推しのレイヤー様が職場の同僚になりまして…。
序章
僕の名前は『守屋 勇騎』 28歳、ごく普通のしがないサラリーマンだ…
唯一の生き甲斐は神コスプレイヤー『萌黄 ルナ』ちゃんの推し活!現役女子大生にして人気コスプレイヤーとして注目を集める彼女は、コスプレ界隈に彗星の如く現れるや否やその美貌を持ってして瞬く間にファンを虜にしてSNSのフォロワー数も今や3万人越えの超人気コスプレイヤーとなった逸材だ。
僕もそんな彼女の魅力に魅了された中の一人、彼女の参加するイベントには必ず顔を出し彼女の神々しいコスプレ姿を写真に収めている。
彼女の魅力的な笑顔を見られるだけで何だか元気をもらえるような気がしてツラいことがあったとしてもまた頑張ろうという気持ちに変えてくれる、もう彼女なしでは生きられないと言っても過言ではない…
もし叶うものなら、面と向かって一言でもいいからお話してみたい…でもそんなのは所詮は叶わぬ夢に過ぎない、まぁ彼女自身が神にも尊い雲の上の存在であり近寄りがたいということもあるのだが、問題は僕の方にある…僕は、生身の女性が大の苦手なんだ。
あれは中学の頃、密かに想いを寄せていたクラスメイトのマドンナに僕は一世一代の勇気を振り絞って告白をした…勿論結果は“ノー”だった。
それだけで済めば良かったものを、翌日僕が朝学校に行くとクラスメイト全員に僕が彼女へ告白したことが知れ渡っており僕はクラスメイト全員から嘲笑の的にされ笑い者にされてしまった。
中には、『身の程知らず』だの『立場をわきまえろ』だのと散々悪口を叩く人もいれば、当の僕が告白した彼女はまるで僕のことを気持ち悪い虫を見るような目で見るようになった…そんな彼女に同情してクラスの女子全員から反感を買い、僕は中学を卒業するまでずっと女子全員から目の仇にされ続けた。
そこで僕は気が付いた、僕みたいな何の取り柄も男としての魅力もなんにもない奴には誰かを好きになる資格すらない…そう悟った僕は二度と女の子を好きになってはいけないという誓いを立てて、それからは女の子と一定の距離をとって極力関わらないようにする癖をつけた。
そうして高校と大学とずっと女子を避けている内にあっという間にアラサーの社会人となり未だに彼女の一人もできたことがない…けどいいんだ、僕には“ルナたそ”がいる…たとえお話なんてできなくてもいい、ただ遠くから見ているそれだけで十分幸せだった。
けど、そんな矢先…思いもよらない事件が起きた。
それは年末のコスプレイベントが終わった翌日、突然発表された…それはルナたそがコスプレ活動を引退するというニュースだった。
なんでも、今年晴れて大学を卒業して一般企業への就職を考えているからとのことだった…。
その突然のショッキングな一大ニュースに多くのファン達が悲しみに打ちひしがれて涙したのだった…無論僕もその一人、イベントの後に家に帰って今日撮った写真をチェックしながらふとSNSを見ると目に飛び込んできたルナたそ終了のお知らせ…僕はあまりの衝撃で涙すらも出てこず只々呆然とスマホを眺めていた。
そして、現在…生き甲斐を失った僕は生きる屍のように死んだように生きる毎日を送るようになった。
第一章
「おい守屋、なんだこの書類!?間違いだらけじゃないか!」
「…すみません」
「しっかりしてくれよ、明日から新入社員だって入ってくるのにこんなんじゃ示しがつかないだろ…しっかり頼むよ」
「はい…すみませんでした」
すごすごと自分の席へ戻る
「…大丈夫か守屋さん?」
「なんか、年明けぐらいから急に細かいミスが増えてるし…」
「それになんか心ここにあらずって感じで…どうしたんだろ?」
「お前聞いてみろよ、同期だったろ?」
「えー、そうなんですけど別にそんなに仲いいってわけでもないですし…仕事以外じゃ話したことないっすもん」
「俺もだよ、アイツ新人の頃からなんか知らんけど、こう…“話しかけるなオーラ”がすごいっていうかさぁ」
「あー分かりますそれ!多分学生時代とか昼休みポツンと一人で弁当食ってたクチですよきっと!」
「それな、ハハハ!」
全部聞こえてるよ、せめて陰口叩くなら本人の聞こえないところでやってほしいよまったく…
そんなこんなで迎えた翌日…今日から四月、ウチにも新入社員が一人入ることになるらしい
「えーではみんなも知っての通り我が総務部に新しく新入社員が入職することになった!じゃ、挨拶して」
「はい!今日からこちらの総務部でお世話になります!『高木 葉月』と申します!よろしくお願いいたします!」
と、元気よくハキハキとした声で挨拶する女子社員
金髪のショートカットで赤縁のハーフリムの眼鏡、ウチの会社は特に服装や髪型等厳しい規則はなく比較的に自由なのであるが、新人ながら金髪は非常に珍しい…
「おいおい、めちゃくちゃ可愛い娘入ってきたんですけどぉ!」
「ヤバっ、俺超タイプかも!」
「……」
彼女のあまりの可愛らしさに色めき立つ男性社員達
…なるほど、たしかに見た目はすごく可愛い…アイドルグループとかにいてもなんら違和感もないレベルだ…でも、ちょっと待てよ?なんだか彼女の顔、どこかで見覚えがあるような…
「じゃあ、当面の間は…色んな人について仕事を覚えていってもらえるかな?」
「はい!よろしくお願いします!」
その日から、高木さんは色んな人について回って仕事を教えてもらっていた…それにしても彼女の顔、やっぱりどこかで見たことがあるような気がしてならない…なんだこの違和感は?
それからというものの、僕は彼女から目が離せなくなってしまった…。
・・・・・
彼女が入職してから三日目、彼女は僕以外の部署のみんなとも大分打ち解け始めていて男性社員達は彼女にもうメロメロである
「ねぇねぇ高木さん、高木さんって肌すっごい綺麗よねぇ…スキンケア何使ってるの?」
「その爪可愛い~!えっ?自分でやってるんですか!?すごぉい!」
と、女子社員達からもあっという間に人気を集めてしまった
「…ホントに、すごいんだなぁ高木さん」
本当は僕だってみんなの輪の中に入っていきたいけどやっぱりいつもの如く彼女のことを遠ざけてしまい結局未だにほとんど話せず終いである。
そして、終業時間となりさっさと片付けて帰り支度を調えていると…
「よーし!みんな!ちょっと遅れてしまったけど今日はこの後高木さんの歓迎会でみんなで飲みに行こう!」
「おっ?いいっすね課長!賛成!」
「皆さん、ありがとうございます!」
飲み会か、ああやって大勢で集まってお酒飲むような集まりはあんまり好きじゃないなぁ…みんなお酒も入っていつも以上にテンション上がるし、僕みたいな陰の者にはあの空気は正直苦行でしかない
さっさと退散するとしよう…。
「…お先に、失礼します」
「…あれ?あの人、守屋さん…でしたっけ?帰っちゃったみたいですけど」
「ああ、いいんだよ…彼、飲み会みたいなみんなで集まってお酒飲んでワイワイするような集まり苦手みたいだし」
「そうそう、ここずっと飲み会全然来てないもんな…」
「…あの、私まだ守屋さんとあんまり話したことないんですけど…どんな人なんですか?」
「…んー、さぁ?」
「さぁ、って…えっ、皆さん知らないんですか!?一緒に働いてるのに」
「だ、だって…なぁ?」
「うん、アイツ自分自身のこと話さないし、仕事以外じゃ会話しないもんな…」
「そうそう、なんていうかさ…常に“心のバリア”みたいなの張ってるって感じでさ」
「心のバリア…」
「ま、そんなことより…高木ちゃんさ、お店どこがいい?なんか食べたいものある?」
「あ、え、えっと…」
・・・・・
夜、僕はコンビニで買った弁当を食べながら缶ビール飲んで晩酌している
今頃はみんな楽しくワイワイやってるんだろうな…一瞬そう思ったけどなんだか虚しくなってきたのでやめた
心がギスギスした僕はパソコンに保存してあるルナたその写真を見ながら心を落ち着けることに…
「はぁ、ルナたそ…てぇてぇ」
何枚か写真をスライドして見ていく内に僕はふとまた違和感を感じ始めた。
「ん?…んん?」
と、ルナたその写真を穴が空くほど見つめていると何故か頭に高木さんの顔がポワンと浮かんだ
(ちょっと待て、なんで今高木さんの顔が浮かんだんだ…?ていうかちょっと待って…これ、まさか!?)
と、僕は頭の中の高木さんの顔とパソコンの画面に映るルナたその写真を見比べてみた…目や鼻などの形、輪郭、生で見た時のサイズ感…そして何より、ルナたその右目の下と全く同じ場所に高木さんもほくろがあった気がする…なるほど、これで彼女に抱いていた既視感の正体が漸く分かった!
