図書室の妖精さん
「ひまー。何か面白いこと言って。」
隣にいる本とは、縁が遠そうな少女がが頬杖をつきながら、退屈そうに声をかけてくる。
昼休み。松田が図書委員になっていたので本の貸し出しの受付をしている。
本来なら二人一組でやる仕事だが、隣のクラスの女子、三間奈緒が椅子に気怠そうに隣に座り、スマホをいじっている
「…無茶言うな。というか、一応仕事中なんだか?」
こちらが渋い顔をすると、ムッとした表情で身を乗り出す。
「っていうか、君がサボってる間、仕事私1人でやってたんだからね」
「まだそれ言ってくる?」
松田は、俺が憑依するまで図書委員をサボっていたらしく、もう数ヶ月松田をやっているがまだ言ってくる。だいぶ三間は根に持っているらしい。
「もう、私一人で大変だったんだから」
「…それは悪かったよ。この通り」
しょうが無いので俺は両手を合わせてみる。
「...反省してる?それ?」
三間は疑うようにグイッ顔を近づけてくる。
「...わかった。じゃあ何か奢るよ。」
「ホント?じゃあ……お言葉に甘えて」
ここでの出費は痛いが、松田の財布の中身でどうにかするしかない。
「うーん。でも、何奢って貰おうかな」
「駅前のアイスとかどうだ?好きそうだし」
「何それ...まぁ好きだけど。それじゃ半年近く私が1人でやってきた苦労は報われない気がするんだけど」
三間が拗ねたように口を尖らせる。だいぶご不満の様だ。
「しょうがない、アイスにプラスで秘蔵のクーポン券をだな」
某チョコレイト工場の某チケットを手に入れる為に、お爺さんがへそくりを少年に渡す時の様に、財布からゆっくりと取り出し、三間に見せつける。
しかし、お気に召さなかったご様子、呆れた様にジト目で此方を見つめる。
「...松田くん、康太から聞いてるけど、やっぱり変わったよね。変な方向に...」
「よく言われる。ありがとう」
そのセリフは、耳タコ。
「褒めてないんだけど...。」
そんなやりとりをしていると、控えめな足音が近づいてきた。
「あのー...これ借りたいんですけど...」
そんな話をしていると同じクラスである。朝田和花が、本を抱えて申し訳なさそうにこちらを覗いている。
「ああ、悪い。今処理する」
一週目もちょくちょく見ていたが朝田は、お嬢様の様に、お淑やかでペンの持ち方から椅子の座り方、作法が綺麗な子でクラスみんなに話しかけてくれるクラス委員長だ。
渡された本には、『富士樹海の殺人』と書かれていた。ホラーな雰囲気があるが賞も受賞しており、面白いミステリーだ。
「おー、懐かしいな。富士樹海の殺人」
「えっ、松田くんご存じなんですか?」
朝田が目を丸くする。
「あぁ、終盤のどんでん返しが凄くて、一時期、頭からはなれなかった」
「それ!わかります!なんか…安心しました!自信持って大林くんに薦められます!」
朝田は、嬉しそうに微笑む。なんだか、こっちまで嬉しくなってしまう。
すると、後ろから軽やかな足音が近づいてきた。
「あれ?朝ちゃんと松田。ちょうどよかった。条件の話なんだけど。」
現れたのは、白坂だった。どこか気の乗らない雰囲気を纏う彼女だが、こうしてみると案外行動的なのかも知れない。
「おぉ、どんな条件だ?」
「文芸部の部員を集めるの手伝って!」
「文芸部?」
思わず聞き返すと白坂は、朝田の方へ目をやりながら続ける。
「私と朝ちゃん、二人しかいなくてさ。七瀬先生からも『このままだと廃部になる』って言われてるんだよね」
「それ、何人必要なんだ?」
「6人だから、後4人かな」
「4…か、結構ハードル高いな」
「そうなんです」
朝田は、しゅんと下を向く。
「どうする?やる?」
絶対無理って訳じゃない、絶妙なラインだな。
すると、隣に座っていた三間が口を挟んできた。
「一応、仕事中なんだけど?」
そう言いながら三間は、俺の足をゲシゲシと小突いてくる。彼女は明らかに仲間はずれにされるのを嫌がっている様子だ。
「そうだ、三間さん。文芸部入らないか」
軽い気持ちで誘ってみるが、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。
「はっはぁ? …なんで私が文芸部なんか……」
「そうか、三間さんダメだそうだ」
「そう…ですか…」
朝田がしゅんと肩を落とす。やはり本気で人手不足に悩んでいるのだろう。あの上品な笑顔が消えてしまうと、見ているこちらまで申し訳なくなる。
「ちょ…ちょっと!? 嫌とは…言ってないけど!?」
三間も流石に言い過ぎたと思ったのか、慌てふためく。
「お?」
三間は思いっきり俺を睨みつつも、どこか言いづらそうに言葉を紡ぐ。
「いちおう検討します」
「よし決まり! じゃ、ビラ印刷してくる!」
白坂が朝田の腕をつかみ、コピー室へ飛び出していく。
カウンターの奥には、急に俺と三間だけ。
窓から射す午後の光で、埃が細く漂った。隣のクラスのざわめきも遠い。
「……ねえ、松田くん」
三間が声を落とす。スマホを握りしめ、唇を迷わせる。
「さっき“検討する”って言ったけど、本当はもう決めてるんだ」
「文芸部入るのか?」
「うん。その代わり条件がある」
彼女は深呼吸して、カウンターの下で俺の袖をつまんだ。
「放課後、少しだけ時間くれる?」