ふわふわと弛む
5/24 9時 メリアンとモニカの気持ちを、最後の方に付け足しました。
6/11 17時 誤字報告ありがとうございました。
大変助かります(*^^*)
1/9 12時 たくさんの誤字報告、ありがとうございました。大変助かります(*´▽`*)
「お姉様。私、タンポポの綿帽子が大嫌いなの。体がバラバラになって、遠くに散って離れてしまうのは寂しいもの。………生まれ変わっても、これだけは嫌だわ」
お姉様と二人、庭園でお茶を飲む昼下がり。
私の言葉に頷き、カモミールティーを一口だけ含んだ後、カップを置くお姉様。
「……そうなのね。貴女は」
お姉様は楽しげに呟きました。
お姉様は、前王妃イルビナ様の娘。
隣の魔法国の姫だったイルビナ様は、政略結婚で父(現国王エドマール)と結ばれました。隣国には魔法があり、その血を取り込むのが目的だったそうです。
そして生まれたのが、モニカお姉様。
けれど、イルビナ様は産後の肥立ちが悪く儚くなりました。
その後に王妃になったのが、現王妃の私の母ファルム。
父エドマールが、少なからず思っていた相手だったと(乳母に聞きました)。
本当はイルビナ様が存命中から、側妃の打診があったのですが断っていたそうです。自分が二番になることを許せなかったから。
公爵の娘の母は上に3人の兄弟がいて、政略結婚は必要がない位、派閥の力もあったそう。そして一人娘としてみんなに大層甘やかされて育ち、特に父親の溺愛は目に余るものだったとも。
母はその時演劇に夢中で、それを知った父は何度も母を誘い観劇し、贈り物もたくさんしたそうです。
父の献身を無下にできずに受け入れ、求婚を受けた母。
既にその時、モニカお姉様は4歳。
彼女の周りには、イルビナ様と共に自国から来た侍女や侍従が仕えていました。
そして、彼らは怒っていました。
モニカお姉様に対する、国王の関わりが薄いからです。
「亡きお嬢様が不憫です。こんな野蛮な国に嫁がされ、この地で死んでしまうなんて」
「生きてさえいてくれれば、王子も産めたでしょうに」
「ああ。男児であったならば、王位は確実でしたのに」
「……離縁させて、国に帰してあげたかった。無駄に命を散らしてしまって………お嬢様……」
「王妃にばかり構い、モニカ様に会いにも来ない。あれで父と呼べるのか?」
みんな黙してモニカお姉様に仕えていましたが、彼女がいない所では先程のような愚痴が溢れていることを、彼女は知っていました。 男女問わず、才能のある者に継承権がありましたが、病弱だの学問に問題あり等と言って、男児に継がせることが多いのが事実。女の立場は弱いものなのです。更には親の意向も絡んで来れば、子の生まれ順など些末なことでした。
「ああ。私ができることは、亡き母の祈願であるこの国の頂点に立つことだけなのね」
モニカお姉様はそう考え、懸命に学びを進めました。
その間にも、父と母は睦まじく語り合い、私メリアンが生まれました。
私は母と同じ、タンポポ色の髪と琥珀色の瞳でした。父はそれを好み、よく髪を撫で誉めてくれました。
私は知りませんでした。
5歳上のモニカお姉様が、いつも私達を見ていたことを。
◇◇◇
ある日、侍女の噂話を偶然に聞いた。
母である王妃との観劇から戻った後に。
「モニカ様ったら、また窓からお二人を見ていたわ。惨めたらしいわね」
「やめなさいよ、不敬だわ」
「でも、いつもそうよ。行きたいなら行きたいと言えば良いのに」
「………国王様が嫌がるのよ。忘れたいのでしょ、きっと。親に言われて政略結婚した、姫のことや娘のことを」
「無責任よ、蔑ろにするなんて。そんなこと許されない! モニカ様は王位継承権一位ですわよ」
「しー。あんた煩いわね。こう言うのは理屈じゃないのよ、感情論なの。何となく解るでしょ?」
なんて言うのを聞いてしまった。
彼女達は私が不在だと思って話しているけど、お姉様は気づいていないのかしら?
………いいえ、この音量ならきっと届いているわ。
なんでこんなことが出来るの?