恐らく彼女は『萌黄 ルナ』その人で間違いない!!
そういや彼女も大卒の新卒採用ということはルナたそと同い年、そしてルナたそも大学卒業して今頃どこぞの一般企業に就職している…あまりにも偶然にしてはよくできすぎている
落ち着け、まだ確たる証拠が決まったわけではない…明日会社へ行ったらちょっと確かめてみよう。
【翌日】
僕はいつも通りに出社して来て自分のデスクで仕事の準備を始める
と、するとそこへ…
「守屋さん、おはようございます!」
「うえぇっ!?」
僕に向けて笑顔で挨拶をしてきた高木さん
「…??」
「あ、え、えっと…お、おは、おはようござ…もにょもにょ」
と、動揺しすぎてどもった声になってしまった
「今日は一日守屋さんについてお仕事教えてもらうことになりましたので、よろしくお願いします!」
「えっ!?ぼ、僕が!?」
「はい…何か?」
「い、いや!な、何でもない…ハハハ」
「??」
…と、そんなこんなで彼女に仕事について色々と教えていく
「守屋、すまないがちょっと倉庫まで行って備品の在庫のチェックをしてきてもらっていいか?」
「あ、はい!じ、じゃあ高木さんも一緒に…」
「はい!」
倉庫で備品の在庫を数えたり整理整頓をする
「…えっと、これはもうそろそろ在庫きれそうだから発注する、と…」
「守屋さん!これってどこに運んでおけばいいですか?」
「ああ、それは…」
すると、その時だった…
「キャっ!?」
と、いきなり躓いて転びそうになってしまう高木さん
「っ!?、高木さん!」
僕は咄嗟に彼女の元へダッシュして身体で受け止め、大事には至らなかった
「…あれ?痛くない…って、も、守屋さん!?大丈夫ですか!?」
「あ、ああ…これくらい、平気…」
と、ふと前を見ると…高木さんの綺麗な顔がすぐ目の前にあった、もう後数センチほど近づけばくっついてしまいそうなほどに
「っ!?」
“ドックン!”
その時、僕はあまりの衝撃と緊張で動悸と冷や汗が止まらなくなってしまった
…それもそのはず、だって目の前には推しの神レイヤー、かもしれない人の顔が目の前にあるんだもの…どうかしない方がおかしいと言ったものだ。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
「あ、あの…守屋さん!?大丈夫ですか!?」
もう既に僕は心臓が壊れてしまうほどにバクバクして呼吸すら上手くできなくなってきてしまった…恐らく、過呼吸になってしまっている。
「ハァ、ハァ、あ、うぅ…」
「も、守屋さん!しっかりして!」
…気がつくと、僕の目の前には知らない天井があった
よく見るとそこは会社の医務室で僕はベッドに横にされていた。
「ん、あれ?僕は…そうだ、倉庫で倒れそうになった高木さんを受け止めてそれで…」
すると、そこへ…
「あ、守屋さん!気がついたんですね!」
「た、高木さん!」
「大丈夫ですか?体、どこも変じゃないですか?」
「え、あー、平気…だと思う」
「よかったぁ、その…あの時は助けてくれてありがとうございました!」
「いやそんな、お礼なんて…」
「守屋さんって、案外優しい人なんですね…」
「っ!?」
と、不意に思ってもみなかったことを言われてまた胸がドキドキしてしまった
「…大丈夫ですか?顔真っ赤になってますけど…やっぱりどっか打ってたとか」
「っ!?だ、だだだ大丈夫!全然平気だから!ホント、大丈夫だから!」
「…え、ああ」
彼女が僕に触れようとした途端にビックリして全力で拒否してしまい、ちょっとシュンとしてしまった。
「あっ…いやそんな、あの、あぅ」
なんとか誤解を解きたいけど上手く言葉が出てこない
「あ、あの…」
「へっ…?」
と、彼女の方から急に話しかけてきた。
「守屋さんって、もしかして女性が苦手だったりします…?」
「ああ、まぁ…お恥ずかしながら」
「やっぱり、でも良かった…私だけ特別嫌われてるのかと思っちゃった」
「嫌うなんてそんな!寧ろ、あっ…」
「??」
「あの、僕からも一つ聞いてもいい?」
「?、はい…」
「高木さんって、ぶっちゃけ…『萌黄 ルナ』なんだよね?」
「っ!?」
僕がそう彼女に訊ねた途端、彼女は面食らったかのように目を丸くして驚きその直後辺りを見回すかのようにキョロキョロし出した。
「た、高木さん?」
「…どうしてそれを?いつから気づいてたんですか?」
「いや、最初会った時になんとなく既視感を覚えて確信を得たのは夕べ今まで撮ってきたルナたその写真を眺めていた時にふとそう思って…」
「そう、ですか…はぁ」
と、彼女は自分の顔を手で覆い隠すようにしながら落胆する
「あの、守屋さん」
「は、はい…」
「厚かましいお願いとは思うんですけど、このことは他の皆さんには内緒にしてもらえますか?」
「わ、分かりました…」
「ホ、ホントですか!?」
「え、ええ…他ならぬ推しからのお願いです、断る理由はありませんよ」
「よかったぁ、ありがとうございます!」
と、いきなり僕の手をぎゅっと握ってきた
「っ!?」
「あ、ごめんなさい!そういえば女性苦手なんですよね?ごめんなさい!」
「いや、いいよ…謝らないで!」
「じ、じゃあ…私はこれで仕事に戻ります!あ、そういえば課長から体調が悪いなら無理せずに今日は帰ってもいいって…」
「あ、はい…」
…それからというものの、高木さんはちょくちょく僕に話しかけてくるようになった。
きっと職場内で孤立している僕のことを気遣ってのことなのだろう…
「最近高木さん、守屋さんと話してるのよく見かけるよなぁ…」
「だな、まさかあの誰にも心を開かなかった守屋がなぁ…にしても羨ましい」
と、同僚達も好奇の目で見ている
…そんなこんなで、彼女が入職してから早くも一ヶ月が経過した。
「あの、守屋さん…」
「えっ?」
終業時間となり、僕が帰り支度をしていると高木さんの方から急に話しかけらた。
「ど、どうしたの?」
「すみません突然、この後ってお時間空いてたりしますか?」
「時間?ああ、いつだって空いてるけど…」
「よかった、じゃあこの後一緒にご飯でもどうですか?ちょっと相談したいこともあって…」
と、突然お食事のお誘いを受けた…本来なら女性と二人っきりでお食事なんてハードルが高くて絶対に無理なんだけど、何か相談したいことがあるって言ってたな…悩み事か?
「わ、分かった…いいよ」
「ホントですか!?ありがとうございます!」
ということで、高木さんと二人っきりでお食事することになった。
場所は個室のある居酒屋、とりあえず先に飲み物と料理を注文してから来るまでの間彼女の話を聞くことに
「そ、それで…相談って?」
「はい、実は…」
話を聞くと、彼女は最近誰かにストーカーされているらしいとのこと
会社の帰り道などに誰かの視線を感じたり誰かにつけられている気配がするとのことだった。
「ストーカー…それってもしかして、レイヤーやってた頃のファン?」
「うーん、まだ確証はないんですけどね…十中八九そうだと思います」
「警察には?相談した?」
「もうしてみましたけど、警察の方は実害がない限り動くことはできないって…」
「そんな、何かあってからじゃ遅いのに…」
「だから、私…ここ毎日ホントに怖くて、それにこんなこと相談できる相手なんて守屋さんぐらいしか思い当たらなくて」
「高木さん…」
「あの、守屋さんに折り入ってお願いがあるんですけど…」
「??」
「守屋さんに、私の彼氏のフリをしてもらいたいんです!」
「…ええっ!?」
と、予想だにしていない発案をされて僕は目を剥いて驚いた
「か、かかか彼氏!?」
「すみません驚かせてしまって、要はストーカーの人に私に彼氏がいるって思わせられたらいいんです!お願いできますか?」
「え、えっと…」
OKしたいのは山々なんだけど、女性が苦手な僕なんかに彼氏の役なんて務まるのだろうか?
「勿論、守屋さんが女性が苦手なのは承知の上ですけど…他に頼める男性もいなくて」
「そ、そっか…分かったよ、彼氏の役引き受けるよ」
「ホ、ホントですか!?」
「うん、他ならぬ推しの頼みなんだ…断る理由はないよ」
「よかった、これなら安心ですね…守屋さんなら信頼できるし、いざとなったらこないだみたいに守ってくれそうですもんね」
「ぼ、僕はそんな大層な男じゃないって…あの時だって体が勝手に動いただけだし」
「へぇ、そういうことを意識せずにやってのけちゃうなんて…そういう人カッコよくてちょっと好きです」
「…っ」
お、落ち着け…勘違いするな、今の“好き”はそういう好きじゃない、頼れる先輩として、人として好きという意味に違いない…そうだ、そうに決まってる!こんなに可愛い娘が僕なんかのこと好きになることなんて、それこそ天文学的数値に等しい…きっとそうだ、うん!
