第七章
赤いドレスに真っ白なベールが浮き上がって見える。この従姉妹同士は誰が見ても一目瞭然。
ビアトリスとベネディクトは二人連れ立って踊っていた。
何故か周りから囲い込むように誘導されベネディクトはビアトリスと踊らざるを得なくなっていた。
ビアトリスは踊りながら探るような目でこちらを見る。
幸い面をかぶっているベネディクトはその顔かたちを見られることは無いがいつばれるかとひやひやしていた。
「どこのどなたかおっしゃらないおつもり? でも随分と我が家の事情に詳しいようで」
ビアトリスは値踏みするように目を細めた。
うっかりとした言葉でこの城の内情を知っていることがばれてしまった。ベネディクトは冷や汗をかく。
極力自分の声を低くして答えた。
「それはお話しできません」
「じゃあ、誰から聞き及んだんですの?」
これから先喋る言葉には細心の注意をしなければ。ベネディクトは手が汗ばむのを感じた。
「まあ、誰から聞いたか見当はつくけれど。大方ベネディクトさんでしょう」
この女わかっていっているか。
思わずそう食いつきそうになったがこらえた。
「そう言えばご存じ、あの道化で高名なベネディクトさん私の言葉を滑稽百物語の丸写しなんて暴言を吐いてくださった」
「それはまだ誰でしょうねえ」
「あら、ご存じない、あの方に大笑いさせられたことございませんの」
「それはまた、どういった方でしょうね」
ふふんとビアトリスは鼻で笑う。
「あの方は道化、ただのおべっか使いでどうしようもない人。あの人のずば抜けた才能は人に向かって誹謗中傷を紡ぎだすだけ、まあ底の浅い人だからそう長く人を面白がらせるわけには行けませんわ、あの人が歩くところ白けた空気が漂うのみ」
「その方にもしあったらその通りに話して差し上げましょう」
「ぜひそうしてくださいな」
そして目をそらし、踊る他の人々を見やる。
「どうせあのあたりにいるんでしょうよ、こちらに来るかしら来たらどうせくだらない減らず口で私に対して的外れの誹謗中傷を一つ二つくださるでしょうよ」
そう言ってにっこりと笑う。
「さあ先に進みましょう」
踊りの輪は緩やかに進んでいく。
「よき方向に進めるでしょうか」
「悪い方向に向かったらその先でお別れすればよろしいのよ」
一つの曲が終わり、それぞれ踊っていた者たちがわかれる。ペドロはレイナートに向かって歩いて行った。
「おやおや、ヒローインにもしかして兄が惚れこんでしまったかな、まさかあの父親にヒローインを自分に引き渡せというつもりかね」
「あちらにクローディスがいます。面をかぶってぽつんと立ち尽くして」
ヨハンはにんまりと笑った。
「これはこれは、もしかしてベネディクトさんではありませんか」
クローディスは本当のことを言うわけにはいかないのでそのままベネディクトを名乗った。
「ベネディクトさん兄の様子を見ましたか、どうやらヒローインに惚れこんでしまったらしい。貴方は兄の側近です、どうか兄に忠告してくださいませんか?どうも身分違いなのではないでしょうか」
「どうして真相をご存じなのです?」
「あちらで娘にに誓っておられた。そしてその父親に婚儀がどうとか話しておられたようでしてね」
ヨハンはすっと顔を伏せた。そしてすっと背を向けて立ち去る。その時歪んだ笑みを浮かべたことをクローディスは見ていなかった。
「俺は信じてよかったのか、ああ、やはり自分の口から伝えるべきだったのだ。自らの恋は自ら解決しなければならなかったのに」
胸によぎる苦い思いにクローディスは深いため息をついた。