きっと、深く傷ついている筈。
「ああ、お姉様。何も出来ない私を許して」
私は祈るように、手を組んで呟いた。
母なる王妃は、私には優しいけれど、私以外には邪険に行動することが多かった。
それは父である国王にも、使用人にも、……お姉様にも。
「モニカ姫、前にも言ったけれど、メリアンに近づかないで。私の娘を不安にさせないで!」
「っく」
そうして扇でお姉様の頬を打ち “解ったわね” と言って、頬を押さえるのを嘲笑い、お姉様の部屋を去って行った。
私は以前、お姉様とも行動を共にしたいと母に言ったことを思い出した。その時もこんなことがあったのかもしれない。先程肩を怒らす母が気になり、着いて行き偶然に目にした様子に戦慄する。
私はお姉様に近づくべきではない。
そうして距離を取ったのだ。
◇◇◇
お姉様が獣人国へ、半年後に嫁ぐことになった。
友好国になる礎と言うも、第一王女が嫁ぐのは普通ではない。
その話が出てから母は機嫌良く過ごし、晩餐でお姉様に話しかけることが増えた。殆どが嫌みに近しいものだったけれど。
「やっとモニカ姫の出番がきましたわ。優秀な貴女ならば、きっと我が国に利益をもたらしてくれる筈だもの。まあ、ほんの少し、獣臭いかもしれないけれどね」
「はい。善処いたします。王妃様」
(ふん、面白くないわね。
顔色一つ変えないで。
でも良いわ。
やっとあの顔を見ないで済むのだもの)
母はやや不機嫌に食堂を出ていく。
お姉様はゆっくりと食事を続ける。
私はお姉様の方を向き、泣きそうな顔でしきりに頭を下げる。
どう言ったら良いか解らず、言葉にはできなくて。
お姉様が見てくれていたかは、解らないけれど。
父の姿は、暫く見ていない。
◇◇◇
私は、幼い時の夢を見ていた。
母は社交が多く、王宮にいることが少なかった。
父も執務でいないことが多かった。
私は王宮を彷徨い、母を探した。
母の居ない王宮を、いつまでも乳母と歩き回った。
そんな時、中庭でお茶を飲む姉を見つけた。
白バラの咲く中央のテーブルに、本がいくつか重ねてあった。
優雅にお茶を飲み、時々キャンディを舐めながらも本から目を離さない。
銀糸の髪は艶めいて、桃色の瞳は強い光を放っていた。
その姿勢まで美しく、 “お姫さまのよう” だと思った。
本当にお姫さまなのだけど、5歳上の姉はとても綺麗で自分とは違う人種なのだと思った。物語の妖精やエルフみたいなものだと、本気で思ったものだ。
私は思わず近づき、スカートを掴んでいた。
「モニカ様に何を!」
「大丈夫よ。メリー」
お姉様の侍女は慌てていたが、お姉様は優しく声をかけてくれた。
「どうしたの? なにかご用?」
「お母様がいないから、探していたの」
私は思い出して悲しくなった。
するとお姉様は、頭を撫でて飴を口に入れてくれた。
「ご用事で出掛けているのよ。すぐ戻られるわ」
「………わかったわ。待ってる」
私は寂しかったけれど、お姉様に会えたから我慢できた。
その後私は庭に座り、タンポポを握りしめた。
そして “フーッ” と息を吹きかけて、綿毛をとばす。
そして楽しそうに、くるくる庭を回った。
お姉様も時々私を見て、微笑んでくれた。
母が出掛ける度に、そのやり取りが続く。
私の乳母も、泣いて手がつけられなくなることがなくなり黙認していた。
お姉様との秘密の時間は、私が6歳になって家庭教師が付くまで続いた。その頃には何となく、母とお姉様の仲が良くないことが解ってきた。
それでも母親違いの娘だから、気まずいだけだと思っていたのだ。
◇◇◇
お姉様が成長するにつれて、お姉様の周囲には護衛のような人物が増えていた。
だいぶん後から知ったことだけど、お姉様の食事に毒が盛られたらしい。毒味役の侍女が床に着き、お姉様の側近達は国王に抗議した。
その辺りから、隣国からの新しい護衛や侍女が倍に増え、彼らからの私を見る目がキツくなったような気がする。
◇◇◇