「お待たせしました、生ビール一つとグレープフルーツサワーです!」
「…とりあえず、乾杯しましょうか?」
「あ、うん」
それからは普通に食事して、その後は彼女を家まで送り届けて終了した。
【翌日】
「おはようございます、守屋さん!」
「あ、ああ、おはよう…」
「じゃあ、今日からよろしくお願いしますね?」
と、こっそりと僕に耳打ちをする
昨日話して仕事が終わったら彼女と一緒に帰ることになっている
終業時間となり、彼女と一緒に会社を後にする
「あの、折角ですから少しデートでもしてから帰りません?その方がなんかカップルっぽいですし」
「そ、そうだね…」
「じゃ、いこっか?『ユウ君』!」
「っ!?」
「こうした方が自然なカップルっぽくないですか?カップルなんだから敬語もなしでいいですよね?」
「そ、そうだね…」
「そういうことだから、ユウ君も私のこと『葉月』って呼んでよ」
「…え、えっと、は、はづ、はづ」
「ん?もしかして、女子の名前恥ずかしくて呼べない感じ?」
「…ごめんなさい」
「謝らないでいいって!ユウ君からは好きに呼んで、名前呼びはその内慣れてからでいいから」
「うん…」
「そうだ、なんなら彼氏のフリするついでに女性嫌い克服するの手伝ってあげよっか?」
「えっ、そんな…悪いって」
「いいよ、ただで彼氏のフリお願いするのも分が悪いしね…これならウィンウィンでしょ?」
「そう、かな?」
「まぁ少しずつでいいからさ、慣れていこ?ね?」
「う、うん…」
その後は彼女とウインドウショッピングをしながら街を歩いて夜になる頃には二人で一緒に食事をした。
「美味しかった~、ごちそうさまでした」
「うん…」
「…っ!?」
「た、高木さん?」
すると、高木さんは僕の腕に手を回して腕を組んできた
「えっ!?ちょ…」
「いいから、このまま歩いて…」
「ま、まさか…」
「そう、私達…つけられてる…」
「…っ、ゴクッ」
しばらくそのままストーカーを撒くために腕を組んで彼女と歩く
「…どう?まだいる?」
「うん、まだついて来てる…ホントしつこい」
「どうしよう、このままじゃ…」
「かくなる上は、ちょっとついて来て!」
「えっ!?」
と、彼女に手を引かれてただついていく
…そうしてやってきたのは煌びやかなピンク色のネオンが輝く通り…俗に言う『ラブホ街』だった
僕のような陰の者とは到底無縁のアダルティーな世界、僕たちはこの場所に足を踏み入れようとしていた。
「ちょ、高木さん…流石にここは」
「我慢して、大丈夫!私を信じて!」
と、彼女に連れられるがままにラブホの中へ入っていく
「…ふぅ、ここまでくればもう安全ね」
「………」
「ユウ君?大丈夫?急に大人しくなっちゃって…」
「うん…」
「あ~、もしかして緊張してる?」
「………」
「図星だ、可愛い♡」
と、僕が照れるのを見て悪戯っぽい笑みでクスクスと笑う
「まぁ安心して、悪いようにはしないから…それとも、ホントにしちゃう?」
「っ!?」
「嘘だよ、そんなビクビクしなくても大丈夫…ホントに何もしない、それは保証する」
「…はぁ」
「…ホントに苦手なんだね、女の子」
「…うん」
「なんでか聞いていい?」
「…それは」
「嫌ならいいよ、ちょっと気になっただけだから」
「…すみません」
「いいよ、まぁ大体の想像はつくけどね…」
「……」
それから、ほとぼりが冷めるまでラブホで過ごし…しばらくして外に出るとストーカーは退散した様子だった。
「やっと諦めたみたいね…」
「そっか、よかった…」
それから彼女を家まで無事に送り届けて僕も帰路につく
・・・・・
高木さんの彼氏のフリを引き受けてから一週間が経った、今日は休日…高木さんの方から休日デートに誘われ断る理由もないのでOKした。
ということで今日は二人で水族館へとやってきた…。
「わぁ、ペンギン可愛い!」
「ホントだ、可愛い」
「あ、見て!赤ちゃんペンギンもいる~!可愛い~!もこもこだぁ!」
水族館の中を見て回りキャッキャッとはしゃぐ高木さん
「んふ、ソフトクリーム美味しい」
「うん、美味しいね」
「ユウ君のソフト、それ抹茶味だよね?ちょっと一口ちょうだい!」
「え、でもこれ…もう口つけちゃったし」
「いいじゃん、カップルなんだもん…」
「……」
「隙ありっ!」
と、一瞬油断した隙に僕のソフトクリームを一口ペロっと舐める
「あっ!」
「んふっ、美~味し♡」
「…っ」
「はい、お返し!私のチョコ味も一口どうぞ!」
「…っ」
「ほら、早くぅ!溶けちゃう」
「う、うん…
と、僕は観念して彼女のソフトクリームを一口ペロリと舐める
「どう?美味しい?」
「お、美味しいです…」
僕はあまりに恥ずかしすぎて彼女からふいっと目を反らした
それを見てまた彼女がクスクスと笑ってるのがなんとなく分かった。
それから水族館を閉館時間まで堪能し、その後夕食を食べていつも通りに彼女を家まで送っていった。
「今日はありがと!すっごく楽しかった!」
「よかった、そういえば…今日はどうだった?アイツは?」
「今日は大丈夫みたい、ここ最近あんまり現れないっぽいし諦めてくれたかな?」
「そうだといいね、じゃあ…おやすみ」
「うん、またね」
彼女が家に入るまでしっかりと見届けて僕も帰路につく
けどそんな時だった…彼女のマンションから数メートル歩いたほどで彼女から電話がかかる
「ん?もしもし?」
『もしもし?その、送ってもらったばっかで悪いんだけど…今すぐウチにこれる?』
「ん?まぁ、まだそんなに離れていないから大丈夫…なんかあった?」
『お願い…すぐに来て』
怯えたような涙声でそう呟く高木さん、これは何かあったに違いない…僕はすぐに踵を返して彼女の元へ走った。
「…ハァ、ハァ、高木さん!僕だよ、ドア開けて!」
と、扉が開くや否や僕の胸に泣きながら飛び込んでくる高木さん
「うえぇぇぇぇん!!」
「た、高木さん!お、落ち着いて!何があったの?」
「これ…」
と、高木さんは僕に一枚の封書を手渡す
するとその中には高木さんを盗撮したであろう写真が何枚も入っていた、それともう一つ…一枚の便箋が入っていてそこには『男と別れろ』と血のような赤い文字で殴り書きで書かれていた。
「これは…」
「怖い、怖いよぉ…」
「だ、大丈夫!高木さんは、絶対に僕が守るから!」
「ユウ君…」
「あ、あのさ…一つ提案があるんだけど、聞いてくれる?」
「??」
「もうここも安全とは言い切れないし、しばらくの間僕と一緒に暮らさない?」
「…いいの?」
「うん、そ、その方が高木さんも安心できるかなって…」
「うん、いいよ…」
…こうして、図らずも僕達はしばらく“同棲”することとなった。
第二章
次のお休みの日、高木さんがウチに引っ越してきた…今日から二人の同棲生活がスタートする。
「…持ってきたものはこれで全部?」
「うん、ありがと!ホントに助かった」
「礼には及ばないよ…」
「でも、ホントにいいの?」
「うん、これも高木さんが安心して暮らせるようになる為だから…」
「ふぅん、やっぱすっごく優しいんだねユウ君って…ユウ君がホントの彼氏だったらなぁ…」
「…っ!?、もうそのからかい方やめてよ!心臓に悪い…」
「にっひっひ、でもこれから一緒に暮らしてくわけだし…そろそろ慣れてよね」
「………」
「まだ、女の子が怖い?」
「うん…まだちょっと」
「そっか…ならこれからは少しハードモードでいこうかなぁ?」
「うっ、お、お手柔らかに…」
「さてと、無事引っ越しも終わったところだし…まったりしますか!」
「あ、うん…」
「ん?あ、これ…」
「あっ!ちょ、そこはダメ!」
と、奥の棚の方に手を伸ばす高木さんを全力で阻止する…そこの棚には今まで集めてきた“ルナたそ”の写真集やらグッズやらが詰め込んである…後、えっちなDVDなども少々、流石にこれを見られるのは恥ずかしい。
「なんで?まさか、えっちなものでも隠してあるとか?」
「…っ」
「大丈夫!私こう見えてエロ耐性強いから、それに男の子のそういう事情とかも偏見ないタイプだから」
「で、でも…これはダメ!」
「え~そんなにえっちなの隠してあるの~?逆に見たいんだけど、ユウ君のお宝♡」
「ダ、ダメ!他はいいけどここだけはダメ!何でもするから許してください!」
「え~?どうしようかな~?なんて、分かったよ…じゃあ私をうんと甘やかしなさい!」
「あ、甘やかすって?」
「んー、とりあえず肩揉んで!」
「か、肩!?」
「ほら早くぅ、じゃないとユウ君の秘密のお宝見ちゃおうっかなぁ~?」
「わ、分かったよ…」
と、彼女の肩にそっと手をおいてマッサージしていく
「んっ、気持ちいい…」
「ちょ、あんまエロい声出さないで…」
「なんでぇ?興奮しちゃうから?」
「…はい、そうです」
「フフフ、正直だねぇ…んっ、そこ、いい」
「…大分凝ってますね」
「うん、おっぱい大きいと肩凝りやすくてさぁ…」
「っ!?」
「ちなみに、サイズはFカップだよ♪」
「えっ…!?」
知らなかった、スリーサイズまでは公表はしていたけどカップ数なんて公表されてなかったから驚いた…
「んー、でも最近またきつくなってきたからサイズ変わったかも…Gぐらいはあるかな?」
なんとまだまだ成長中であらせられるか…我らが推しはとどまることを知らない…
「ねぇ、今度一緒に買いに行こうよ」
「な、何を?」
「何って、話の流れで大体分かるでしょ?ブラジャーだよ」
「ぶっ!?む、無理だよそんな…それにホントにいいの?だって下着だよ?ホントに付き合ってるわけでもないのに…」
「これも特訓の一環だよ、それにこれから一緒に暮らしていく上で否が応でも下着見ることだってあるでしょうに…だからユウ君だけ特別だよ?下着までなら特別に許可します!」
「…っ」
「もう少し慣れてきたら、裸も見せてあげようか?」
「っ!?」
「冗談だよ!まだ流石に裸は恥ずかしいもん!」
いや、下着だって十分恥ずかしいと思いますが…?
