☆くるくる踊らされる? 衣装部屋。
私の部屋の、廊下に出るのとは違う扉を開けると、そこは浴室になっていて、私は抵抗できぬまま着ていた物を全部はぎとられると、なにやら薬草類のブーケの入った少しだけのお湯の溜まったバスタブに入れられると、ぬるま湯のシャワーを浴びせられながら、頭の先から足の先まで再びレーラにごしごしと洗われた。
「あ、あのぉ!」
羞恥心は水で流れてくれないため、途中とはいえ必死に抵抗をする。
「わたし、一人でもお風呂には入れますから。」
「いいえ、ポッシェ様。」
そう言ったところ、レーラとアンナに、笑顔を向けられた。
「「肌のお磨きは、淑女として大切なお仕事です。 慣れてくださいませ。」」
(そ、そんなの、マナー本には書いてありませんでしたぁぁぁ。)
両手で顔を隠しながら、ごしごし洗われていく私。
今回のお風呂で良かった事と言ったら、洗い終わって流された泡が灰色じゃなかったことくらいだろう……。
入浴を終えると体をふかふかの大きなタオルで包まれ、何やらいい香りのするクリームや化粧水をパシャパシャと全身に付けられ、丹念にお肌をマッサージされた。
「ポッシェ様はまだ16歳でいらっしゃいますからね。 普段はお化粧はうっすらと、お手入れも基礎化粧品だけでよろしゅうございますが少々お肌は痛んでいるようですね。 今まで何かなさっておられましたか?」
いい香りのクリームを指先までマッサージというものをしながらぬりぬりしてくれるアンナに、私はすこし考えた。
「そうね、ヘチマ水にドクダミを入れた手作りの化粧水を、ばあやと使っていたわ。」
「さ、さようでございますか……。」
そう言いながら、アンナがまた目頭を押さえていた。 本当に眼病は大丈夫かしら?
そんなことが気になりながらも、やはり体中をマッサージされるのは恥ずかしいので、別の話を振ってみた。
「え、えぇと、アンナは私より大人っぽいけれど、今、何歳なの?」
「20でございますよ、ポッシェ様。」
にこにこと笑いながら爪の先まで綺麗にしてくれるアンナは、にこっと笑った。
「レーラ、は? このお屋敷の使用人さんは皆仲がいいのね。」
「レーラさんは30歳です。 仲が良く見えるのは、元は皆、同じ孤児院の出身だからですわ。」
「まぁ、そうなの!?」
「はい。 ではポッシェ様、起きていただき、こちらの下着と、ガウンを着てくださいませ。」
では、と、体に巻いていた大きくてふわふわのタオルを取られた私は、今度は薄く、さらさらしたとても良い肌触りのシュミーズとパンツを付けさせられると、その上にこちらもさらさらした肌触りの、良くお母さまがドレス以外の時に着ていたガウンを身に着け、レーラが髪の毛をくるくるっとお団子の様に巻き上げてくれて、お部屋に戻った。
「侍女長、商会から、マダムがお見えです。」
「そう、ありがとう。 では、ポッシェ様。 申し訳ございませんが、こちらのお部屋へいらっしゃってくださいませ。」
「は、はい。」
浴室からお部屋に戻るとそこにはレーラやアンナとは違うお仕着せの若い女性が立っていて、ぺこり、と頭を下げてレーラにそういうと、レーラは私にやはり、廊下に出るのとはちがう、別の扉をあけた。
「えっと、ここは何のお部屋なの?」
「衣装室になりますわ、ポッシェ様。」
「……衣装室?」
(着るものだけのお部屋……って事かしら?)
