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爵位と金を天秤にかけた政略結婚を受け入れた赤貧女伯爵は、与えられる美食と溺愛に困惑する  作者: 猫石


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18/27

☆豪華な夕食の罠

「商会が来たようだったが、いい買い物はできたかな? ポッシェ嬢 」


「……は、はぁ……。」


 私は首をかしげて曖昧に笑った。


(いい買い物というか、契約違反をしてしまった気がしています……が……。)


 食前酒をお飲みになっているジョシュア様を見て、私は気づかれないようにため息をついた。


(素直にお話したほうが良いんでしょうか。)


 契約違反、とはもちろん、洋服の購入の件である。


 さんざん採寸をされ、着せ替え人形のごとく試着をさせられ、マダムの書いた大量のデザイン画を見せられた私は、今まで味わった事のない疲れを感じながらマダムたちが帰るのお部屋で見送った。


 ようやく終わった……と、ほっとすると、なんだかお腹に重いものを感じたところ、それは慣れないことでお疲れになったのでしょう、と、ソファに座わらされ、お腹に良いとされるお茶をいただいた。


 お茶のお陰で重い痛みも楽になり、少しホッとして休んでいたのだが、すぐに次の訪問者がやってきた。


(ジョシュア様のお屋敷は、随分とあわただしいのですね。 今度は一体何でしょうか……。)


 混乱する私の元にやってきたのは、先ほどのやり取りの際に至急屋敷に届けるようにとレーラがマダムにお願いをしていたという、大量の衣類小物たちだった。


 あっけにとられている私の目の前で、どんどん衣装室に運び込まれたそれらを、レーラやアンナは手際よく開封し、応援に駆け付けたメイドさん達と共に棚やタンスに片付けていった。


 両手を広げても余りあるたくさんの服が衣装棚にかけられ、たくさんの鞄と靴が専用の棚に並び、腰までの高さの箪笥まるまる一つぶんが何故か様々な形の下着で埋まり、たくさんのネックレスなどの宝石の飾られた箱が運び込まれ飾られた。


 まさか今日の今日でこんなにたくさんのお洋服や装飾品が届くとは思っておらず、文字通り呆然としてしまった私に、皆さんが気を使ってくれて『どれもポッシェ様にお似合いになりますよ。』とか『こちらとこちらを合わせると素敵ですね。』と会話してくれたが、そんなことよりも私はそれらの合計金額が気になってしょうがなかったのだ。


(レーラの言い方では、御洋服を1着か2着では終わらないとは思っていましたが、まさか一気にこんなにもおかいものを!? いったいいくらお金を使ってしまったのでしょうか!?)


 私の頭の中で、チャリンチャリンとお金の音が聞こえる。


 採寸の後で見せていただいたカタログのなかで、これがいいわ、とつい言ってしまって即注文されてしまったワンピースがあった。 制止する間もなくなって、溜息をつきながらカタログに目を戻すと金額が小さく書いてあったのだ。


(き……金貨一枚!?)


 これが本当に、たった一着のワンピースのお値段なのだろうかと、私は3度見をしてしまったのだ。


(なのにそれを10枚以上!? ありえません!)


 金貨なんて、生まれてから一回か二回しか見たことがないかもしれない。


 確かに銀行の預金や、領地の収入の額に数字としては触れることがあったが、昨日までの私は、毎朝父親から放るように渡された、その日に使ってもいいと言われる2枚か3枚の銅貨のみ。


 時折大銅貨も貰えることがあったが、そんな時もちゃんと節約して、いざというとき(機嫌が悪く貰えないときのため)のためにためていた。


(えぇと、金貨1枚と言えば、銅貨が10枚で大銅貨、大銅貨10枚で銀貨、銀貨10枚で大銀貨、大銀貨10枚やっと金貨1枚になる……から、何日分の食費になるのかしら? ワンピース一枚よ? ここにはそれが10枚以上あるうえに、靴だって宝石だってある。 着るのは体一つだけなのに、なぜそんなにお洋服も靴も下着も必要なのでしょうか……これを浪費と言わずして何なのですか??)


 これはれっきとした契約の中の『浪費』での婚約破棄になってしまうのでは? と、とっても焦り、平然と洋服や装飾品を片付けているレーラやアンナにこんな無駄遣いはいけないから返品しましょう、と訴えた。


『ポッシェ様、ご安心くださいませ。 これでも、このお屋敷で滞在する間分の、最低限の量です。 これから夜会や社交用のドレスも運ばれてきますよ。 ……え? 浪費での契約破棄ですか? まさか、この程度ではそんなことはございません。』


 と、笑顔でさらりとかわされてしまった。


(この程度とは!?)