…そして、夕方になり高木さんの手料理を食べた
高木さんの料理の腕前はかなりのもので一人暮らしするために頑張って練習したとのこと。
夕食の後は交代で入浴を済ませて二人で缶ビールで晩酌した。
そしてもうすっかり夜も遅くなり…
「もうこんな時間、そろそろ寝ようかな?」
「うん、そうだね」
「高木さんベッド使っていいよ、僕はソファーで寝るから」
「えー、一緒に寝ないの?」
「無理です、絶対寝れる気がしません…」
「ちぇー…」
僕のベッドを高木さんに譲り僕は仕方なくソファーで毛布にくるまって寝た。
こうして、僕らが一緒に暮らし始めてから二週間ほどの月日が経った…あれからストーカーは現れる気配はなく、極めて平和な日々が続いていた。
僕の方も彼氏の役に段々と慣れてきて、まだ“さん付け”ではあるものの下の名前で呼べるようにはなってきた
少しずつ女性嫌いの方も克服に一歩ずつ近づいてはいるようだ。
「ただいま、アイス買ってきたよ…」
「ああ、ありがと…まだ夏もまだまだ先だっていうのにここ最近すっごい暑いねぇ」
「そうだね…」
キャミソール一枚に短パン姿でぐで~っとだらけている葉月さん、僕が買ってきたアイスを手渡すと夢中で頬張る
「夏といえばさぁ…思い出すなぁ、去年までの今頃はコスの衣装とか自作写真集の撮影とかでバタバタしてたっけなぁ…」
「ああ、そういえばルナたそのコスってすごく凝っているのに細部まですごく丁寧に作り込まれていて…あれって全部手作り?」
「うん、そうだよ!イチから材料とか自分で用意して、コツコツミシンでグイーンって縫って…衣装ができたらスタジオ借りてひたすら撮影して、できたら編集してそれを印刷所まで持っていって…てな感じ」
「…大変、なんだね」
「うん、でも楽しいからやってるってのもあったし…何よりも大好きなキャラになりきるのがホンっトに楽しいの!」
「本当に好きなんだね、コスプレが…」
「うん、好き…でも、現実的にずっと続けるってわけにもいかなくて、大学を卒業するまでってずっと前から決めてたの…本当はずっと続けていたかったんだけどね」
「…そもそも、葉月さんがコスプレ始めたきっかけって聞いてもいい?」
「聞きたい?ならば特別に教えてしんぜよう!」
…と、彼女は自分のことを淡々と話してくれた。
彼女は子供の頃から明るく天真爛漫で近所でも元気いっぱいな女の子としてみんなに知られていた。
実は彼女はおばあさんがアメリカ人らしくその血を受け継いだ葉月さんは生まれながらに人形のような綺麗な金髪だったらしい…
けど小学校に上がる頃になるとそのことについて度々からかわれるようになりふさぎ込むようになっていったという…。
そんな時、中学生になった頃たまたまテレビを見た時にやっていた女児向けのアニメのヒロインに何故だか心が奪われた
そのキャラクターは自分と同じ金髪で煌びやかなドレスを着ていてその可愛らしさに釘付けとなり自分もこんな綺麗な格好がしてみたい…そう思ったのだった。
それからというものの、彼女は一心不乱に独学で衣装作りの勉強などに精を出し…何度も失敗と挫折を繰り返しながら理想の自分の姿を目指してがむしゃらに努力を続けた。
そして高校生になる頃には立派な衣装が完成し、その衣装を着たところを写真に撮ってネットに上げてみたところ、予想外の大バズりをして大反響を呼んだ
それからも彼女は新たな衣装を作り続けてはネットに上げてを繰り返し、大学に進学した頃に初めてコスプレイベントに参加した際には沢山の人が押し寄せてきて、初参加にしてその場にいた誰よりも大きな囲み撮影をしたほどだったという。
無論、僕もその場に居合わせていたのでよく覚えている…あの時彼女を一目見た瞬間からキラリと輝くものを感じて気づけば彼女の虜になっていたのだった。
「…と、いうわけで瞬く間に有名コスプレイヤーとして認知された私は惜しまれつつもコスプレ活動を引退して、今はこうして普通の人生を歩んでるってわけ」
「す、素晴らしいです…なんてイイ話なんだ」
「そ、そう?そんな大袈裟な…」
「いや、とても感動したよ…神レイヤー 萌黄 ルナ誕生の裏にこんな歴史があったんだなぁって思った…」
「フフフ…ねぇ、今度はユウ君のことも教えてよ」
「えっ?僕?そんな、僕の人生なんて人に言って聞かせて面白いものでも何にも…」
「んー、でも聞きたいなぁ…そろそろ教えてよ、ユウ君のこともっと深く知りたいし」
「…分かった、じゃあ話すよ」
「よっ、待ってました!」
…と、僕は葉月さんに全てを赤裸々に打ち明けた
昔告白に失敗してそのことをクラスメイト全員にからかわれたこと、それ以来クラスの女子全員から嫌われたこと…もう二度と恋なんてしないって誓って女の子と距離をとって過ごすようになったこと…一から十まで全部打ち明けた。
「…と、言った感じです」
「………」
ふと彼女の顔を見ると無言でただ涙を流していた。
「は、葉月さん?」
「ご、ごめん…なんか話聞いてたら急に切なくなって」
「そんな…泣くほどのことじゃ」
「だって可哀想なんだもん!ユウ君は何一つ悪くないのに、ただ一方的に悪者扱いされるなんて酷すぎるよ…もしその場に私がいたら、笑った人全員をユウ君に謝るまで怒鳴り散らしてやったのに…」
「葉月さん…そんな風に言ってくれた女の子初めてだ、もっと早くに出会いたかったな」
「今からからだって、遅くはないんじゃない?」
「えっ?」
「私、ユウ君のことが好きっ!」
「っ!?」
突然彼女の方から思いがけない言葉が飛び出して一瞬頭が真っ白になる
「…よく聞こえなかった、今なんて?」
「だから、私は…ユウ君のことが、大好きっ!!」
「…嘘」
「嘘じゃないよ、ユウ君の優しくて純粋なとこも、私がどんなにわがままや無理なお願いしたって嫌な顔一つせずに快く聞いてくれる心の大きなところも…全部全部大好きっ!」
「…そんな、だって…僕なんか」
と、現実を受け入れきれずにいつまでもうじうじ躊躇している僕に葉月さんは突然抱きついてキスをしてきた。
「っ!?」
「…ごめんねいきなり、でもどうしても信じてもらいたくてチューしちゃった♡」
「………」
これまで以上に心臓がバクバクして今にも爆発しそうなほどに鼓動を刻んでいる
唇には葉月さんの柔らかい唇の感触と鼻先には葉月さんのイイ匂いがくっきりと残っていた。
「…ユウ君?大丈夫?」
「あ、うん…平気、ただ…未だに現実を受け止めきれなくて」
「もう、仕方ないなぁ…じゃあもう一回してあげようか?」
「っ!?」
「でもその前に、ユウ君の答えを聞かせて…」
「ぼ、僕は…」
僕は正直まだ自分の中で迷っていた…葉月さんが僕のことを選んでくれたことは正直言ってすごく嬉しい!けど、その半面僕なんかに葉月さんの彼氏が務まるのだろうか?
