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三錠  作者: カタハラ
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1. 日々

 朝、耳元のアラームで目を覚ます。身支度を整え、適当なモノを口に入れる。

 玄関を開け、階段を降りると、一階のジイさんが、玄関前のくたびれたパイプイスに座っている。

「おう、おはよう。」

 その元気のこもった挨拶は、毎朝、調子の上がらない俺の神経を逆撫でする。

「おはようございます。」

 声の方向に目を向けることなく、俯いた姿勢で、最小限に対応する。

 勤務先の工場までは歩いていく。通勤途中の風景は覚えていない。歩道の光景だけ。


 ゲートで、国民身分証カードかざして工場に入る。白い防塵服に着替える。

 仕事は、目の前のディスプレイに表示された指示に従う。作業は、オートメーション機械の補助。AIの指示に従って、部品をピックアップしたり、補充したり、機械の移動を行う。

 さらに設備投資が進めば、すべての機械化もそのうち完了するだろう。設備費用をケチっているのか、雇用のためにあえて完全機械化を避けているのか、わからない。


 ディスプレイに仕事終了の合図が出ると、また着替えて、カードかざしてゲートから出る。

 帰り道にストアで適当な食べ物を買って、家に帰る。

 食べて、寝る。


 この毎日を繰り返しているし、これからも繰り返すのだろう。

 同じ形の日々が、ずっと等間隔に、地平線の向こうまで並んでいる。

 うんざりする。

 この日々を感じる感覚や、思考、意識、器としての身体を疎ましく感じる。

 だから、休みの日は何もしない。動画、漫画、文章、適当な娯楽を何も考えず、流れ作業のように消化していく。最近は、長編の映画を観る集中力も、体力もなくなった。

 休み明けの朝は、目が疲れ、肩が張り、頭に靄がかかったようで調子が悪い。いつもより気分が優れない。いつもが良いわけではないが。


 ◆


 俺は、国が用意した、家族、血縁関係など、身寄りのない者が集められた集合住宅地の一画、2階建て6戸のアパートに住んでいる。

 住宅地内のアパートは同じ形状で、大抵の1階部分には高齢者が暮らす。そして、2階に住む若年層の一人がケアを行う。その若者にとって、そのケアが国から割り当てられた仕事だ。

 アパートに住むケアを行わない若年層は、業種は様々だが、国から割り当てられた仕事に就く。国から補助を受けている民間の工場での割合が多い。

 高齢者は、住居が割り当てられ、生活必需品が国から支給されるほか、固定給付金が渡される。

 固定給付金に関しては、昔と違い高齢者だけでなく、すべての戸籍を持つ国民に給付される。

 俺は、住宅費用を差し引いた給与の残りと、給付金で暮らしている。大きな贅沢をしなければ困ることはない。


 このような天涯孤独者のための集合住宅群は、ある年代までは急速に増加したが、ある時期を越えると、その勢いは止まり、空室も目立つようになった。地方では、誰も住まない廃墟と化している地区もあるようだ。

 その理由は2つ。

 高齢化の波のピークを越えた。

 もう1つが、人間が生身の肉体にこだわりを持たなくなった。

 意識の解明は、人の在り方を大きく変えた。


 ◆


 玄関を開けると、音に気を付けて閉じ、隣の部屋の前を、気配を抑え足早に階段まで通り過ぎる。気付かれると面倒くさいからだ。

 ふう、と一呼吸つき、階段を降り始めると、背後のドアが、ガチャっと開く音がした。

(最悪だ。)

 足を速めても遅かった。

「あー、タクミ。おはよう。」

 わざとらしい挨拶に捕まってしまう。

「おお。」

 素っ気なく答えて、そのまま振り切ろうとするが、大きな声で追い打ちをかけられる。

「途中まで一緒に行こうよ!いつもみたいに。」

 その声には悪気はない。

「ああ。」

 俺は仕方なく、また素っ気ない返事をした。

 ジイさんの

「おう、行ってらっしゃい。いつも仲がいいな。」

 という挨拶が、また俺の神経を逆撫でする。


 ◆


 隣、ニシモトの勤務先は、俺の勤務先と近い。

 ニシモトは、進む方向から目をそらさない俺の態度を気にせず、とりとめのない話を続ける。

 仕事のこと。観た動画のこと。食べたものの感想。暮らしの中で気付いたこと、疑問に思ったこと。

 それについては、何も覚えていない。素っ気ない返事で、聞き流すようにしている。

 ただ、

「見て。花。きれいだね。」

 などと、歩道の脇にある市民園芸プランター、街路樹などを、立ち止まって指さし、共感を求めてくるのは、すごく煩わしいと感じる。それも、2日続けて同じことを言うときもあり、そんなときは、苦虫を噛み潰しながら、

「ああ。」

 と、聞こえないくらいの、腹立たしさを込めた返事をしてしまう。そして、そんなことで腹を立てる自分が小さく、惨めに思えてしまう。


 だから、嫌なのだ。


 ◆


 夕方、まだ周囲がオレンジ色に染まる時間に帰ると、アパートの前に、杖を突いたお婆さんと、付き添うキクチがいた。

「タクミさん、おかえりなさい。」

 キクチが声を掛けてくる。その声に合わせて、お婆さんも小さくゆっくりと会釈したようだ。

 お婆さんの顔には、いくつもの深い笑い皺が刻まれていて、いつも目を細めた笑顔のように見える。その人生は幸せに満ち溢れていたのだろうか、といつも考えてしまう。そして、どうしてそんな人が、最終的にこんなところへ来ることになったのだろうかと、同時に考えてしまう。

 お婆さんの部屋のネームプレートは、目を凝らさないと何と書いてあるかわからないほどに、色褪せていた。

「どうも。」

 俺は、軽く挨拶をして階段へ向かう。

「あっ、タクミさん。

 また、ご迷惑でなければ、僕の書いた小説の感想をいただきたいんですが。」

 呼び止め、遠慮がちにキクチが言った。

「ああ。いいよ。」

 少し考える仕草を見せて、俺はキクチの依頼を受けた。


「やった。」といって自分の部屋に原稿を取りに戻るキクチを待つ間、婆さんと二人きりになった。キクチの代わりに付き添う。こんな近くで接するのは初めてだ。

 婆さんは、S字に曲がった身体を支えるように、杖に両手をのせ、アパートの敷地の外、どこか遠くを見ているようだった。


 同じ一階のジイさんは、この二人と距離を置いているらしい。一緒にいるところを見たことがなかった。自分も婆さんと同じ立場だと思いたくないからだろうか。


 自分も婆さんの視線の先を一緒に眺めるようにしていたが、おもむろに、婆さんの顔を盗み見た。

 深い皺に押しつぶされたような、細い隙間を窺う。目を凝らすと、その奥には、その表面上の笑顔とは違う、全く喜びの感情を宿していない目があった。その目には何の感情もなかった。

 暗闇の底を覗き込んでしまった、見てはいけないものを見てしまった、という後悔が渦巻く。

 意識すると、婆さんの口からは、か細い呼吸の音が聞こえる。まるで、それだけが生きている証だというように。


 得体のしれない恐怖に取り憑かれた俺は、キクチからプリントアウトされた原稿の束を受け取ると、「読めたらまた感想言うよ」と逃げるように階段を駆け上がった。

 夕暮れのオレンジを消し去り、夜の黒が広がる。

「寒くなってきたね。」

 キクチは、いたわるようにお婆さんの背中をさすり、部屋へと促した。

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