いざ尋常に!婚約破棄!レディゴー!
「婚約破棄をしたいとあなたは仰るのですか?」
それは優雅に二人で午後のお茶を楽しんでいる時であった。
眼の前の婚約者が挑むような目つきでこちらを睨む。
彼はこの国の王子であり、私は聖女。
「あぁそうだ。婚約破棄をお前に申し込む!」
私の問いに是と答えた王子から気炎が上がるのが見える。
並々ならぬ決意が。
私を打ち負かしてやろうという気概がそこから感じ取れる。
これから国を共に支えていく事になるはずの二人の間に火花が散る。
「なるほど……私に婚約破棄を申し込むと……」
深く静かに息を吸う。
眼の前の男は先程までの婚約者では無い。
聖女たる私に挑まんとする挑戦者であると理解せざるを得なかった。
「「ならば!」」
二人は同時に声を上げる。
そうして、開戦の狼煙が上がった。
「婚約破棄……レディィィィィゴー!」
◇
「ダイスロールだ。まずは俺から振らせてもうとしよう」
「どうぞご自由に」
王子が振った賽の目は5。
続いて振った聖女の目は3であった。
つまり、王子が先行を取ったという事だ。
婚約破棄において先行は有利と言える。
相手に有無を言わさず攻めきる事ができれば一方的な展開もありえるからだ。
「俺のターン!ドロー!ふん、ターンエンドだ」
流石に1ターン目から動くことができない。
根回しが必要なのだ。
何も無い状態で動くことはできない。
「では、こちらのターン。ドロー。初手は中々動けないのは同様ですね。こちらも1信頼では動きが取れませんので」
聖女の1ターン目も王子と同様に手札を増やし信頼を増やすだけで終了した。
戦いが動き始めるのはある程度マナが溜まってからだからだ。
そうして2ターン目も特に何事もなくターンの交換を終えて3ターン目。
ここで王子が動く。
「俺は場に悪意のある公爵令嬢を召喚!そして召喚時効果を使用する!金に釣られた取り巻きの召喚!」
召喚時効果とは召喚された時のみ使用が許される効果であり、それはぞれぞれのキャラクターで違う。
そして悪意のある公爵令嬢の効果はと言うと。
「このスキルの効果により取り巻きトークンを3つ場に出すぜ!トークン1つにつきこちらの陣営の攻撃力+100だ!」
「ふむ……」
「続いてマジックカードを1枚伏せてターンエンド!ふふふっ……次からお前の陣営を崩していくのでな。覚悟をする事だ」
得意げに笑う王子の顔を涼しげに見ながら聖女は次のカードを引く。
「私のターン!ドロー!」
「ふふっ、聖女陣営は基本的にコストが重い。さぁガードが出せるかな?」
聖女はスロースターターだ。
決まれば大きい効果を持っているキャラは居るが、それが出るまで場を持たせられるかが問題。
だからこそ、ダイスロールで先手を取られたのは痛手であった。
「マジックカードを伏せてターンエンドです」
「おや、何もガードを出さなくて良いのか?そんな防御で凌ぎきれるのかな?」
「御託は結構。そちらのターンですよ」
王子のマナもそれなりに溜まったターン。
ここからが婚約破棄の本番。
そうして王子の攻めが始まるのだった。
「俺は場に理解不能の王族を召喚!そして、悪意のある公爵令嬢で攻撃をする!」
王子が宣言する。
このままでは聖女のライフは削られてしまう。
だが、スロースタートだからこそ序盤を凌ぐための方法も存在する。
「マジックカード発動!聖女の威光を使います!貴族属性を持つ者はこのターン聖女陣営を攻撃できません!」
「ならばこちらも伏せていたマジックカードを発動だ!」
「!?」
このターンを凌ぐ事はさせないと王子がアクションを起こす。
王子は聖女のメインカードが出てくる前に致命的なダメージを与えておかなければならない。
初動を崩されるわけにはいかないのだ。