はっきり言って僕みたいな陰の者とは釣り合いなんて取れるはずもない…葉月さんが辱しめを受けるのが目に見えている…
「ユウ君?」
「…葉月さん、ごめん…僕やっぱり、葉月さんとは付き合えないよ」
「えっ…」
「葉月さんの気持ちは素直に嬉しいし、できることなら葉月さんの彼氏になりたい…でも、僕には君の彼氏でいられる自信がない…僕と葉月さんとじゃとても釣り合いなんて…」
「…そんな、嫌だよ!お願い、もう一度考え直して!」
「ごめん、こればっかりはもう無理だよ…僕なんかに人を好きになる資格なんてないんだ!」
と、僕はたまらずに家を飛び出した
「ユ、ユウ君!」
僕は逃げた、宛なんかないけどしばらく一人になれる場所だったらどこでもよかった…
無我夢中で走ってたどり着いたのはどこぞの河原…僕は近くの鉄橋の下に腰を下して深くため息をついた。
(…葉月さんには、悪いことをしてしまったなぁ…折角勇気を振り絞って告白してくれたのに)
その時僕はふと、中学時代の告白を思い出していた…あの時の僕はすごく緊張して手も汗ばんで喉も異常にカラカラで今にも逃げ出してしまいたいぐらいだった…結果はフラれてしまったけど、その時は想いを告げられてよかったとさえ思った。
そうだ、意中の人に自分の好意を伝えるというのは一見簡単に見えるのかもしれないけどそれを実現するのには並々ならぬ勇気がいるんだ…それがフラれるにしろ受け入れられるにしろ相手に想いを伝えるのはものすごく怖いし緊張する…でも世の中のみんなは、そんな困難を乗り越えて大人の階段を登っていくんだ。
…一体何をやっているんだ僕は、折角葉月さんが勇気を振り絞って告白してきてくれたというのに…冷たくつけ離した挙句彼女をほったらかして家を飛び出してくるなんて…僕は馬鹿だ、とんでもない大馬鹿者だ!きっと彼女は今頃僕のことを心配しているに違いない…帰ったら素直に謝ろう
そう思って僕は急いで家路についた。
・・・・・
急いで家に戻るも、そこに葉月さんの姿はなく…ドアも開けっ放しでスマホも何もかも置きっぱなしのままだった…きっとあの後、僕のことを追いかけて慌てて飛び出していったに違いない…。
僕は急いでそのまま彼女を探しに外へ出た。
「ハァ、ハァ、葉月さーーーん!葉月さーーーん!!」
あちこち走り回りながら大声を張り上げて彼女の名前を呼びながら懸命に探す
「ダメだ、いない…どこいったんだ?」
すると、その時だった…
「キャアァァァァ!!」
と、突然近くで女性の悲鳴が聞こえた
「…っ!?」
嫌な予感がした僕はすぐさま悲鳴の聞こえた方向へ走った
「っ!?、あれは…」
すると、そこにいたのは全身黒ずくめの男と葉月さんだった
「ぐふふふ、ルナちゃ~ん…やっと見つけたぁ、僕に黙っていなくなるなんて酷いよぉ」
「こ、来ないで…」
「怖がらなくてもいいんだよぉ、さぁ…僕と付き合おうよぉ、世界一幸せにしてあげるからさぁ、ぐふふふ」
「いや、誰か、誰か助けてぇー!」
「ちょっと待ったぁ!」
「んんっ!?」
「ユ、ユウ君…」
「な、なんだお前ぇ!?」
「僕は、彼女の彼氏だ!これ以上、僕の大事な人を悲しませるなんて許さない!二度と彼女に近づくな!」
「フン、なんだお前ヒーロー気取りかよ?気持ち悪いぃ…僕とルナちゃんは運命の赤い糸で結ばれたもの同士なんだ!彼氏だかなんだか知らないけど、人の恋路を邪魔するなぁ!」
と、僕に殴りかかってくるストーカー男
「っ!?」
男のへなちょこパンチを避ける、男は怯まずに次々と殴りかかってくる
「うあぁぁぁ!死ねぇ!死んでしまえぇ!」
と、僕は男の両腕を掴んで押さえ込んだ
「は、離せぇ!離せぇ!」
「大人しくしろこのストーカー野郎!」
「うるさい!お前なんか、すぐに殺してやる!彼氏気取りのキモキモ野郎!」
と、必死にストーカーと格闘していると…
「…ん?一体何の騒ぎですか!?」
と、そこへ偶然警ら中のお巡りさんが現れた
「お、お巡りさん!この人、ストーカーなんです!黒ずくめの方!」
「な、何ぃ!?おい、大人しくするんだ!」
と、その場をお巡りさんに制されて僕はストーカーから手を離す
お巡りさんはストーカーに手錠をかけると無線で応援を呼んだ
しばらくしてパトカーが到着し、ストーカーはパトカーに乗せられて連行されていった。
「もう大丈夫、安心してください…」
「はい、ありがとうございました…」
「ちょっと色々とお話を聞きたいので交番までご同行を願います」
「はい…」
お巡りさんに交番に連れてかれ、そこで色々と調書として話を聞かれる
「…なるほど、ご協力感謝します…気を付けてお帰りください」
「はい、ありがとうございました…」
お巡りさんにもう一度お礼を言って交番を後にする
「とりあえず、帰ろうか?」
「…うん」
家に帰るまでの帰り道、僕らは無言で歩き続けた…気づけばもう夜になっていて夜空には星が瞬いていた。
「…あの、ユウ君」
ややあって口を開く葉月さん
「うん?」
「…助けてくれて、ありがと」
「いや、どういたしまして…なんとか守れてよかったよ」
「うん…カッコよかったよ、益々惚れ直しちゃった」
「それなんだけどさ、ごめんね…フった癖に勝手に彼氏なんてほざいてさ、アイツの言う通り僕は彼氏気取りのキモキモ野郎なんだな…」
「そ、そんなことない!ユウ君は、私のこと体張って助けてくれた…しかも今日だけじゃない、あの時も含めたら私はユウ君に二度も助けられたんだよ?」
「あの時は、さっきだってそう…身体が勝手に動いただけで、その…」
「やっぱりユウ君はすごいよ…普通の人だったらそうは簡単にいかないよ、そんなすごいことを無意識レベルでできちゃうユウ君はすごいよ、世界一カッコイイ!私の、勇敢な騎士様…」
「騎士様、かぁ…」
「ユウ君?」
「ん?そういえば、僕のこの『勇騎』って名前さ、“いつか大切なものを守れるような強く勇ましい騎士のような立派な男になれ”っていう願いを込めて父がつけてくれた名前なんだけどさ…なんか今ふと思い出しちゃって」
「強く勇ましい騎士のようになれ、かぁ…正にその通りだね!」
「そ、そうかな?騎士なんて呼べるほどカッコいいもんじゃないよ…」
「ううん、カッコいいよ!ユウ君は、世界一カッコいい騎士様だよ!」
「葉月さん…」
すると、僕は彼女と正面に向き合って…
「あの、葉月さん…」
「ん?」
「告白の答えなんだけど…あれ、やり直すわけにはいかないかな?」
「えっ!?」
と、僕は彼女の前にそっと跪いてそっとこう告げた…
「葉月さん…僕も、あなたのことが好きです!これから先の人生、何があってもあなたのことを一生守っていくと誓います!どうか、僕と…付き合ってくれませんか?」
と、彼女の前にそっと手を差し出した。
「はい、勿論!」
返事を返すと同時に僕の差し出した手をぎゅっと握り返す
「っ!?、い、いいの?」
「いいよ、絶対に…一生守ってよね?」
「うん、勿論だよ!」
・・・・・
こうして、晴れて本物の恋人同士となった僕達…けどいくら彼女ができたからといっていきなり女の子嫌いが治るわけでもなく特訓はまだまだ続いていた。
恋人同士になったことで葉月さんのスキンシップは更に激しくなり家にいる時はほぼ常に引っ付いてきたり僕がソファーに座っているその上に座ってこようとしたりする。
そうしたことを繰り返していく内に葉月さんに触れることに関してはあまり緊張しなくなってきた…やはり継続は力なり、この調子で続けていけば…いつか
「ユウ君~、お風呂上がったよぉ」
「あ、うん!じゃあ僕も…って、えぇっ!?」
お風呂上がりの葉月さんを見て驚愕する、それもそのはず…だって風呂場から出てきた葉月さんは服を着ていなくて下着姿だったんだもの。
「ちょ、何してんですか!?服着て!」
「ふぉっふぉっふぉっ、これも特訓の一環じゃよ…お主もそろそろ次のステップに行ってもいい頃合いじゃからのう」
と、老人っぽい口調で喋りながら髭を撫でるような仕草をする葉月さん
「それに今まで隠してたんだけどさぁ、実は私…お風呂上がりは何もつけずにすっぽんぽんで過ごしたいタイプなんだよねぇ」
「え、えぇっ!?」
「今までずっと我慢してきたんだからね?下着つけてるだけでもありがたいと思いなさい」
「…う、うぅ」
と、新たな葉月さんの一面を見せられて思わずたじたじになってしまう。
「…それじゃ、おやすみ」
「ねぇ、いつまでソファーで寝るの?」
「えっ?」
「こっち来て一緒に寝ようよぉ、もうそれくらいいいよね?彼女なんだし…」
「い、いいの?」
「うん、おいでおいで♪」
と、ベッドの方へ僕を誘う葉月さん
「じゃあ、失礼します…」
「どうぞどうぞ…」
一緒にベッドに入る、元は僕のベッドのはずなんだけど四方八方からすごくイイ匂いがする…これホントに僕のベッドか?