そういえばお母様も隣の空き部屋を衣装を置く部屋にしていたわね、と思いながら、レーラに促されて入った先は、私のお部屋と同じくらいの広さで、中央に応接セットと大きな姿見鏡が3つ、パーテーションと、それから洋服ダンスが置かれた、ただお花が飾ってある以外は装飾のないがらんとしたお部屋が広がっていた。
そしてそこには、見知らぬ背の高いレーラくらいの年の女性と、アンナくらいであろう年頃の女性が3人、こちらに向かって深々と頭を下げていた。
「初めてお目にかかります、テールズ女伯爵さま。」
「は、初めまして。 ポッシェ・テールズです! えぇと、貴方様は……」
挨拶をされ挨拶し返したものの、どうしていいかわからず首をかしげていると、にっこと笑ったレーラが私たちの間に入ってくれた。
「ポッシェ様。 こちらはウォード商会の服飾部門でデザイナー兼パタンナーをなさっているマダム・カジェイラことカジェイラ男爵夫人です。 本日はポッシェ様のお洋服の採寸に来ていただいたのです。」
「お洋服の、採寸?」
首をかしげている私に、レーラとアンナが微笑む。
「よろしくお願いしますね、マダム。」
「会長の婚約者様のお洋服を作らせていただくなんて、こんなに名誉なことはありませんわ。 まぁまぁなんて可愛らしいお嬢様でしょう。 さ、みんな、女伯爵様の採寸をはじめましょう!」
「「「はい、先生!」」」
そんな号令の様な掛け声とともに、私はわらわらと4人の女性に囲まれて、点々の一杯書かれた細い革紐を何度も何度も当てられ、場所を変え、絡められたり、伸ばされたりを繰り返す。
「まぁ、なんて華奢なお体っ!」
「磨きごたえのありそうなお肌!」
「まだ16歳でいらっしゃいますのね? ではまだ成長期でいらっしゃいます。 全体に、おかしくならない程度にゆとりも持たせましょう。 はい、ピンと背筋を伸ばしてお立ちくださいませ!」
吃驚しながらも、私をくるくる革紐で絡め捕ったり解いたりしたマダム・カジェイラと言われた女性はは、首元から手の先、肘の先、肩の先と数字を読み上げていく。
「あの、これは……?」
大きな紙に、女性の体とその体をいくつもに分ける線が書かれており、そこに、私の数字が書き込まれて行っているようだが、何に使う物か? と尋ねたら、マダム・カジェイラが教えてくれた。
「あぁ、先ほどご説明が足りませんでしたわね。 これは、これから女伯爵様のお洋服を作るために必要な型紙を作るための採寸という作業でございますわ。」
「は、はぁ……。」
「さぁ、採寸は終わりましたので、女伯爵さまはどうぞ、お洋服を着替えてきてくださいませ。 お戻りになられましたら、ご意見を取り入れながら、デザイン画をお描きしましょう。 女伯爵さまにはどのような服もお似合いでしょうから、私、腕がなりますわ!」
「は、はぁ……。」
採寸が終わり、一度部屋に戻ったわたしは、アンナに手伝ってもらいレーラからもらった淡い水色のワンピースを身に着け、髪を整えて先程の衣装室に戻った。
「さぁ女伯爵様。」
長ソファの真ん中に座らされた私の前にお茶が出さたため受け取りながら、
「あ、あの、その、女伯爵様というのをやめていただいても……? まだ、慣れておりませんので、自分の事を呼ばれている感覚がないのです。 是非、ポッシェ、と。 皆さんも、お願いします。」
「では、ポッシェ様、と呼ばせていただきますわ。 わたくしの事はマダム、とお呼びくださいませ。」
「ありがとうございます、マダム。」
にこっと笑うと、こちらをご覧くださいませと、たくさんの女性の絵を見せられた。
「ポッシェ様は、好きなお洋服のデザインなどはございますか?」
「デザイン……」
「お好きな洋服の形でございますよ。 よくきていらっしゃったお洋服などです。」
「……えぇと……服は、一着しか持っていなかったので……よくわからないですね。」
「はい?」
「マダム。 実は……」
「……ふむふむ……ん、まぁ!」
不思議そうな顔をしたマダムに、レーラが何やら耳打ちすると、真っ赤な顔をしてわなわなと震え出したマダムは私の両手をがしっ! と掴んで涙目で何度も頷きながら私をみた。
「そんな非情なことがゆるされるでしょうか! ポッシェ様、是非私にお任せくださいませ、絶対に似合うお洋服やドレスをご用意いたしますわ!」
そこまで叫んで手を放すと、ものすごい勢いで絵を描き始められたのだ。
(……どうしたのかしら?)