お姉様が獣人国へ発つ朝になり、私はもう会えないと思うと悲しくて、お姉様に飛びついた。淑女らしさはかなぐり捨てて。
「元気でいてね。嫌なら、すぐ戻ってきて。お姉様の部屋がなくなっていても、私と一緒にいれば良いわ。ベッドだって大きいもの、大丈夫よ。……うえぇぇん、行かないでぇ」
お姉様の護衛達に一瞬緊張が走ったらしいが、お姉様の乳母達が止めてくれていた。
お姉様も涙ぐんで「泣かないで、大丈夫だから」と、背中を撫でてくれた。
時間ですからと護衛の声がかかり、馬車は動き出す。
私は馬車が見えなくなるまで、手を振っていた。
悲しくて悲しくて、目からも鼻からも垂れたものをハンカチで拭って、ずっと立ち尽くしていた。
母は一応見送りに来たが、「しっかりね」とだけ言い、歪んだ笑顔をしていた。とても嫁に行く娘を見送るような顔には、私が見ても思えなかった。
父は此処にはいなかった。
そう言えば、もう何か月も顔を見ていないことに気がついた。
◇◇◇
モニカに結婚の打診をしてきたのは、獣人国だった。
イルビナの生家の魔法国と獣人国には、交流があった。
モニカが15歳の時に、毒味役の侍女が倒れた。
モニカの母イルビナからも、最期の採血時に同種の毒が発見されていた。
この採血は王室医ではなく、イルビナ側近の医師免許を持つ者が行ったものだ。
イルビナの毒のことはイルビナの側近だけの秘密にし、詳細は魔法で魔法国の王へ送っていた。魔法国の側近達はこの国に残り、モニカに王位を継がせるべく我慢を続けていた。
大事な姫を殺され、魔法国の国王夫妻は悔しい思いをしていたが、モニカがいることで我慢をした。危険を解って和平の為に娘は嫁いだのだからと。
その時はまだ、毒殺を目論んだ人物はハッキリしていなかった。
長い調査とモニカの毒殺未遂で得た実行犯から、魔法で自白を成功させた。
そしてそこから、現王妃の父公爵と現国王が仕組んだことだと解った。二人ともファルムを愛し過ぎていて、ファルムに全ての栄光を与えようとしていたのだ。
魔法国国王はモニカへの危険回避の為に、獣人国へ逃がすことにし、表向き婚姻の約束を獣人国からして貰った。理由もなく、第一王女を魔法国には連れ出せないからだ。
否、理由はあれど、それを出せば全面戦争になるからだ。
だがこの国の王には手紙を送り、全てを知っていると伝えて魔法国に呼び出した。
今は護衛と共に、無限回廊(魔法による出口のない迷宮)に入れている。
「この世の果てのような、漆黒だけの迷宮は視界も聴覚も奪うだろう。近くに何人いようとも、感覚も遮断されるのだから。………そこには絶望しか脳に映さない」
これはかなりの魔力を要すので、そろそろ普通の牢獄へ移そうかと思っている魔法国の国王。
「一応は生きているから、必要があれば顔も出せる。幻術で健康そうに見せることもできるが、出番はないだろうな」
気持ちが折れ、憔悴している彼らにかける慈悲の気持ちは、一欠片さえない。それだけのことをしたのだから。
「誰かー、出してくれー!!」
「いないのか、誰か!」
「何故ドアがない? 此処はどこだ!」
「もう嫌だ。助けてくれ」
「私は王だぞ! 出さないかー!」
魔力と生命力が循環するその場は、日こそささないが生命力が尽きないように調整されていた。国王達の命は、もう彼らのものではない。
◇◇◇
「ふふふっ。これでメリアンがこの国を継ぐのね。私はずっと社交の中心で輝くのよ」
王妃が国王のことを微塵も気にせず悦に入っていた頃、転移魔法でモニカやモニカの側近、獣人国の兵士達が大挙して押し入ってきた。
「何なの? 無礼よモニカ。それとも簒奪に来たと言うの? 兵士よ、この者達を殺せ、敵を殺せ!」
城の周りにはバリアーが張られ、外にも出られず中にも入れない。
モニカ達はどんどん兵を呼び込み、城は占拠された。
圧倒的な戦力差に、この国の兵は戦意を喪失していた。
「何をしているの、戦いなさい! 私を守りなさい!!」
酷く興奮し侍女や護衛を前に立たせ、後ろで喚いている王妃。だが既に王妃以外は、戦う気力なく降伏している。