「マジックカード!感情論!このターン令嬢属性を持つ者の行動を妨げる事はできない!」
「くっ……理屈で考えないケダモノはこれだからっ!少しは後先を考えなさい!」
「ふふふっ……そこが可愛いところではないか。さぁどうする?」
「ライフで受けるわ!」
聖女のライフが一つ削られる。
そのライフこそ婚約破棄の勝敗を決する大切な物。
5つあるライフが削りきられた時、その婚約は敗者の責任となり破棄されてしまうのだ。
「よしよし、こちらは理解不能の王族を守備表示でターンエンド。さぁ、このままでは一方的になってしまうかもしれんなぁ!」
「言ってなさい……こちらのターン!」
先手である王子が動き出しは早かったが聖女の信頼も溜まってきている。
まだ戦闘は始まったばかりだ。
「場にイケメンの第二王子と信頼できる侍女を召喚!信頼できる侍女の召喚時効果でデッキから1枚ドローするわ!」
「ちっ……優秀な侍女だ。お前には勿体ない」
「お褒めの言葉ありがとうございます。続いて第二王子のスキル、王族らしからぬ迅速行動。王族の召喚酔いをキャンセルできるわ!私は第二王子を指定!」
「良いだろう。だが、こちらの理解不能の王族は悪評トークンの攻撃力+300がされている。そちらの顔だけの雑魚とは相打ちだ」
「くっ!守備表示でターンエンドですわ」
召喚酔いというのは場に出したターンはキャラクターは攻撃をする事ができないという制限だ。
本来であれば第二王子はそれをキャンセルする事ができ、即座に殴りに行けるという強みがあったが、今それを行う事はできない。
素の状態であれば第二王子は一方的に理解不能の王族を倒すことができるはずだが、公爵令嬢のスキルによって攻撃力が上がっていたからだ。
そのため何か一手があれば返り討ちになって終わりだ。
聖女としてはキーカードを引くため防御重視の今としては無理して攻撃する事できなかった。
「俺のターン!ふっ……貴様が待つ者が現れる前に決めてやろう……勝負をな!」
王子が天高く手を翳し、新たなキャラクターを召喚する。
「理解不能の王族を生贄にして特殊召喚!破滅を導く無自覚な道化を召喚!」
「これは……っ!」
「召喚時効果を発動!現在の場の王族、貴族の数だけ破滅を導く無自覚な道化の行動回数が加算される!これには相手のキャラクターも含まれる!」
「対象となるのは悪意のある公爵令嬢とイケメンの第二王子……つまり……」
「そう!こいつは今は3回行動だ!そしてこいつに召喚酔いは適応されない!」
聖女のライフは1つ削られているので4。
王子は立て続けに攻めを継続する。
先程宣言したようにこのターンで決めきる気なのだ。
「続いて手札からマジックカード発動!追放命令!相手の王族属性キャラクター1枚を取り除く!イケメンの第二王子を指定!」
「グググッ……!通しますっ!」
「破滅を導く無自覚な道化でアタック!」
その名の通り破滅が聖女へと迫る。
道化は今は3回攻撃だ。
つまり聖女のライフが3つ削られるという事。
残りライフは1となってしまう。
しかし、聖女に防ぐ手立てはなかった。
「ライフで……ライフで受けるっ!」
「よく言ったぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
聖女のライフは今や風前の灯火。
あと1度攻撃を受ければその時点でこの勝負は聖女の敗北だ。
「公爵令嬢で貴様の侍女を討ち取っても良いが、まぁ情けだ。これくらいにしておいてやろう。ターンエンドだ」
「くぅ……何が情けよ。悪評トークンのプラスが消えるのを嫌がっただけでしょ」
「どうとでも言うが良い。さぁ貴様のターンだ!そう、最後のな!次のターンで俺はお前のライフを削りきるだろう!ハーハッハッハ!!
