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過去に戻れたと思ったら俺の身体じゃなかったんだか!?  作者: パリトン
2章

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29/33

お家にて

 街灯がポツポツと灯る夜の住宅街は、昼間とはまるで別の場所みたいだった。

 音が少ないせいで、自分の足音だけがやけに現実味を持って響く。


 目の前には二階建ての一軒家。

 見慣れているはずの外壁の色も、夜の下ではどこか他人の家みたいに見える。


 つい数ヶ月前には住んでいた――そう言っていいのだろうか。

 記憶はある。生活の手触りも残っている。

 なのにそれは、自分の人生じゃない。奇妙な感覚が、靴の中の小石みたいに意識の底に居座っていた。


 インターホンを押すと、静寂を割る電子音が夜気に溶ける。

 数秒後、スピーカーがカサッと鳴った。


「あ、本当に来たんですね」


 少し眠そうで、でもどこか安心したような声。

 語尾がくるっと上を向く。普段の彼女からは聞かない、軽い調子。


「おい」


 思わず素の声が出る。


「ふふっ、冗談ですよ。ちょっと待っててください。」


 鍵の外れる音。

 ガチャリ、と夜の静けさを割ってドアが開く。


 パジャマ姿の松田妹が立っていた。

 部屋着に包まれた細い肩が、外気に触れて小さく震える。


「どうぞ」


 中へ通される。


 リビングは静かだった。テレビもついていない。

 生活の気配はあるのに、人の声がない家はこんなにも広く感じるのかと思う。

 時計の秒針の音だけが、規則正しく空間を刻んでいる。


 好きなところに座るよう促され、東はラグの上に腰を下ろした。

 床から伝わる冷たさが、やけに現実的だった。


「何飲みますか?」


 キッチンへ向かいながら、振り返らずに聞いてくる。


「じゃあ、コーヒーで」


「もう夜ですけど、寝れなくなりますよ?」


「いいの」


 少し間があって、結局ローテーブルに置かれたのはココアだった。

 湯気がふわりと立ち上る。甘い匂いが、場違いなほど穏やかだ。


 松田妹は自分の分のカップを持ち、東から見て九十度の位置にあるソファに浅く腰を下ろす。

 背もたれには寄りかからず、カップを両手で包んだまま。

 まるで心の置き場が決まらないみたいな座り方だった。


 湯気越しに、東を見る。


「なんか、最近初めて話したのに、変な感じですね」


 ぎこちない笑み。

 けれど目は、何かを確かめるみたいに真っ直ぐだった。


 東はカップに口をつけないまま、立ちのぼる湯気を見つめる。

 白い揺らぎがゆっくりと形を失っていく。


 言えば終わる。

 言わなければ、何も始まらない。


 喉の奥で息を整え、視線を上げた。


「正直信じられないと思うが――」


 一拍。


「俺は松田だった。」


 空気が止まる。


 松田妹の指先がカップの縁に食い込む。

 白い指がわずかに震え、ココアの表面が小さく揺れた。


「……どう言う、意味ですか?」


 声は小さい。震えている。それでも逃げていない。


 東は視線を逸らさない。


「この三ヶ月、松田の身体に入っていたのは俺だ。」


 言葉が部屋の空気に落ちて、重く沈む。


 松田妹の呼吸が浅くなる。


「全く貴方は、私の気持ちもわかってません。数ヶ月も一緒にいたと言うのに」


 責める声ではなかった。

 置き去りにされた人の声だった。


「兄さんだと思って話してたのに……東先輩だったなんて……」


 カップを持つ手が震える。


「私、兄さんに向けてた気持ちの中に、東先輩が混ざってたってことじゃないですか」


 言葉にしてから、自分で意味に気づく。

 顔色が変わる。


「あ…だから東先輩から…」


 言いかけて、はっと口を押さえる。

 今まで胸の奥にあった違和感が、一本の線で繋がった瞬間だった。


「あぁ、、今私は最低なことを考えてしまいました。」


 兄を想う気持ちと、目の前の東に向いてしまった感情が混ざったことへの自己嫌悪。


 松田妹は、誰にも聞かれない声でそう吐露した。


 時計の秒針だけが、何も知らない顔で時を刻み続けていた。

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