「貴女は最後まで見苦しい。やはり、王妃の器ではなかったようです」
「煩いわよ! 獣臭い王太子妃が! 今なら許すから、兵を引きあげなさい!!!」
興奮してアイシャドウも流れ落ち、醜悪に憤る姿は化け物のようだ。
「ああ。貴女には、死すら贅沢ね」
モニカは泣きそうな顔で、目を瞑った。
それは王妃の為ではなく、愛する妹メリアンを思ってのことだった。
◇◇◇
メリアンは乳母と共に中庭にいた。
今の季節は黄バラが綺麗で、乳母からオレンジペコをいれて貰い、ロール状のクッキーを食べていた。
「今日は静かね」
「ええ、鳥の囀りしか聞こえませんね」
「お姉様は元気かな? 苛められてないかな?」
「大丈夫ですよ。モニカ様は素晴らしい方です。大事にされていますよ」
「そうね。綺麗で優しくて素敵で。……もっと仲良くしたかったな」
「そう、ですね」
悲しげな乳母に引きずられ、メリアンも悲しくなっていた。
そこにモニカと護衛騎士2名が現れた。
「誰ですか? あら、モニカ様」
そう言った瞬間、乳母は倒れた。
「どうしたの? ナナン」
どうやら眠っているようだ。
驚いたけれど、何でもなくて良かったと安堵したメリアン。
だがモニカ側の護衛は、殺意が隠し切れていない。
「お姉様、どうして此処に。……でも、元気そうで良かった」
それでも屈託なく微笑み、モニカもそれに俯く。
「ええ、元気よ。メリアンも元気そうね」
「うん。今はお姉様に会えて、もっと元気になったよ」
さすがのメリアンも、モニカから尋常でない雰囲気を感じていた。
鳥の鳴き声しか聞こえなかったのは、人間の声だけを遮断していたからだ。メリアン達だけをここに囲っていた。
「メリアン。国王と王妃の父が、私の母を毒で殺し、私に毒を盛ったことが解りました。王妃はそれを後で知りましたが、告発することも懺悔することもありませんでした。それに関連した者達を私が裁くように任命されました。連座と言うことで、貴女にも罰がくだされます」
ああ、お姉様が辛そう。
大丈夫です、お姉様。
私なら大丈夫です。
そう教育されてきました。
お姉様が、悲しそうにされてはいけませんわ。
「覚悟はできています。お姉様に殺されるなら、本望です。最期に会いたいと言う願いも、叶いましたから」
ああ、生かしてあげたい。
逃がしてあげたい。
ごめんなさい。
私には力がないの。
だから…………………………………
「貴女はタンポポの綿帽子にだけは、なりたくないと言っていましたね。だから魔法で、その姿を綿帽子に変えます。………さよならメリアン。できれば、生き抜いて」
「お姉様、ありがとう」
(綿帽子が嫌だと言ったのは、飛んで行けばお姉様の傍にいられないから。可愛くてフワフワしている形は、好きなのよ)
そして次の瞬間、メリアンはモニカの掌の上にいた。
魔法でタンポポの綿帽子に変わったのだ。
優しい風が綿帽子を揺らし、全てが空に舞った。
「ああ、ごめんなさい。メリアン、許して……」
モニカは地面に膝を突き、顔を覆った。
たくさんの綿毛が空の向こうに飛んでいく。
「お姉様、泣かないで。とっても体が軽いし、全然辛くないのよ。どうか笑って」
モニカにも護衛達にも、楽しげな声が聞こえた。
「お姉様、大好き」
「お姉様、ありがとう」
「お姉様、無理しないようにね」
「お姉様、優しくしてくれてありがとう」
「今度はちゃんと、普通の姉妹になれますように」
「さようなら、きっとまた会えるわ」
青い空に綿毛がフワフワと、いつまでもいつまでも飛んで行くのだった。
◇◇◇
その後、魔法国から多くの援軍をこの国に呼び、記憶改竄を行った。
①この国の王女はモニカだけ。
②ファルム王妃は病で公爵領に療養中。
③エドマール国王は魔法国に視察に行っている。
④王妃の父公爵は病で死亡。後継は嫡男が継承する。
けれど死後に横領が発覚し、爵位を伯爵位へ降爵。
あの時城にいた兵士らは戦った記憶が消え、何事もない日常を送っている。
