第五章
晩餐が終わった後家族だけでくつろいでいた。
「そう言えばヨハン殿はどうしたのだろうな」
レイナートは夜の酒をあおりながら呟く。
アントニオもつまみのチーズをつまみながら答えた。
「何やら体調がすぐれないとか」
「ああ、なんだかあの人いつもつまらなそうな顔をした方だわ。この世の不幸をすべて受けているような」
こちらは一切飲み食いしないままビアトリスは呟いた。
「本当に陰気な方ね」
ヒローインすらそう言った。
「ああ、でもベネディクトさんと合わせたらちょうどいいのじゃないかしら陰気な人と軽薄でどうしようもない男と」
「おやおや、それはどういう割合でか」
レイナートは姪の軽口に合の手を入れる。
「ヨハン様にベネディクトさんの口をあの軽薄な軽口しか言わない代物を、そしてあの長い脚、そしてヨハン様の大きな財布、それだけそろえばどんな女もその気にできましょう、できるならね」
くすくすと笑い声が響く。
「口の悪いにもほどがある」
「嫁の貰い手が見つからん、こんな激しい娘では」
レイナートとアントニオは姪を見て深いため息をついた。
「それは結構なことだこと、私はくだらない男なんかとかかわりあって自分の人生を食いつぶすなんてまっぴら、激しいね、それなら私の角は小さいということなぜなら神は激しすぎる牛には短い角を授けるそうですから」
「それでどうするつもりなのだ子を持たずに死んだ女は猿に導かれて地獄行きと決まっている」
アントーニオがそう言うと。
「地獄に落ちるならそれも結構、どうせ地獄の門に行けば悪魔に天国に追い出されるでしょうよ」
レイナートとアントニオは深い深いため息をついた。
「ヒローインや、お前は父の言うことを聞くよな」
「そうともああなっては終わりだ」
そんな二人にこたえたのはビアトリスだった。
「もちろんヒローインはそうするでしょうよ、だってヒローインはお父様の言うことをよく聞く良い子ですもの、そう致します以外ヒローインがそういうのなんて想像もできませんわ」
満面の笑顔でそう言ったビアトリスはヒローインに向き直る。
「でもヒローイン、相手がいい人ならいいけれど、そうでないならちゃんと自分の心にかないましたら、そう言わなければだめよ、自分に正直でないと」
「お前とていずれは夫を迎えなければならんのだぞ」
レイナートの言葉にビアトリスは笑い飛ばす。
「どのみち土くれとなるものに人生を預けるつもりはありませんわ、結婚、夫、おおぞっとする伯父様そんなものにかかわるのは全く持ってごめんですわ」
「ヒローイン、あの方の言葉を聞いたなら私の言うとおりにこたえるのだぞ」
「言い分が気に食わなかったら聞かなかったことにしなさい、音楽に紛れて聞こえなかったふりをすればいいのよ、あまりに軽はずみなことをするもんじゃないわ、夫を持ったら幸せになるなんて嘘っぱちいくらでも心配事が増えるだけ」
「まったくさといことだなビアトリス、先のことをいくらでも見渡せるらしい」
レイナートが忌々しげに呻くと。
「それが自慢なんですのよ」
ビアトリスはすまして答えた。