☆倒れた原因と、今後の事
目の前が真っ暗になり倒れた私……は床へ落ちそうだったところをジョシュア様が支えてくださったことで床と仲良くすることなく済んだらしい。
気を失ったわたしが何故それがわかったかというと、意識を戻した時にはすでにジョシュア様の腕の中にいたからだ。
真っ黒の髪に綺麗な青紫色の瞳がとても近くて。 倒れる前と変わらずお腹は痛くて、それなのに胸まで急にどきどきしてしまって、大丈夫ですから離してください、とお願いした。
ジョシュア様もお顔を真っ赤にして、私を椅子に座らせてくれようとしてくださったんだけど……お腹の痛みでうずくまってしまった私。 そんな不甲斐ない私を軽々と抱き上げてくださったジョシュア様は、そのまま私をお部屋に運んでくださった。
そうして、セバスチャンが手配してくれた医者様がすぐ来てくださって診察をしていただいた。
生まれて初めてお医者様にかかるという事で別の意味でドキドキしていた私に、お医者様は目を診、舌とお口の中を診、聴診器という物で胸の音を聞き、診察が終わると、何故か、聞き取りが必要だとおっしゃられ、別室で待機していたじいやとばあやが呼ばれ、私と共にお医者様にいろいろと問診された。
主に今までの食生活や、生活習慣などだった。
そして、このお屋敷の主人であるジョシュア様が室内に呼ばれたのだけれども……。
「食べなれない物をたくさん食べ、慣れない習慣によるストレス性の胃痙攣です。」
「「……え?」」
至極真面目なお顔で、先生はため息交じりに言った言葉に、私とジョシュア様の声が重なった。
一瞬の静寂。
「……え? うん?」
椅子に座ったジョシュア様、顔色が真っ青なお顔をされている。
「胃痙攣? 食べなれない? ストレス?」
手で口元を押さえ、やや困惑気味に言うジョシュア様に、お医者様は頷かれた。
「はい。 まぁ正確にはそうではありませんが、そういう認識で良いでしょう。」
は~。 っと深い溜息をつきながら、先生は怪訝そうな顔をしているジョシュア様の方を見た後、私の方を見た。
「ポッシェ様。 使用人の方たちにもお話をうかがいましたが、つい今朝方までそれは酷い生活状況だった、とか。」
「え?」
私はばあやに助けてもらいながら頭を上げると、お医者様に首を振った。
「あの、おっしゃっている意味が解りませんが……。」
すると溜息をつかれたお医者様は、先ほどまで書かれていたカルテをパラパラとめくった。
「そちらにいる使用人二人と共に、朝から晩まで庭仕事にお屋敷のお掃除、洗濯などをなさっていたと。 もちろん、貴族の義務とされる学校にも通っていらっしゃらなかったと。 それから、日に三度、食べる食事はお庭の草花や市場で購入する屑野菜などを使ったお食事だったと。」
それには、私は同意する。
「えぇ、家の事情もありましたので仕方がなかったのですわ。 でも、じいやとばあやと楽しくお仕事しておりましたし、ご飯もちゃんと毎日食べておりましたわ。」
「えぇ、えぇ。 伺いました。 そちらの使用人の方からもしっかりと。 二日間のお食事の内容を伺いましたよ。 食べておられたのは主に、雑草、野菜くず、小麦粉を焼いたものが主ですね。 成長するに必要な、たんぱく質という栄養素を、ほぼとっていらっしゃらない様子ですわね。」
(たんぱく質?)
