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1限目 異能を持った落ちこぼれたち

 たった1人、手を挙げた。


 その手は非常にしなやかに、一切の迷いがなくピンと伸びていた。


 それは、杵埼舞冬(きねさきまふゆ)の右手である。


 全員が彼女を見ていた。濡れ羽色の真っ黒の髪は腰の辺りまで伸びている。

 

「私にやらせてください」

 

 ハッキリと、澄んだ藍色の瞳でそう言った。驚きのあまり、眉をピクピクとさせている教頭の顔が、彼女の瞳に映り込んでいる。

 

「ほ、ほぉ〜、ですが、杵埼先生? Fクラスは問題児だらけのどうしようもない生徒達ですよ? 新人のあなたに務まるかどうかは……」

「では、他に誰かやりたい人は?」

 

 手は挙げたまま、舞冬が左右を見渡す。まるで測っていたかのように、舞冬と目が合った教師達は、すぐに俯き我関せずといった態度であった。

 

 ――どこの担任になったわけでもない教師たちが、新人教師(私なんか)に怯えないでよね。

 

 胸中で呟き、改めて教頭に向き直る。今度はわざと少し笑みを作り、

 

「希望者は私だけみたいなので、そのように」

 

 と、改めて同意を求めてみた。

 

「わ、分かりました。そこまで言うならおまかせしましょう……ただし、途中で辞めたいと言っても、辞退は認めないものとします」

「ええ、もちろん」

 

 覚悟なら、ずっと前に決めている。


「では、挨拶に行って参ります」

 

 書類に自身の名前をハッキリと書き、緊張と静寂に包まれた会議室を、何食わぬ顔で後にした。




 都内某所に存在する、帝光学園高校ていこうがくえんこうこう。通称”帝光”。今や当たり前となっている異能力(スキル)を用いて、より良い社会のために正しく使える人材を育てるための高校と言われている。


 その後の進学や就職にも非常に有利になる、まさに成功を約束された高校だ。


 ――表向きでは。


 実際のところは、異様なまでの縦社会がクラスごとに形成されている、歪んだシステムが目立つ学校でもある。


 購買部や自販機を利用していいのはDクラスから。BクラスはAクラスの昼食の配膳をしてから自分の食事を摂ること。


 このような、あらゆる制度がクラスごとの階級の格差をさらに大きなものにしている。


 その頂点に君臨する生徒会、およびSクラスの持つ権力は、独裁国家のそれに近いものだった。


 そんな中にある最底辺の学級、それがFクラスである。


 彼女、杵埼舞冬がなぜそんなクラスの担任を自ら志願したのか。理由はあるが、それを語るのはまだ先の話だ。


 事前に資料は読み込んできたので、あとは舞冬の持つ異能力(スキル)がなんとかしてくれるだろう。


 説明する必要も無いかもしれないが、異能力(スキル)とは、現代日本であれば誰もが手にすることの出来る、人それぞれの特殊能力のことである。


 異能薬と言われる液体の薬品を血管に注入させることで、当人に眠っている潜在能力を引き出し、多くの人が利用することができるようになった。


 しかし、それ故に能力の格差や犯罪行為の複雑化など、あらゆる社会問題も新たに生まれている。


 とはいえ、この異能薬を投与している人達は、日本だけで見れば既に80%を超えているのだ。決して異能力(スキル)を持つ人が珍しいわけではない。


「ごめんなさい、ちょっといいかしら」


 教室へと向かう途中、下駄箱で乱雑に靴を脱いでいた少女を見かけて声をかけた。


「あ? なんだてめぇ」


 赤髪の少女はギロリとコチラを睨んでくる。可愛らしい小動物のような見た目だが、気弱な生徒はこの目に委縮してしまうのだろう。


 無論、舞冬がたじろぐことはない。


「Fクラスに向かいたくて、でも、私ここに来たばかりだからどこにあるのかよく分からないの。案内してもらえると助かるのだけど」

「はぁ?」


 赤髪の少女は不機嫌なことを一切隠さず、舞冬の視線から少し目をそらすと、後ろ髪をくしゃくしゃした。


「アタシ、説明とか無理だから。F()()()()()()()()()だし、着いてくれば?」

「あら、いいの? ありがとう」


 もちろん、舞冬はFクラスの場所も行き方も完璧に頭に入っている。おまけに、彼女がFクラスの鬼怒川蘭香(きぬがわらんか)であることも知っていて声をかけた。


 理由は、舞冬自身の異能力(スキル)で試したかったからだ。


 ――図書館(ビブリオ)


 心の中でそう唱えて、蘭香の後ろ姿を見つめる。彼女の背中が淡く光る。とはいっても、実際に光っているわけではなく、彼女の異能力(スキル)のイメージの話だ。


 その純白のやさしい光は、まるで導かれるかのように、舞冬の手に収まった。ふぅ、と軽くそれを吹くと、その光がするすると糸のようにほどけて、カードになった。8角形のグラフが描かれたカードを、舞冬はすぐに確認する。


鬼怒川蘭香キヌガワ ランカ 女 15歳

 

 筋力 A

 体力 C+

 器用 D

 精神 C-

 敏捷 B

 知力 D+

 協力 D

 成長 A


 異能力(スキル)衝撃(インパクト)


 なるほど、十分だ。少し見ただけだとこの程度の情報を拾うのが限界だが、ひとまずはこれだけ分かれば問題ない。


 これが図書館(ビブリオ)。舞冬の持つ異能力(スキル)だ。自身の知りたい情報を持つ人物のステータスや、あらゆる情報を知ることができる能力。


「体力は平均よりやや上ってくらいね……そこは思っていたよりも少ないかしら。まあいいわ。結果から言うとおおむね予想通り」

 

 なにより、今後のレベルアップで大きくこの数値を伸ばすことができることを示す成長がAという判定なのが素晴らしい。カードを見て、思わず舞冬の口角が上がる。


「お前、何笑ってんだ?」

「へ? 私、笑ってた?」

「うん」

「そうなのね。教えてくれてありがとう」


 会話はそれだけ。まったく噛み合わない会話に「キモッ」と蘭香が悪態をついたのも聞こえていた。聞こえたうえで無視をすることにした。


 舞冬は高揚する自分の気持ちを必死に抑え込んでいた。


 ――ついに、私の巨大な計画が始まろうとしている。この小さな箱のディストピアを、()()()()()()()()


 長年思い描いていた自分の計画を、ついに実行する瞬間が訪れたことに心は自然と躍りだす。


 廊下を歩き、教室を2つ通り過ぎて連絡通路を渡る。そのさらに奥の埃っぽい小さな準備室のような部屋の前に「Fクラス」と段ボールに書かれたものが貼ってあった。


「ほら、着いたぜ」

「助かったわ。優しいのね、()()()()()

「うっせぇな。目的地が一緒だっただけだよ――って、なんでアタシの名前」

「ああ、言ってなかったわね」


 すっかり忘れていた。この先の色々なことを考えすぎて、自分の立場や名前すら言っていなかったのだ。これは失態。


「私は杵埼舞冬。あなた達Fクラスの新しい担任よ。よろしく」


 握手を求めて差し出したその手は、蘭香には見向きもされなかった。

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