのご婦人は?」
「わたくしですの?」
金髪の少女は、名前を聞かれると「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりに立ち上がり、胸に手を当ててどや顔を決める。立ち上がると分かるが、非常に背が高い印象を受ける。女性の平均身長よりもやや高めの背丈である舞冬よりもさらに背が高いようだ。
「わたくし、薔薇小路椿ですわ! 今はこんなみすぼらしい教室におりますが、いずれはAクラスへと至れる逸材ですのよ!」
ふん、と鼻を鳴らし、ふわふわウェーブの髪を弾ませながら決めポーズを取る少女にも、図書館を使っていく。
『薔薇小路椿 女 15歳
筋力 C-
体力 B
器用 B+
精神 B
敏捷 D
知力 B
協力 C+
成長 A-
異能力・花爆』
先程の四郎とは逆に、特化した部分はない。突出したステータスがない分、全体的な数値は高くまとまっている。字面から想像しにくい異能力なのも気になるが、何よりも目立つのは制服の改造だ。いかにも問題児と言える派手なドレスになっている。
――光る原石がこんな所にも。彼女の異能力が私の計画にどう役立つか、しっかり考えていきたいところね。
「椿くん!! 何度も言っているが、制服以外での登校は校則違反だぞ!!」
「わたくしにとっては、このドレスこそが正装であり、制服ですのよ?」
「何を言ってるんだ!! それでは、生徒会の方々に見られたらなんと言われるか……!!」
突如始まった言い争いを、蘭香が「またか」と言いたげな顔で眺めている。彼女たちにとってこれは日常風景になっているのだろう。
「まぁ、いいんじゃないかしら? 担任としては別に、授業さえ受けてくれれば格好はなんでもいいわ」
「ふふん! どうですの?」
得意気にウインクを決めてみせる椿に対し四郎は、
「先生が言うなら異議なし!!」
と、あっさり引き下がった。
「全員が揃ったらホームルームを始めるわね」
そう言って、改めて図書館の結果に目を通そうとしたところで、また四郎が大声をあげる。
「蘭香くん、自己紹介はどうした!? 君もはじめましてのご挨拶をするべきだろう!」
「……チッ、うぜぇ。いいんだよ、どーせすぐやめるような奴だろうし、アタシのことも皆のことも調べあげてるだろうからさ」
「なに!? そうなんですか!?」
驚きをこんなに表情で示すのが上手い男に、今後出会うことはないだろう。そう感じながら、舞冬はそれを肯定する。
「ええ、そうね。鬼怒川さんの言う通りよ。したくなければしなくてもいいわ」
「なら異議なし!!!」
再び沈黙が流れる。このクラスになって1ヶ月経ったにしては、あまりにも打ち解けられていない印象を受ける。協調性の強さを表す”協力”のステータスが高い人物もいるが、如何せん問題児達が集まるクラスとして設立されたFクラスだ。入り込める隙もなかなかないのだろう。
やがて教室の扉が開かれた。黒い長めの髪に、青色のメッシュが入った少年。ヘッドフォンを外して首にかけ、舞冬と目が合うと小さく舌打ちをした。
「おい国園。これ誰?」
舞冬に向けて指をさして四郎に尋ねる。四郎は嬉しそうに立ち上がる。
「この方は新しくやってきてくれた担任の先生だ!! 名前は忘れてしまった!! 言ってくれてたけどな!!」
「あー、そう。覚えるのめんどいから、いいや」
少年は溜息をついて席に着く。舞冬は彼が鷹羽蒼真であることを知っていた。
『鷹羽蒼真 男 15歳
筋力 B-
体力 C
器用 C+
精神 D
敏捷 C+
知力 A+
協力 E
成長 A
異能力・電磁矢』
知力に極振りというようなステータスだ。実際、かなり頭脳明晰な少年のように見える。
「鷹羽蒼真くん、だったかしら?」
特に驚く様子もなく、蒼真は大きなため息をついた。
「分かってるくせにいちいち聞かないでもらえます?」
「善処するわね」
彼が立てている心の壁は、もしかすると蘭香から感じたものよりも分厚いかもしれない。