首をかしげながら、昨日今日は食べていないけれど、定期的に食べていたものをそういえば、と思い出して話す。
「えっと、週に2度は、燻製肉か卵なども食べておりましたわ。」
見切り品が出る時間に行くと、うんと安くなっているときがあって、そういった場合にはばあやとじいやに栄養を付けてあげたくて、優先的に買って食べていた。
「なるほど、それは結構です。」
「しかし、それが今日彼女が倒れたのと、何の関係が?」
ジョシュア様の問いかけに、私も同じ気持ちで頷いた。
「お食事が変わりすぎたのですよ。 もちろん、環境も。」
先生の言葉に、私は頷く。
「た、たしかに今までの食事から考えれば、今日は美味しいものをたくさんいただきましたが……。」
「それです。 今までそのような物しか食べていなかった体は、今日食べたようなお食事……パンケーキに、フルコースでしたか? そのような食事を受け付ける事が出来なかったのです。 急に入ってきた食べ慣れない食べ物、消化したことがない高カロリー、高脂質、高たんぱくの食事に、胃腸がびっくりしてしまったのですよ。 そのせいで、胃が上手に動くことが出来ず、けいれんをし、痛みを訴えたのです。」
「……えっと……?」
「お昼にパンケーキを食べられた後、胃の痛みはありませんでしたか?」
そう問われて考えてみれば、確かにマダムたちがいらっしゃって着替えや採寸をしているころから、胃のあたりにしくしくするような、重いような痛みがあったような気がする。
「そういえば……重いような、鈍い痛みのようなものは……ありましたが……気のせいかと。」
「その時点ですでに、お体の方が変化についていけなかったのでございましょう。 簡単にいうなれば、体が突然の贅沢に吃驚してパニックになったのです。 新しい環境には、徐々に慣らしてあげなければいけません。 これは内臓だけでなく、心も一緒でございますよ。 しばらくは、ウォード会長と同じお食事の内容ではなく、胃に優しい物から徐々に様々なものを食べていかれるのがよろしいかと思います。」
「なるほど、よくわかった。 そのように厨房に手配しよう。」
先生の説明にジョシュア様がセバスチャンに手配を頼む中、私はなんとなくわからなくて、綺麗な寝間着に着替えさせられていた自分の体を見た。
「……自分の体なのに、難しいですね……。」
自分の体で起きたことがよくわからず溜息をつくと、そっとそばに来てくれたレーラがそっと耳打ちしてくれた。
「失礼ながら。 ポッシェ様がこのお屋敷にお引っ越しになられて、今日はいろいろなことに戸惑ってびっくりなさっていらっしゃったでしょう? それと同じことが体の中でも起こった、という事でございますわ。」
「なるほど……びっくりしちゃったんですね」
「さようでございます。」
レーラの説明でやっと自分の体に起こったことが理解できた私の様子に頷いたお医者様は、それにしても、と、ジョシュア様を見られた。
「旦那様は、女伯爵様とご婚約なさった、と伺いました。」
それには、ジョシュア様はちょっと眉をひそめて頷かれた。
「えぇ、はい。 それがなにか?」
その答えに頷かれたお医者様は、溜息を一つついて、カルテを閉じてジョシュア様をしっかりとみられた。
「御婚約者様であられる女伯爵様の今までの生育環境についてお伺いしました。 そして、女伯爵様と使用人の方のお話を伺えば伺うほど、今までの生活状況は貴族の常識に反したものでございます。 いえ、粗食自体は、贅沢三昧で体を壊すよりはよろしいでしょう。 しかし女伯爵様は幼少期から、そのような食生活を過ごしてこられた。 本日の診察だけでは細かなことまでは解りかねますが、これだけははっきりと解ります。 女伯爵様のお体は栄養失調状態で、明らかに痩せすぎです……これは、今後のご夫婦の生活にも支障をきたすでしょう。 ご婚約され、しばらくこちらで生活なさるという事でしたら、これを機に、一度お体の健康診断をなさった方がいいと提案させていただきます。」
「わかりました。 その場合は先生にお願いできますでしょうか。」
それには至極真面目に、ジョシュア様は頷かれた。
「最善を尽くさせていただきますわ。」
「では、よろしくお願いします。 セバスチャン、後は頼む。」
「かしこまりました。 では、先生こちらへ。」
「えぇ、では失礼いたします。 女伯爵様、どうぞお大事に。」
「ありがとうございました、先生。」
頭を下げると、先生はセバスチャンに促され部屋を出た。
パタン、と、扉が閉まる音がすると、ジョシュア様が深い溜息をつかれた。
「よかった、ポッシェ嬢。 いろいろと無理強いして済まない。 」
「い、いえ。 私こそ申し訳ありません……。 御洋服の事でもたくさんご迷惑をおかけしましたのに、お医者様まで呼んでいただいて……本当に申し訳ありません。」
「そんなことはいいんだ。 君が無事でよかった。 ……傍によってもいいか?」
「は、はい。」
ドキドキする私の枕元まで近づいてこられたジョシュア様は、私の頭を撫でられた。
「今日はいろいろあって疲れただろう? 話もいろいろしたかったが明日にしようと思う。 今日はもう休んでほしい。 それから一つだけ……そちらのテールズ家の家令と侍女長には、しばらくの間だが、この屋敷でも働いてもらおうと思う。 もちろん年齢を考慮して、きみの世話係として。」
「え? よろしいんですか?」
「先生の話を聞いていたら、その方がいい気がしたんだ。 今後の事もあるから、これからお二人を少し借りる。 レーラ、アンナ。 後は頼む。 ポッシェ嬢を休ませてやってくれ。」
「「かしこまりました。」」
「ジョシュア様。」
そのまま、すぐに2人を連れて出ていこうとされたジョシュア様の背中に、私はつい、声をかけてしまった。
「どうした?」
「い、いえ。 お忙しいのに申し訳ありません。 ……あの、ありがとうございます。」
「婚約者だから当たり前ですよ。 ゆっくり休んでください。」
そう言って微笑んで出て行かれたジョシュア様と、じいやとばあやを見送った私は、そのままレーラとアンナに手を借りて苦いお薬を飲んだ後、ベッドに入ると眠りについた。
お読みいただきありがとうございます!
評価、ブックマーク、いいね、とても嬉しいです(^^*
本日は更新が遅くなり申し訳ありません