高笑いする王子を憎々しげに睨みながらも聖女の目は輝きを失ってはいなかった。
(まだ……まだ婚約破棄は終わっていない……)
場は王子に制圧されていると言って良い。
だが、聖女はまだ希望を捨ててはいなかった。
「このカードに掛ける……ドロー!」
「ふんっ……今更何を引こうが……」
王子の余裕の笑みは崩れない。
ライフの数でも場の状況も既に勝負が決して居ると言っても良い状態。
唯一、手札が0枚な事だけが王子のネックとなるが、それもあと1ターンで終われれば問題にはならない。
そう考えながら聖女を見れば彼女は顔を下に向けながら何かを呟いていた。
「どうした?負けを悟ったか?謝っても許してやらんがなぁ!」
小さな声でブツブツと呟く聖女を見て勝利を確信した王子。
だが、それは間違いであった。
「それは……それはこちらの台詞よ!マジックカード発動!異世界への扉!」
「なにぃ!」
「デッキを全て見て相手の最高コストキャラクターよりも1高いコストのキャラを特殊召喚するわ!」
「破滅を導く無自覚な道化のコストは6……という事は」
「私はコスト7のこのキャラクター!星天の守護者カウンターハイリガーを召喚するわ!」
「なんだとぉぉ!」
「あなたの手札は今は0枚。伏せているカードも無いからこの召喚を止めることは不可能!」
「くぅぅ……通す!だが、効果の確認をさせてもらおう!」
「はい、どうぞ」
聖女はデッキから抜き出したカウンターハイリガーを王子の目の前に滑らせる。
悠々とシャッフルをしながら王子の顔が驚愕に染まるのを面白そうに眺めていた。
「なになに……召喚時効果。攻撃力と防御力を直前のターンで削られたライフの数×2000分アップする」
「さっき3つ削られたから+6000ね」
「場に居る限り相手は全ての効果を可能な限りカウンターハイリガーを対象としなくてはならない」
「流石は守護者ね」
「相手に効果の対象とされた場合、攻撃力と防御力を-1000する事で相手の効果を無効化する。この効果は必ず宣言しなければならない」
「頼りになるわぁ」
「クソカードではないか!」
口調は荒く、だが丁寧な所作でカードを聖女へと返す王子。
そうして続行されるゲーム。
「さて、私の行動はまだ続くわよ。マジックカードも手札も無い丸裸のあなたは眺める事しかできないわけだけどねっ!」
「くそぉ!序盤は良い感じに攻めれていたというのに捲られるのか!」
「調子に乗って私を攻めたあなたがやりかえされる……これこそがざまぁと言う物よ!」
そうして聖女は場を制圧して王子のライフを削り切るのであった。
◇
「ありがとうございました。良い婚約破棄でした」
「はい、こちらこそ。良い婚約破棄でした」
勝負が付けばノーサイド。
どちらも爽やかな顔でお互いの行動を振り返るのだった。
「いやぁ、ちょっとそのカード駄目じゃない?無効化と対象指定は厳しかったなぁ」
「素出しするとサイズはそこまで大きくないからね。直前でライフ3つも割るのが悪いのよ」
王子と聖女の感想戦は続く。
そう、これは婚約破棄を題材に今市井で大流行中のカードゲーム。
『婚約破棄スピリッツコレクション』
王子陣営と聖女陣営に分かれて婚約破棄の責任を押し付け合う狂気をテーマとしたゲーム。
二人は仲睦まじくこのゲームを行っていたのだった。
「というか、王子陣営のカード名ひどすぎない?俺、そんな悪い事した?これは開発か運営に俺に対する悪意を持つ者がいるな!」
「ふふっ、あなたが悪いんじゃなくて私の人気が高すぎるのよ。それにこんなゲームを作れるくらいこの国が平和で自由って事ですもの。良いことなんじゃなくて?」
「でもなぁ、俺だって結構頑張ってるのになぁ」
「まぁまぁ、こんな可愛らしい聖女様を娶ったんだから、これくらいの事に目くじら立てないの」
そう可愛らしく王子の口を人差し指で封じる聖女。
王子はゲームでも負けたが、現実でも王子は聖女に勝てそうに無いなと笑うしかないのであった。
昔やってたTCGをふとやりたいなって思うんだけど相手が居ない。
あると思います。
婚約破棄がキーワード詐欺だって?
ちゃんと婚約破棄してたはず……
ざまぁがキーワード詐欺だって?
調子に乗った王子が逆襲でボコられたはず……
ごめんなさい。
許してください。
異世界恋愛に登録する勇気はありませんでした。