第四章
レイナートは宴会の準備のために仕事場に詰めていた。
「兄上」
「おや、アントニオ甥はどうした。楽隊はどうしている?」
弟の姿にレイナートは軽く笑った。
「うちの息子はそれで天手古舞だ。それと妙な話を聞いた」
「妙な話とは」
「夢のような、夢と思ったほうがいいかもしれない」
何やら思わせぶりなしぐさにレイナートはいらだった。
「いったい何なのだ」
レイナートの弟アントニオは大きく息をついた。
「ペドロ殿の側近の一人騎士クローディスだが、どうやらお前の娘ヒローインに惚れたらしい」
レイナートの目が大きく開いた。
「先ほど庭を横切った使用人の一人が聞きつけた。どうやらあの男の恋煩いは重いようだ」
「夢のような話だな、まあ夢と思っておこう。まこととなるなら」
そういうレイナートの顔はどこか感慨深そうで。
「ヒローインに言うのか」
「ほのめかすぐらいはしてもいいかもしれない、しかしその話をお前にしたのは分別のあるものであろうな。」
「それに関しては、もともと口が堅いし、厳重に口止めもしておいた」
二人はひそひそと話し合う。
ペドロの弟ヨハンはどこか物憂げにしていた。
「旦那さま、何やら物思いにふけっておられるようですな」
ヨハンは白けた目で目の前の部下コンラートを見た。
「知ったことか、ああ、何もかもくだらない」
「そのように気鬱になられても良いことなどありませんよ」
「生まれてこのかた貴の晴れたことがない、良いことなどあったためしもない」
そう言って忌々し気に空を睨んだ。
「ああまったくあの兄のそばで大輪と咲く薔薇よりも、離れたところで小さく咲くの薔薇になりたいものだ、何もかも兄ばかりがいい思いをする。私に残るのはカスばかり」
そして壁を拳でたたいた。
「いつかあの首に食らいついてやりたいものだ。さぞやせいせいするだろう」
「どうされました旦那様」
もう一人の従者がイラついた様子の主に驚いた。
「ポラチョ、どうした」
「先ほどあの方の様子を見てまいりました。城主の御もてなしにご満悦の様子でございました」
「何だ、悪しき知らせか」
ポラチョはそっと目を伏せた。
「どうやらペドロ様は御縁談を考えておられるようで」
「それはいったい誰と誰の話だ」
「自らの片腕と呼ぶ騎士クローディス殿。そしてその相手は城主レイナートのご息女ヒローイン殿」
ヨハンはしばらく考え込んでいた。
「なるほど、その試みが破れれば随分と面白いことになりそうだ。あの兄が赤っ恥をかく羽目になるならこちらの気も晴れようそれでどこでそれを聞きつけた」
「ペドロさまとクローディス殿が何やら内緒話、それに関しては少々長くなりますがとにかくその娘語をかき口説きクローディス殿に下げ渡すとか」
「クローディスか、前々から気に食わないと思っていた。あの忠臣面を見るたびに気分がふさぐ」
そしてヨハンはにんまりと笑う。
「今はおとなしくしていよう、後の楽しみのためにな、ポラチョお前は俺の役に立ってくれような」
ポラチョはその場で頷いた。