看病
通勤・通学ラッシュを逆行するように、俺は松田妹を背負って駅を離れていた。背中に感じる熱は、額のそれと同じく、発熱によるものだ。
「翔太さん......ごめんなさい。こんな事頼んで」
いつもの威勢はもうない、弱った声。
「いや、家族なんだから当然だろ。学校サボれるし」
「あんなに楽しみにしてたじゃ無いですか。今からでも...間に合います」
「何言ってんだ。家に人がいないんだ。お前一人に出来るかよ」
言いながら、スマホを確認する。連絡は済ませた。親たちは夜には戻るらしい。
「取り敢えず、連絡したから大丈夫だ。父さん逹も今日中には帰って来てくれるらしい。」
「そっ...か。」
ほんの少し、背中の力が緩んだ気がした。その直後――
「翔太さん。最近色々な女の子と仲良いらしいじゃないですか」
「そんな...ことは無いと思うが?」
不意打ちのようなその言葉に、思わず歩く速度が遅くなる。
「三間先輩と付き合ってるって、1年生まで噂来てますよ」
「いや、それは……うーん」
「何ですかその反応は」
「ひなには...まぁ話してもいいか。俺本当は、付き合ってないんだ。」
「どういう事ですか?」
「まぁ、色々あって付き合ってる事になってる。三間は、別に好きな人がいるんだ」
「へっ...へぇ、まぁ、あんなに可愛い人、翔太さんには難しかったですかね」
少しの沈黙。そのあと、背中を抱える手がぎゅっと強くなる。
「うるせ」
◇
家に着くと、俺はひなを彼女の部屋まで運び、そっとベッドに寝かせた。
「ちょっと待ってろ。水とか冷えピタとか持ってくるから」
「うん...」
すぐに戻って、額に冷えピタを貼ると、彼女の顔が少しほころぶ。
「気持ちいい」
強張っていた顔が少し緩み。すやすやと寝息を立て始めた。
◇
あれから数時間、そろそろ昼の時間なので食べやすそうな物を選定し、再度松田妹の部屋に入ると、松田妹は起きていた。
「食べれるか?おかゆ、うどんからプリン、アイスまであるぞ」
「プリン...食べたい」
「了解。ほれ」
ビニール袋からプリンとスプーンを取り出し、手渡す。...が松田妹は、一向に受け取らない。
そのまま、じーっとこちらを見つめてくる。
「食べれない。あーんしてよ」
こいつ、熱が出ると甘えん坊モードになるのか。
しめしめとそんな事を考えながら、プリンをスプーンで掬い、顔に近づける。
「ほら」
「んぁ...」
普段ではあり得ない幼さを覗かせ、プリンを放り込む。
「おいしー」
むにゃむにゃと咀嚼し、普段では絶対見れない無邪気な笑顔をする。幸せいっぱいなご様子。つい数時間前では考えられない光景である。
「...汗かいた...。着替えたい...」
「わかった。どこだ?」
どこにあるのか分からないので辺りを見渡す。
「そこのピンク色の棚」
俺は言われるまま、棚を開ける。すると、棚には可愛らしい下着が現れた。
「おい!?これ下着じゃん!?」
「そりゃ...着替えるんだから下着必要」
なぜか堂々と返される。看病で逮捕される未来だけは避けたい。
下着と着替えをササッと取り、タオルも渡す。
「よし!じゃあお兄ちゃんは、着替えの邪魔にならないよう部屋出るぞ」
そう部屋を出ようとすると、松田妹が突然万歳をして来た。
「ん!!」
「...なんだ」
「ん!!」
こちらを万歳しながら見てくる。まさか
「いや...」
「おかーさんは、着替え手伝ってくれた。汗も拭いてくれた」
「ちょいちょい待て!?それはお母さんだから出来たこと。俺は、男だぞ!?」
「……じゃあ、私のこと……そういう目で見てるんだ」
「うっ、そんなわけでは無いけど..」
俺は恐る恐る彼女の服を脱がすと下着と白い素肌が露わになった。
落ち着け、深呼吸しろ。ミスは許されない。
俺は、タオルを持ち背中から汗を拭き始める。
「なんか拭き方キモいし。もう前は、自分でやるからいいよ」
そういうとつまんなそうに、俺からタオルを奪い取り自分で身体を拭き始めた。
◇
夜になり、親が帰ってきた。明日には学校に行けるだろう。
最後に夕食を持って彼女の部屋に入ると、すでに彼女は回復し、少し照れくさそうにベッドの上で座っていた。
「その、今日はごめんなさい。私のせいで」
夕食を運んでやると彼女はそう口にした。
「いや、良いんだ。いつも、君とは話せてなかったし、今日素の君と話せた気がしたんだ。熱出るとあんな甘えん坊になるのな」
「忘れて下さい。あれは何かの間違いです」
恥ずかしくなったのか、外方を向く。実際、かなりタガが外れていたしな。
「はは、よし俺ももう寝る。お前も暖かくして寝るんだぞ。じゃあな」
俺はそう言って立ち上がる。
「...あの、わがまま良いですか?」
その一声で俺の足が止まる。
「何だ?」
「今日、一緒に寝てくれませんか?」