きっとここ毎日ずっと葉月さんがベッド使ってばっかだったから僕のオス臭が葉月さんのイイ匂いによって浄化されたのか…?
「ほら、もっとくっつこうよ」
「ちょ、当たってるって」
「当ててんのよ」
「ちょ…」
と、段々と近づいてきて不意にキスしてきた
「っ!?」
「フフフ、おやすみのチューだよ♡」
「………」
「これから毎日チューしようね♡」
「っ!!?」
まだまだ可愛すぎる僕の彼女に翻弄される日々が続きそうです。
第三章
季節は本格的に夏到来、毎日ギラギラと熱い太陽が照りつけてうだるような暑さが続いている。
「暑い~、死んじゃうよぉ~」
下着姿でクーラーの前を陣取っている葉月さん
「葉月さん、アイス買ってきたよ」
「サンキュー、助かるぅ」
「うぅ、外ものすごい暑さだった…ちょっと近くのコンビニ行くだけでも汗だくだよ…」
「暑い中ありがとね、お礼にチューしてあげよう!」
「ん、ありがと…」
葉月さんの下着姿にもキス攻撃にも最近漸くちょっとだけ慣れてきた。
「ねぇねぇ、ちょっと話変わるんだけどさぁ…来週からウチの会社も夏季休業じゃんね?」
「ん?ああ、もうそんな時期だったっけ?」
「うん、折角だからさぁどっか遊び行こうよ!今までこの時期だとコスイベの準備やらで忙しくて友達とも遊びに行けなかったし夏らしいことだって何一つできなかったからさ…」
「そっか、分かった!今年の夏は思いっきり遊んでたっくさん思い出作ろうか!」
「うんっ!」
というわけで、葉月さんと二人で夏休みの計画を立てた。
・・・・・
まず最初、山の中でキャンプをすることにした。
都会では味わえない大自然の恵みを体いっぱいに浴びながらバーベキューをしたり川で遊ぶのだ
幸い僕らの他には誰も人はいないのでほぼ貸し切り状態だ。
「やっぱ山の中って涼しいー!大自然の恵みを感じるよー」
「来てよかったね、ほらお肉焼けたよ」
「わーい!いただきまーす!」
バーベキューをお腹いっぱい堪能し、今度は水着に着替えて川で遊ぶ
「それっ!」
「うわっ!やったな!それそれ!」
持参した水鉄砲で互いに撃ち合いキャッキャウフフと楽しむ
「はぁ、楽しいぃー!川遊びなんてしたのいつぐらいぶりだろ?小学生とかそんくらい?」
「僕は、幼稚園以来かな…」
「ワォ、どうよ?久々に童心に帰った気分は?」
「すっごく楽しいよ、こんな楽しい気持ちは久方ぶりだよ」
「だね!大人になってからいつからかこうして思いっきり遊ぶことなんてないもんね」
「そういえばそうだ…なんで忘れてたんだろ?こんな楽しい気持ち…」
やがて夜になり、夕食にカレーを作って二人で食べる
その後は二人で焚き火をじっと見つめる。
「こうして焚き火を見てると思い出すなぁ…中学の頃の林間学校で夜にみんなでキャンプファイヤー囲んでフォークダンスを踊ったんだけど…知っての通り僕は女子全員から嫌われてたからフォークダンスの時間になるとこっそり抜け出して一人で過ごしてたなぁ…」
「ユウ君…」
すると、葉月さんはすくっと立ち上がって僕に手を差し伸べた
「…葉月さん?」
「…ユウ君、シャル・ウィ・ダンス?」
「フフフ、そっか…そういうことか、えっと…イエス・レッツダンス!」
と、スマホでフォークダンスの曲を流して二人で焚き火を囲んでフォークダンスを踊った。
「フフフ、ユウ君動きぎこちなさすぎ…」
「初めて踊るんだもん、大目に見てよ…」
それから、ひとしきりフォークダンスを楽しみ二人ともクタクタになって座り込む
「ふぅ、踊った踊った…」
「あの、ありがとうね」
「ん~?」
「僕の嫌な思い出を払拭するために一緒に踊ってくれたんでしょ?ありがとう…」
「どういたしまして…」
夜も更けて、テントに入って眠りにつく
「フフフ、テントちょっと狭いね…」
「うん、もうちょっと大きめのテントにすればよかった…」
「でもこれはこれでいいよ、ユウ君のことこんなに近くで感じられるから…」
「葉月さん…」
「ねぇ、チューしよ」
「うん…」
お互いに唇を合わせる、ちょっといつもよりも長めにキスをした。
「んっ…ユウ君、だ~い好き♡」
「僕も大好きだよ、葉月さん」
「フフフ、おやすみ…」
「おやすみなさい…」
・・・・・
キャンプから帰った後は二人でナイトプールを訪れた。
煌びやかな紫色のネオンでプールが輝いていて、ガンガンいかつい音楽が流れていて周りにはパリピ達が沢山いて僕は一瞬にして空気に飲み込まれて萎縮してしまった。
「うっひょー!めっちゃアゲアゲだぁ!」
「………」
「ユウ君?大丈夫?」
「うん、多分大丈夫…」
「そっか、ユウ君こういうテンション高い人達がいっぱいいる空間嫌いだって言ってたよね…」
「うん…けど葉月さんと一緒なら多少は大丈夫だから…折角来たんだし楽しもうよ」
「そうだね、それじゃ離れないように手繋ごっか?」
「そうしてくれるとありがたい…」
葉月さんと手を繋いでナイトプールの中を色々と見て回る
プールそっちのけでラウンジでお酒を飲んでいる人もいればDJの人のかける音楽に合わせて踊り狂う人々もいて、その光景は正に以前の僕からしたら一生足を踏み入れることのないような異世界のような空間だった。
「あ、ねぇ!あそこにハワイでしか売ってないビール売ってるよ!」
「へぇ、そんなのあるんだ…飲みたいの?」
「うん!」
ビールを二本買って二人で乾杯する
「ん、これ甘くて美味しい!日本のビールよりも断然飲みやすい!」
「ホント、スッキリした味わいで美味しい…」
「フフフ、気分はすっかりワイハーだねぇ♪」
「だね、フフフ…」
・・・・・
8月某日、今日は東京ビッグサイトに来ていた…ここで毎年日本最大の同人誌即売会が行われ、多くの選ばれしサークルが集まって同人誌や自作の写真集を販売する。
そして毎年ここでは多くのコスプレイヤーが終結し、それぞれコスプレを披露する
去年まではこの場所で葉月さんもコスプレイヤーとして多くの脚光を浴びていた。
今年はコスプレをするのでもなく同人誌を売りにきたのでもなく、普通にお客さんとして楽しみに来た
今も炎天下の中長蛇の列に並んで開場を今か今かと待っている。
「ふー、一般の入場ってこんなに待つんだねぇ…いつもならサークル側の方でしか入ったことないからこんなに待つなんて知らなかった…」
「大丈夫?葉月さん暑いの苦手でしょ?まだ我慢できる?」
「うん、まだ大丈夫…」
葉月さんはサングラスをかけて帽子の下にタオルでほっかむりをして首には保冷剤を巻いている
暑さ対策完全防備な上に変装までバッチリだ…中には葉月さんのことを知っている人だっているかもしれない…
「『間もなく会場時間となりますー!ゆっくりと列に続いてお進みください!』」
「おっ、そろそろ中に入れるみたいだ…」
「やった!」
漸く会場内へ入場する
会場内でも多くの客でひしめいていた。
「さて、まずはどこから回ろうか?」
「んー、やっぱコスプレエリア行きたいなぁ…」
「そうだね、ここから一番近いエリアは…南館の館内エリアがあるみたい、そこ行こう」
「うん!」
南館まで移動する、そこでは既に多くのコスプレイヤーさんがいて写真を撮っていた。
「うわぁ、すごい…」
「あ、ねぇあの娘すごくない?めっちゃクオリティー高い!」
「あれはたしか、『モンスターテイマー ~リョーガと愉快な仲間たち~』のメインヒロインのミーニャのコスプレだね、すごい完成度…猫耳までリアルだなぁ…」
「あ、それ知ってる!たしか原作が有名なラノベで去年の秋にアニメ化してたやつだよね!」
「そうそう、主人公のリョーガがカッコいいんだよねぇ」
「うんうん、私の推しはユーリかな?やっぱ巨乳エルフしか勝たんよね!」
「まぁ、あの作品って結構巨乳キャラ多いしね…」
「お、あっちにめっちゃエロいギャルのレイヤーさんいるよ!ちょっと見にいこっ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
それからも、色んなレイヤーさんのコスを見て回り大満足な様子の葉月さん
「んー、こうやってじっくり他のレイヤーさんのコス見て回るのってなんか新鮮だなぁ…」
