ある看護師の独白 No.1
短編連載です。
3~5話程度で終わる…予定です。
私は、ある患者の担当をしている看護師です。
この患者は、ある奇病を研究している博士でした。
今は、2112年。科学が発達し、AIが人にとって変わるようになり、人の寿命も大幅に伸びた頃、ある奇病が流行るようになりました。
『眠れる森の美女症候群』
これがこの奇病の名前です。
原因不明のこの奇病は、ある日突然、眠りに落ち夢を見続けると言うもので、一度、眠りに落ちると老化が止まり、外的な刺激では目を覚ますことはできません。
内的な刺激によってあわよくば目を覚ますことができたとしても、眠っていた歳月の分だけ急激な老化現象が起こます。皆、その急激な老化に精神的、或いは肉体的に耐えることが出来ず死を迎える病気です。
私の担当している患者の博士は、この奇病を研究している第一人者でした。
彼は17歳の時に博士号を取得後、ずっとこの奇病を研究しており、内的な刺激によって患者が目を覚ますことを発見したのも彼でした。
内的な刺激の方法も、彼が確立したものです。
それはある装置の開発から始まりました。
脳波の計測記録から、患者達がずっと夢を見続けている状態であることは、この奇病が流行る前からわかっていることでした。
彼はそこに目をつけました。患者の夢に介入することで目を覚まさせる事ができるのではないかと考えたのです。
そうして、最初に作られた機器が、『夢を映像にする』と言うものでした。そこから、だんだんと機器は発展を遂げ、特殊なVRゴーグルを装着することで、意識を患者の夢の中に送り込み、夢の中で患者と会話できる装置を作り上げることに成功しました。
その機器が完成したのは10年ほど前のことです。
ですが、博士はこの機器の完成と共に、自身もこの奇病にかかり眠ってしまったのです。
博士が眠ってから10年。何度か看護師は入れ替わり、今は私がこの博士の担当になりました。それが、3年前のことです。
『眠れる森の美女症候群』の患者を担当する看護師は必ず誓約書を書かされます。
『自身も《眠れる森の美女症候群》を発症しても、その責任を一切問わない』
そんな一文が入った誓約書です。
そうです。『眠れる森の美女症候群』の患者の夢に介入した者は、漏れなくこの奇病を発症します。
この奇病を担当する看護師は、治療の一環として患者の夢に介入する役目を負わされます。
とは言っても、すぐに発症するわけではありません。個人差はありますが、大体、発症まで1~3年ほどの時間があるのです。発症する前に夢への介入をやめれば、発症までの時間はさらに延びます。
ですが、私は3年たっても発症していません。
先生も驚いてらっしゃいました。こんなことは初めてだと。
今では、私も『眠れる森の美女症候群』を発症していない人間として、研究対象になっています。
そして、今日も、私は博士の夢に介入します。
博士の夢はとても不思議なんです。
真っ白で何もない空間に、幼い姿の博士が佇んでいます。
片目を包帯で隠し、ボロボロの翼を持った天使のような容姿をしているんです。
ですから、私も博士に合わせて、幼い姿で接触を試みます。
でも、博士には近づけないのです。
拒まれているのでしょうね。透明な壁があって、そこから先に進めないのです。
もちろん、声をかけていますよ。壁を叩きながら。ですが、声も届かないくらい壁が厚いのか気づいていただけません。
このモニターとゴーグルが、夢に介入するための装置です。
博士の頭にこのデバイスを装着して、ゴーグルのここにあるボタンを押すと装置が作動します。
よろしければご覧になりますか?そろそろ博士の夢にコンタクトをする時間なんです。
見る分には大丈夫ですよ。夢に介入することが、発症の原因ですから。
春の昼下がり。看護師はベッドで眠る博士の頭にデバイスをつけ、自身もVRゴーグルを装着すると、電源を入れた。
モニターには、天使のような容姿をした二人の子供が写し出された。