 頭を殴られたような衝撃。 生まれて初めて感じるお腹の痛みも気になるが、これがストレスというやつなのね、と思いつつ、必死さが伝わらなかったのかと今度は少し強めに訴えてみた。


『ワ……ワンピースだけで金貨一枚とかだったんですよ!? 私、金貨一枚なんてまず持ったことも、見たこともありませんっ! 体は一つしかないのにこんなにたくさん買うのは、無駄遣いです!』


 しかし結果は惨敗で、何故か抱きしめられて、泣かれてしまった。


 しかし私も別の意味で泣きそうだったのだ。


(ジョシュア様に、謝罪しなければ……。)


 その機会をうかがいながら、私はなんだか絞られるように痛むお腹を押さえ、にっこりと笑った。


「ジョシュア様、あの、お話が……。」


「うん、どうしたんだい? ポッシェ嬢。」


「い、いえ、あの。 今日、商会の方が来てくださったのですが……。」


「あぁ、聞いているよ。 当座に必要なものをそろえたと、セバスチャンとレーラからちゃんと報告も受けているよ。」


「それ、なのですが……」


(ものすごく、浪費をしてしまったんです!)


 意を決してそう口に出そうとした時だった。


「失礼いたします。 本日の前菜になります、『温野菜とチキンのゼリー寄せ ジェノヴァ風』でございます。」


 と、私の目の前に、綺麗な宝石の様なお食事が運ばれてきたのだ。


「さ、食べようか、ポッシェ嬢。 話は夕食後のお茶の時間にどうかな?」


「は、はい。」


(そうね、お食事の時にする話でもないもの……それにしても、なんて綺麗なお食事。 なんだかちょっとお腹が少し痛いけれど、出されたものを残すのは絶対にしては駄目なことだし、まずはお食事をいただきましょう!)


 少しお腹を撫でてから、うん、と私は決意する。


 ジョシュア様がカトラリーを手にしたのを確認してから、私もそれを手にすると、そっと、お皿の上に盛られたキラキラするお料理を切り分けた。


 鮮やかな緑とオレンジ色のお野菜、それから小さく切られた鶏肉が、濃い琥珀色のキラキラでフルフルの何かで固められている。


(ゼリーよせ?)


 このキラキラしたものがゼリーだろうか。


 少し緊張しながら、私はそれを口にした。


「……わ。」


 口の中でジワ……ッと溶けて消えたゼリーと、サクサクと良い歯ごたえの野菜、鳥の肉のしっかりとした弾力のある歯ごたえ。


 心なしかお腹の痛みが増したような気はしないでもないが、こんな優しいお味のお食事だからきっと体にもいい物よね、と納得する。


 マナー本の内容を頭で確認しながら、時折ジョシュア様の方を見、目が合って微笑みあったりしながらも、わたしたちは前菜を食べ終えた。


「とても美味しゅうございましたね、ジョシュア様。」


「ポッシェ嬢の口にあってよかったよ。 まだ出てくるから、ゆっくり食べよう。」


(え? まだ? ……そうか、前菜、前菜だったわ。 我が家では順番も関係なかったから忘れていたわ……。 終わった気がしてしまっていたわ。)


 危うく席を立ってしまうところだった。


 少しだけ慌てた気持ちを落ち着けながら、ジョシュア様や並ぶ使用人さん達に視線を巡らせると、私の目の前に柔らかい緑色のスープと、焼き立ての柔らかそうなパン、そしてクリームが2種類が並べられた。


「スープでございます。 本日はそら豆のポタージュとなります。」


(綺麗なスープだわ。 ……よかった。)


 先ほどからお腹の痛みが増してきたけれど、これならまだ入りそうな気がする。


 ジョシュア様に合わせてカトラリーを手にし、そっとすくって飲んでみれば、とっても青臭さがなく、優しいお味のポタージュスープで、しっかりとしたお肉の味に、ミルクの味もしっかり感じる。


(目の前に置かれた物は、食べないと……駄目ね。)


 そっとパンを手に取り、ちぎって、まずは黄色みの強いクリームを乗せた。


 焼き立てのパンは温かく、乗せたクリームは端から解けていってしまう。


「……わ。」


 パンの端から解けて黄金色になったクリームが落ちてしまいそうになり、少し慌てて口に入れれば、濃厚なミルクの油の味が広がり、さっぱりと後味の無くなる。 その後を追うように、香ばしい小麦の味がしっかりと口の中に広がった。


(このクリーム、パンケーキに乗せても美味しそう。)


 そう思いながら今度は白みの強いクリームを乗せて口に運ぶ。


 同じようにミルクの濃厚な味であるのには変わりないのだが、こちらは癖がなく、さらっと消えてしまう。


(美味しい……。 けど。)


 飲み込んだ後にずきりとお腹に走る重い痛みに、とうとう食べる手が止まってしまう。


(……お腹が痛い……。 でも、もうお食事も終わりだと思うし……もう少し我慢をして……)


 そう思って重い手を動かしスープを飲み終えると、新たな皿が目の前に置かれた。


「本日の魚料理はスズキの塩釜焼香草風味となります。」


(……え? まだ出てくるの?)


 さすがに吃驚し、お腹の痛みに俯いてしまった私に、ジョシュア様の声が聞こえた。


「これは美味しそうだな……。 うん? ポッシェ嬢、どうかしたかな?」


「い、いえ、あの、おいしそうですわ……ね。」


 とっさに顔をあげて、そう答えようとした私のお腹に、今までで一番鋭い痛みが走った。


 とたん、視界が真っ暗になっていく。


「ポッシェ嬢!」


 ジョシュア様の声を聴きながら、私はそのまま気を失ってしまった。

お読みくださりありがとうございます!

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