こてん、と首をかしげると、アンナから『水分補給です』と、コップのお水を渡された。
「あ、ありがとう。」
言われて、ものすごく喉が渇いていたことに気が付いた私がそれを一口飲むと、果物と、爽やかな清涼感のあるお水だった。
「アンナ、これ、お水?」
「ハーブと果実のお水ですわ。 ゆっくりお飲みくださいませね。」
こくこくと頷いていると、採寸をしてくれていた3人の女性が、後ろに置いていた大きなカバンを3つ、開いて私の前に広げてくれた。
「ポッシェ様。 マダムがデザイン画を描いてくださっている間に、当座の物を選びましょうね。 御洋服に靴にアクセサリーなど……お好きな色などはおありですか?」
「わ……」
中から出てくるのは、綺麗なワンピースに、今身に着けてるような下着、靴、小さな鞄、宝飾品などで……お母さまが見栄を張ってお屋敷に商会の人を呼んでドレスや宝石を選んでいたことを思い出させる。
(た……確かとっても高かったはず……。)
請求書を見たお父様が、どうやってお金を工面するかいつも悩んでいた。
「えっと……ワンピースはレーラからもらったものもありますし、とくには……。」
私が考えながらそういうと、それはいけません! と言い出したのはレーラとアンナだった。
「日ごろから御洋服はおしゃれにしていないと自分の目も磨かれませんよ!」
「でも、今までも一着をずっと直しながら着ていたし……。 レーラからもらったワンピースは4着もあるわ。 今までに比べたらとても可愛いお洋服だし、それを順番に着れば……。」
可愛い刺繍やレースのついたレーラからもらったお洋服は、似合っているかは別にしてとても可愛くて気に入っているし、あれだけで十分だと思うのだけれど。 と、言う私に、レーラはため息交じりに私の前の前に座るとしっかりと私の目を見た。
「それはいけませんわ、ポッシェ様。 ポッシェ様はテールズ女伯爵でいらっしゃいます。 3か月後の結婚式はもちろん大切でございますが、その前に社交界へのデビュー、として女性とのお付き合いの主な場所となるお茶会もございます。 貴族の女性は流行や、相手の着ているもの、身に着けている物に大変に敏感です。 同じドレス、装飾品を何度も身に着けていては、テールズ伯爵家の内情が厳しいと判断されます。」
「それは正しいことだわ。 ……返上しようと思っていた爵位ですもの、今さら隠しても……。」
「いいえ。 今まではそうだったかもしれませんが、今は違います。 ポッシェ様はウォード商会の会長である旦那様と婚約なさったのです。 これ以降は、ポッシェ様の評判はジョシュア様の評判となります。 ポッシェ様がみすぼらしい恰好をしていれば、ジョシュア様、ひいてはウォード商会の内情が厳しいと噂され、商会の売り上げなどにも響くのです。」
「そ、そんなことまで……? 私の格好ひとつで?」
「さようでございます。 急に生活スタイルを変えることは難しいでしょう。 お屋敷の中では今までの物を大切にするお気持ちでお暮しでもかまいません。 しかしひとたび外に出られるとき、特に社交の場では、そのように侮られることがあってはいけないのですわ。」
真剣なまなざしを向けられてそう言われれば、そういうものなのね、と私は納得して頷いた。
「わ……わかりました。」
「お判りいただけて良かったですわ。 今はまだ、お洋服などをお選びになるのが苦手なご様子ですので、私共で見繕わせていただきますね。 ご協力いただけますか?」
「はい。」
納得はしたが選べるわけでもないので、お願いしますと頷いた私は、これをすぐに後悔した。
頷いた私を待っていたのは『着せ替え人形のようにいろいろと着たり脱いだりを繰り返すこと』だったのだ。
あっちは似合う、こっちも似合うと散々いろいろな服を着せられ、似合うと決まった物はクローゼットの洋服棚に、靴や鞄は収納棚に飾られるように乗せられて行き……私は疲労困憊なのだけど、レーラ含め、皆、とても楽しそうに見えるのだ。
(これ、は……ジョシュア様のため、なのよね?)
積みかなさっていく服に比例して募る不安になる。
かなりの数を購入する事に事になっていたようだ。
(そういえばアンナ。 アンナが止めてくれないかしら。)
ふと思い出し、アンナの姿を探せば、テーブルのところでアンナがマダムがドレスについてまだやり取りをしていたのだが、何やら10着程度は……という不穏な言葉が聞こえる。
(これ、本当に、ジョシュア様のため……何ですよね?)
そう疑問に思いながら、今日、何杯目かのハーブ水を口にしたのだった。
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もう一方が難航しておりますが、こちらはサクサク行きたいと思います!
☆一応毎朝10時更新を目標にしてます。