「またコスしたいなぁとか思ってたりする?」
「んー、まぁつい最近までは戻りたいとか思ってはいたんだけどさぁ…今はもうそんなにって感じかな?今の生活にすっごい満足しちゃってるし」
「そっか、そうだよね…ごめんね野暮なこと聞いたりして」
「ううんいいよ、ねぇ…もしユウ君が望むんならさ、ユウ君にだけ特別に見せてあげよっか?私のとっておきのえっちなコスプレ♡」
「えっ…!?」
「実はちょっと興味あるんだよねぇ…『コスプレえっち』」
「…そ、それはまた、追々ね」
「フフフ、了解♡言質いただきました!」
一通り見て回り、休憩スペースにてワゴン販売で買ったケバブを食べながら休憩する
「ふぅ、結構見て回ったね…」
「だね~、可愛くてエロいコスプレ沢山見れて目の保養にもなったし…やっぱり可愛いコスプレからしか得られない栄養ってあるもんだね~」
「栄養って、ハハハ…」
すると、その時だった…。
「なぁ、あそこでケバブ食べてるのってもしかして…」
「えっ!?マジ!?あれ絶対本物だよ!」
「…っ」
「??、葉月さん?」
「…ユウ君、一旦ここから離れよう!」
「えっ?」
「もしかしたらファンの人に気づかれたかもしれない!逃げるよ!」
「え、ちょっ…」
そそくさとその場を後にする
「ハァ、なんとか撒いたみたいね…」
「だね…」
「…プッ」
「んっ?」
「いやごめん、前にもこんなことあったなぁって…」
「ああ、たしかストーカーに追われてた時二人で必死に逃げたっけ?」
「そうそう、二人してラブホに逃げ込んでね…つい最近の出来事なのになんかちょっと懐かしいね…」
「そうだね…」
「なぁ聞いた?」
「聞いた聞いた!今会場にあの伝説の元 神レイヤーの萌黄 ルナが来てんだって!」
「今もすごい勢いで目撃情報拡散されてるってよ!」
「…なんか、すごい大ごとになってない?」
「うん、これ以上騒ぎになんないように早めに退散した方がいいかも…」
と、バレないようにそそくさと会場を後にして駅まで急いだ。
「ふぅ、ここまで来ればもう安全でしょ…」
「ハァ、ハァ、いやぁ参った参った…ハハハ」
「でも、楽しかったからまぁいっか…」
「だね」
「今度は冬コミも一緒に行こうね!」
「うん、行きたい」
「その時こそは、絶対にバレないようにしないと…新しい変装でも考えよう」
「フフフ…」
・・・・・
夏季休暇も終盤に差し迫った頃、僕は葉月さんと花火大会に来た。
二人して甚平と浴衣を着て花火の時間まで屋台を楽しむ
「へへへ、チョコバナナ美味しー!」
「だよね、僕も好きだよチョコバナナ…お祭りに来たら必ず食べるって決めてるんだぁ」
「そっか、へへへ…あ、次射的やりたい!」
「うん、いいよ!どっちがいっぱい取れるか勝負する?」
「いいよぉ、負けたら勝った人になんでも好きなもの奢ること!」
と、意気揚々と射的で勝負することとなり…結果僕が勝利した。
「イエーイ!僕の勝ち!」
「うーん、悔しい~!」
「へへへ、さて…何奢ってもらおうかな~?」
「むむむ、ねぇもう一回!もう一回だけ勝負して!」
「いいよ、負ける気がしないけどね…」
「見てなさいよ、その鼻っ柱へし折ってやるんだから!」
と、こんな感じで屋台を回って楽しんだ
「まだ、花火まで時間あるね…次何しよっか?」
「んー…あ、ちょっとその前に私お手洗い行ってくるね」
「うん、分かった…じゃあここで待ってる」
トイレに行った彼女を待つこと数分…
「あれ?もしかして…守屋君、だよね?」
「ん?誰…?」
と、いきなり見知らぬ女性に話しかけられた…ちょっと派手な感じの見た目で歳は僕と同い年ぐらい、多分知り合いみたいだけどさっぱり見当もつかない
「ほら、中学の頃クラスメイトだった『松本 美鈴』よ!」
「松本、美鈴…っ!?」
その名前は覚えている…忘れたくても忘れられない、そう彼女は僕の中学時代のクラスメイトでクラスのマドンナ的存在で僕の初恋の相手であり、僕のことをフった上に嘲笑の的にして僕を人生のどん底に突き落とした張本人
「…すごい久しぶり!うーわ、あの頃と全然変わってないね!相変わらず陰気クサいダサダサの芋男のまんま!」
十数年ぶりの再会にも関わらず悪口で僕を貶す松本さん、あの頃もそうだったけどすごい美人なのにいざ蓋を開けたらこんな性悪女だったなんて信じられなかった。
「…大きなお世話だよ、こっちは顔も見たくなかったよ」
「何よ、昔フったことまだ根に持ってるの?うーわ、キモっ…どーせ今だってロクに彼女だってできたことないんでしょ?」
「し、失礼な!彼女ぐらいいるさ!とんでもない美人で可愛い彼女がね!」
「ハッ、どうせ妄想か二次元の彼女かなんかでしょ!あんたみたいなクソダサくてキモイ陰キャなんか好きになる娘なんているわけないでしょ!?」
「…そ、そんなの、分かんないじゃないか!人を見た目でしか判断できないような君じゃ一生かかっても分かんないだろうね!」
「はぁ?あんた何調子に乗ってんの?ウザッ、陰キャのダサ男のクセに私に歯向かう気?随分ご立派になったわねぇ…」
「う、うぅ…」
彼女にキッと睨まれて思わず僕は怯んでしまう、それと同時にあの頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
「何?ビビってんの?一丁前にアタシに立てついておいてブルブル震えてビビってるとか情けなっ!アッハッハッハ!」
「ご、ごめんなさい…」
「は?声が小さいわよ!てかその程度で謝ってるつもり?謝る時にはどうすればいいか、昔散々教えてやったよね?」
「………」
「ほら早くしなさいよこのヘタレ!さっさと土下座しろって言ってんの!」
「うぅ、はい…」
圧力に屈してしまい、膝をつく
「ご、ごめんなさい…許してください」
「はぁ?聞こえないんですけどぉ?罰として後百回言いなさい!」
「ご、ごめんなさい!許してください!ごめんなさい!許してください!」
「アッハッハッハ!ホントに言うとかマジでウケるわ!そうだ、面白いからムービーでも撮ってネットにあげよ!」
彼女がスマホで僕の醜態を撮ろうとしたその時だった…。
「ちょっと!何してるんですか!?」
「っ!?」
葉月さんが戻ってきて咄嗟に僕を庇う
「誰よあんた?」
「私は、この人の彼女です!私の彼氏に何してるんですか?」
「…ふーん、なんだ…ホントに彼女がいたのね、なんか興醒めだわ」
「な、何を…」
「あーあ、もう飽きちゃったわ…後はお好きにどうぞ」
「ちょ、待ちなさいよあんた!」
と、葉月さんの制止も無視してとっとと行ってしまった松本さん
「…何だったのあの人?そんなことより、ユウ君大丈夫?」
「っ!?、ひぃっ!?」
と、その時僕は何故か無意識に葉月さんが差し出した手を払い除けてしまった。
「…ユ、ユウ君?」
「…あ、あれ?僕、なんで…?」
自分でも今の行動が信じられなかった、大好きなはずの葉月さんの手を払い除けてしまうなんて…僕は思わずパニックになってしまった。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
「ユウ君?ユウ君どうしたの!?落ち着いて!」
「ハァ、ハァ、ゼェ、ヒュー…」
「ど、どうしよう…これって、あの時と同じ…」
「あの、どうかされましたか?一応私、看護師をしているものでして…」
「あ、丁度良かった!実は彼が体調悪くしてしまったようで…」
と、通りすがりの看護師の男性に助けてもらった…。
発作が落ち着いたところで看護師の男性は去っていき、僕達は誰もいない神社の境内に移動して休むことに…
「大丈夫?さっきの人にお水もらったからこれ飲んで」
「あ、ありがとう…」
渡された水を飲んでひと息つく
「…ねぇ、何があったの?あの人は一体…」
「彼女は、僕の初恋の相手で…女性嫌いになった張本人」
「えっ!?」
「さっき、そこで偶然ばったり会っちゃってさ…それが中学の頃となんら変わってない見た目だけの性悪女で驚いたよ…それなのに僕は、あっさり彼女に言い負かされて…ホンっト情けないよ」
「そんなことないって、ほら元気出して…」
「っ!?」
