第八章
宴席を逃げるように飛び出したクローディスはしばらく茫然と生えている樹を見ていた。
「おい、振られ男、こんなところで何をしている?」
ベネディクトがそう言って同じく宴席を抜け出してきた。
「あっちの柳が所望か、振られ男の首飾りとして使うか」
「振られ柳か」
「さて、どうする。君の主人に損害賠償を求めるかな」
「損害賠償だと」
気色ばむクローディスにベネディクトは苦笑して言う。
「仕方あるまい、主人にヒローインを奪われたのだから」
「放っておいてくれ」
「八つ当たりはよくないぞ、恨みははっきりと相手に返すべきだ」
「放っておいてくれないなら俺の方であちらに向かう。さようならだベネディクト」
肩をそびやかせさらに庭の向こうへと歩いていくクローディスにベネディクトはため息をついた。
「やれやれ、今宵はろくなことがない。あのビアトリスと踊る羽目になったしあの女はのべつ幕なしに俺に対する悪口雑言。会う人ごとに俺に対する評判を貶めているのだろうな。全く俺が道化だとふざけた女だ」
吐き捨てるように言うとまた笑う。
「あああのビアトリスが俺の評判を落とそうと悪だくみをするならいずれ思い知らせてくれよう。あのバカ女をこっぴどい目に合わせてやろうさ」
そう言ってしばらくビアトリスにどうしてやろうかと考え込む。
「おい、クローディスを知らないか」
ペドロがレイナートとヒローインを連れて歩いてきた。
「いったいどこに行ったのだ、お前も探して来い」
「あの、探してきてどうするので、どの道に合わせる顔なんてないでしょうに」
ペドロはベネディクトのしらけた目に驚いた顔をする。
「信じた相手に裏切られ傷心の男に傷口に塩を塗りに来るので、あれは本当に後悔しておりました。ご馳走のあるのを知らせたばっかりにすきっ腹を抱えて、一人で食べればよかったと悔やんでも悔やみきれぬと泣いておりますのに」
「何を盗んだというのだ、私は鳥に行く先を教えただけだぞ」
「その鳥はどうしているので」
「そう言えばビアトリスがお前がビアトリスの悪口雑言を並べていたと腹を立てていたと他の男から聞いたと言っていたな」
「ちょっと待ってください、そんな殺生な、私はあの女にもうかかわりたくないのですよ、あの女にかかわらないで済むなら枝一本でドラゴンに挑んだ方がどれほどましか」
そのまま膝をついて懇願する。
「どうか地の果てまで向かう任務を与えてくださいませ、どれほど下らない用であっても誠心誠意努めさせていただきますゆえ、地の果ての国までつまようじを取りに行けと言われれば喜んで、あの女の形をした魔物に引き渡されることを考えればそちらの方がよほどまし」
「ああ、ビアトリス殿、どのような御用なのです」
クローディスの困惑した声が聞こえてきた。
「これはまずい私は即逃げさせていただきます」
あたふたとベネディクトは飛び出していく。
「おや、逃げてしまった。ビアトリス殿あなたの勝ちだ」
「ああ、そうでございましょうね。あの方の勇気などそんなものよ、誰に勝てるか知らないけれど」
クローディスはペドロをこわばった顔で見ていた。