――ふぅん、頭が良すぎるから、人のよくない部分ばかりが逆に見えちゃうのね。こういう子から信頼を得られれば、色々な段階を早く進ませることが出来る。逆に燃えるわ。
などと考えていると、またも扉はノックの音なしに開く。
「おっはよ~ございま~す。くぁ~」
大きなあくびをしながらやってきた、大きな伊達メガネの少女。淡い水色の髪を三つ編みで二つ結びにしている彼女は、今までの生徒たちとはまた違った明るさが際立つ。
「ほぇ? わ~! 新しい先生? 握手しよ~?」
「ええ。担任の杵埼舞冬よ。よろしくね」
「舞冬ちゃんね~。日和は日和だよぉ~。春原日和ぃ~」
「えぇ、知っているわ。ありがとう。でも、ホームルームの時間にちょっとだけ遅れてるわよ?」
「え、ほんとぉ〜?」
図書館でチェックしてみる。
『春原日和 女 15歳
筋力 E
体力 D-
器用 B+
精神 B
敏捷 D+
知力 A
協力 B
成長 A-
異能力・静止』
想像以上に高い知力の結果が出ている。雰囲気的に天然少女なのかと思っていたが、あらゆることを計算してこの性格になったのかもしれない。
――精神面的にもかなりこの子は大人びている。ステータスを見ると大人っぽい印象だけれど、生徒としてはどんな子なのかしら。
「ねぇ、ハグしてもいい? 舞冬ちゃん、せぇ高いねぇ~」
「ハグねぇ。まあ、明日時間通りに来てくれたなら、やってあげてもいいわ。今日はまだダメ」
「むぅ、ざんねん」
少し遅刻したことを一切謝ることはなく、とぼとぼと日和は自分の席に座る。
そこでようやく、最後の人物が顔を出した。
「おぉ、ようやく君たちも分かってくれたんだね。遅れてきたヒーローを座して待つその姿勢……うん、いいねぇ」
これまたクセの強い少年だ。金に近い茶色の髪は、脱色をしたあとだろうか。整った顔立ちをしているが、どこかでみたことある気がする。
それもそのはず、彼は父が大物俳優の星野蓮司なのだから。そう、彼が二世俳優として、人気を欲しいがままにしてきた俳優の星野怜恩である。
「ああ、言ってなかったねぇ。ボクは星野怜恩。変幻自在の天才俳優……の、血統を持つ者さ」
「はい、席につきなさいね。遅れてるんだから」
「……ファーストコンタクトで、ボクに靡かないだなんて面白い人だなぁ」
フッ、と笑って悠々と席に着いた彼も、図書館でチェックしていく。
『星野怜恩 男 15歳
筋力 C+
体力 C+
器用 B
精神 C-
敏捷 C+
知力 B-
協力 D-
成長 A
異能力・模倣』
怜恩も突出した部分はさほどない平均的なステータスをしている。
――突出した能力がこうもないと、逆に気になるのはこの協力の低さかしら。この年齢で芸能界で生きている割には、精神面的に不安定なのも気になるところね。
ここで、生徒に対しての最初の評価が終わった。舞冬的には、まったく問題ない。むしろ想像よりも良い状態かもしれないことを嬉しく思っていた。
これでFクラスの6人が揃ったことになる。このクラスの担任になって、最初のホームルームが始まるのだ。
「全員そろったわね。改めて、杵埼舞冬です。新しくFクラスの担任になりました。これからよろしくお願いします」
こうは言ったが、本気で担任をやっていくつもりであるというのを、ここにいる生徒全員が信じてない状態だろう。
「……さて。色々と伝えたいことはあるんだけれど、最重要事項だけ。私はただ皆さんに授業をして、ちゃんといい成績を取れるようにする。そんな卒業を手伝うようないい先生ではありません」
この言葉に、6人が顔を上げた。初めて、全員と舞冬の目が合った。
「早速だけど、今日から時間割は私が管理させてもらう。国語とか数学だなんて普通の勉強は、Fクラスのあなた達には必要ない」
壁に貼られた時間割の表を思い切り破り、ヘアゴムを取り出して1つ結びにする。これは舞冬の気合いを入れる時のルーティンだ。
「始めるわよ。1時限目は戦争。各自、10分以内に必要だと思う武器を持ち、特別体育館へ移動。いいわね?」
ついに、Fクラスの逆転劇がはじまる。その最初の階段を、今この6人は昇り始めたのだった。