と、僕の肩を優しくさする葉月さん…けど、僕はまた葉月さんに触れられた瞬間にビクッと拒否反応を示してしまった。
「…ユウ君?」
「ごめん、ちょっと…離れて」
「もしかして、また前みたいに戻っちゃった?」
「うん、多分…ごめん、ホントにごめん!」
「あ、謝らないでいいよ!悪いのは全部あの女でしょ!ユウ君は一つも悪くない!」
「葉月さん…」
「また二人でイチから頑張ろう?ユウ君の為だったら私もなんでもするから!」
「………」
・・・・・
あれ以来、何もかもすっかり元に戻ってしまった僕は大好きな葉月さんにも気軽に触れられなくなってしまった。
「…はぁ」
「守屋さん、また元気なくなってる…最近は調子良さそうだったのにどうしたんだろ?」
「さては女関係の悩みか?」
「えー、あの守屋さんが?ないでしょう!」
「いやそうとも言い切れないぜ…心当たりが一人いるだろ」
「えっまさか、高木さんと!?」
「馬鹿、声がデカい!」
だから、全部丸聞こえだって…てかそんなことどうでもいいや
…仕事が終わり、会社を後にする
「ユウ君!」
「…葉月さん」
「もう上がりだよね?一緒に帰ろう」
「…うん」
家に帰るまでの間、葉月さんが今日あった出来事などを僕に話してくれた。
「でさぁ、よくよく見たらアイちゃんスカートにパンツ挟まってお尻丸出しだったの!超ウケるよねぇ!」
「ハハハ…それは、すごいね」
家に帰る、夕食を食べた後お風呂に入る
「ねぇ見て見て!こないだネットで買った新しい下着!可愛くない?」
いつも通りお風呂上がりに下着姿で僕の前に現れる
「…そ、そうだね、すごく似合ってるよ」
無論、僕は直視できずにすぐに目を逸らしてしまう
「…ねぇホントにちゃんと見た?ほれ」
「わ、分かったから…もう服着て」
「むー、つまんないの…」
服を着替えにいく葉月さん、なんだかすごく申し訳ない…本当なら沢山褒めてあげて穴が空くほど見たいのに…体が、心が、それを全く受け付けない…こんなにも葉月さんのこと大好きなのに、とてもツラい。
…そんなある日のことだった
ある日の日曜日の朝…
「ユウ君!起きて起きて!もう朝だよ!」
「うーん、今日は日曜日だよ…もう少し寝かせて…」
「もう、寝ぼけちゃって…起きたらいいことあるよぉ」
「ん~?」
そう言われて漸く目を覚まして起き上がる、すると目の前には…メイドさんのコスプレをした葉月さん、いや…萌黄 ルナの姿があった。
「おはようございます、ご主人様♡」
「はっ、えっ…ルナ、たそ?なんで?」
「ユウ君に早く元気出してもらいたくて…言ったでしょ?ユウ君の為なら何でもするって…萌黄 ルナ一日限り復活!今日はユウ君の為にたっぷりご奉仕するね!」
「…っ」
それから、メイド姿のまま朝食の準備をする葉月さん
「お待たせしました、朝食でございます」
「い、いただきます…」
「と、その前に美味しくなる呪文を唱えます!美味しくなぁれ、萌え萌えきゅんきゅん♡」
「はぁ、可愛いぃぃぃ!」
「さ、今日は特別に私がご主人様にあーんして差し上げます!はい、あーん」
「あ、あーん…」
推しにあーんしてご飯を食べさせてもらえる日が来るなんて…夢みたいだ
それから午後になり、葉月さんは『衣装チェンジ』といって着換えにいく
「じゃーん!」
「お、おぉ!」
今度の衣装はセクシー水着風の猫ちゃんのコスプレだ
「にゃんにゃん♪今度は猫さんになってご主人様と遊んであげるにゃん!」
「おぉ…」
それから葉月さんは本物の猫になりきって僕の投げたボールや猫じゃらしにじゃれついたりする
その姿がなんとも愛くるしくて時間を忘れて遊んだ。
「ご主人様、今日は楽しんでくれたかにゃ?」
「うん、楽しいよ…ありがとう」
「えへへ、喜んでもらえて嬉しいにゃん!」
と、僕の膝の上にごろんと転がってくる
「…あ、あれ?」
その瞬間、何故か拒否反応が出なかった…試しに葉月さんの頭を軽く撫でてみると普通に触ることができた。
「触れる…やった、触れるよぉ!」
「ご主人様、おめでとうにゃん!」
「うんっ!」
…夜になり、夕食後に再度衣装チェンジ
「お待たせしたでありんす…」
と、今度は一段とセクシーな花魁姿だった…これまでで一番のインパクト抜群の衣装だった。
「こ、こりゃすごい…」
「ウフフ、お褒めに預り光栄でありんすえ…」
「おお、言葉まですっかりなりきってる…」
「ささ、旦那はん…お一つ如何でありんすか?」
と、晩酌セットを用意してビールをグラスに注ぐ
「さ、どうぞ…」
「い、いただきます…」
「おや、いい飲みっぷりでありんすなぁ…ささっ、もう一杯」
「ありがとう、いただきます…」
葉月さんから次々とお酒を注がれてすっかり出来上がってしまった
「あー、飲んだ飲んだ…いい気分だ」
「それはよろしおすなぁ…ではここらであちきとお遊びとしゃれこみましょうか?」
「お、お遊び?」
「あい、『野球拳』でありんすえ」
「や、野球拳!?」
野球拳、互いにじゃんけんして負けたら服を脱いでいくという大人の遊び…
「や、やりましょう!」
「もう、旦那はんも好き者やわぁ…」
と、野球拳対決がスタートする
「『野球~、す~るならぁ、こういう具合にしやしゃんせ!アウト!セーフ!よよいのよいっ!』」
と、僕がパーで葉月さんがチョキ、僕の負けである
「あー負けたぁ!」
「残念残念、では一枚脱いでもらいまひょか?」
「…やっぱそうだよね、クソ~次こそは…」
と、何回かチャレンジしてみるも結果僕が惨敗してパンツ一丁になってしまった
「クソ~、なんで勝てないんだ!」
「お生憎様、まだやるでありんすか?次負けたら丸裸でありんすえ?」
「ま、まだまだぁ!」
「では、ハンデをあげましょう…次、あんさんが勝ったら…あちきは一枚と言わず旦那はんの好きなように脱がしておくんなまし…」
「そ、それって…裸にしてもいいってこと?」
「すべては、旦那はんの思うがままに…」
「よぅしやるぞー!」
「『野球~、す~るならぁ、こういう具合にしやしゃんせ!アウト!セーフ!よよいのよいっ!』」
と、僕がグーで葉月さんがチョキ、僕の勝利である
「や、やったぁ!」
「おやおや、やりますなぁ…では、もう好きにしてくんなんし」
と、ベッドの上に横たわる…これって、つまり…“Yes”ってことでいいんだよね?
・・・・・
「…よかったね、すっかり元に戻って」
「うん、葉月さんのおかげだよ…ありがとう、ホンっトにありがとう!」
「ユウ君、大好き…」
「僕も、大好きだ…もう離さない、絶対に!」
ベッドの中で二人して抱き合う
「…ねぇ、もう一回シてもいい?」
「えぇ?もう、しょうがないなぁ…いいよ」
「うん…」
その日の夜は、互いに激しく求め合い…ずっと忘れることのできない思い出となった
それからというものの、葉月さんはちょくちょく不定期で萌黄 ルナになって僕の為だけに色んなコスプレを披露してくれた。
それから、数年の時が経った…
「ユウ君、どう?私、綺麗?」
純白のウエディングドレス姿を僕に見せる葉月さん、実は僕達はつい最近婚約をして今日はウエディングドレスを選びに来た。
「すごいよ、今までのどんなコスプレよりも輝いて見える…」
「フフフ、ありがとう…後十着ぐらいあるから楽しみにしててね~」
「うんっ!」
…そして数ヶ月後には結婚式を迎え、家族や友人、同僚達など沢山の人達から祝福されたのでした。
終章
【五十年後】
「あなた、今日が何の日か覚えてるかしら?」
「勿論、結婚記念日だろう?五十年目の…」
「そうよね…フフフ、五十年…長いようで早かったわね」
「ああ、折角の五十周年記念だ…久しぶりに君のコスプレがみたいなぁ」
「いやですよもう、もうすっかりおばあちゃんだし曾孫だっているのにそんなはしたない…」
「そんな歳なんて関係ないさ…昔と変わらず君はとても綺麗で、もし“ムスコ”が元気だったらまだまだお世話になりたいもんだったがのう…」
「もう、八十近くになってもえっちなんですから…」
「それぐらい、今でも君は魅力的だということだよ…愛してるよ、葉月」
「私も、ずっと愛してますからね…ユウ君」
Fin...