和平の為、後継者であるモニカと獣人国の第二王子が結婚し、この国を治めることになった。
メリアンと共にいた乳母もまた、日常に戻った。
ただメリアンの乳母ではなく、モニカの乳母と記憶が改竄されて。
メリアンの記憶は、記憶の改竄をされた人からは消えていた。
ただ時折、脳裏に面影が浮かぶことはある。
タンポポ色の髪の、笑顔の素敵な12歳の女の子が。
「誰だったかしら? とても大事な子だった気がするのに」
そして懐かしくて寂しい思いが、涙になって流れた。
◇◇◇
国王とその護衛は、無限回廊のまま。
護衛は道連れだが、魔法国国王に刃を向けたので、やむなしと判断された。もう少し精神衰弱後に、地下牢へ移動予定。
ファルムの父公爵は、首を一刀両断された。
ある意味苦しまず、逝けた方だろう。家が降爵だけなのは温情。
ファルムは獣人国の動物園にいた。
人間の国の極悪人とプレートされている。
「何よ、あんた達。私を王妃と知って拐ったのね。今に軍が助けに来るんだから、全員死ぬわよ」
そう叫ぶファルムは、一糸纏わぬ全裸姿だ。
ワンルーム?の檻から、全てが丸見えである。
助けが来ると信じて、今日も元気で叫んでいる。
ただシャワー等は危険物になるので入れていない。
オランウータンの檻の隣で、作りも一緒である。
体は水桶に水が溜まり、小さいタオルで洗い桶で流すだけだ。
あれだけ獣人臭いと、獣人を馬鹿にしていた自分が臭い状態である。
「もう、あいつら何してんのよー!!
こんなとこ、嫌よーーーー!!!!!」
◇◇◇
「お姉様は、今日も頑張ってますね」
「悲しまないで、幸せになってくださいね」
幾つもに別れたメリアンの綿毛は、いろんな場所にいた。そしてその一つが、城の中庭に根を張っている。
護衛の帽子に引っ掛かり、そのまま落ちていたのだ。
彼女の声は、もうモニカには聞こえない。
ただ寄り添うだけである。
いくつもの綿毛が、国のいろんな場所で根を下ろす。
時には人の服に付き、乗り物の上に落ち、外国にまで移動を続ける。
メリアンには、それぞれの綿毛の状態が瞬時に把握できた。
残念なことに、根を張れなかった(死んでしまった)個体もいる。けれど苦しさはない。
「頑張って旅をしたね。お疲れさま」と、労うだけだ。
今のメリアンは、あの時の綿毛の個であり全でもあるから。
たくさんの綿毛がいろんな場所を旅して、土に根を下ろす。
城の中庭にいるメリアンには、その全ての映像が浮かんでいた。
次の綿毛が旅立つ時、メリアンは天へと還る。
『生命の変換魔法』は、生涯一度きりで、
敵に捕らえられた時に、自分自身へ放つ魔法だった。
人質となり、尊厳を犯される危険がある時に、全魔力を注ぐ大魔法。
モニカはそれを、メリアンの為に使った。
もうモニカに、魔力は残っていないのだ。
でも彼女に後悔はない。
どんな形でも、メリアンが生きていることを信じているから。
「もう、どんなタンポポでも傷なんてつけられないわね。………私、知っているのよ、メリアン。本当は貴女が、『空を飛びたい。綿帽子みたいに』とはしゃいでいたのを聞いていたんだから。
今頃、大冒険を楽しんでいるかしら?
………水がなくて辛い思いはしていないわよね?
私の近くにいるタンポポも、貴女かもしれないわね。そうだと、良いなぁ」
モニカは、時間があれば妹へと思いを馳せる。
「嬉しいです。お姉様」
形は違えども、二人は今、傍にいる。
暖かな風に揺れる、黄色いタンポポになって。
5/24 9時 日間純文学ランキング(短編) 18位でした。
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23時 なんと1位になりました。
たくさんの人が読んでくれて、嬉しいです。
ちょっと前の作品なのに、ありがとうございます
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