第十一章
「俺の部屋から窓辺にある本をとって来い」
ベネディクトは最低限の仕事をさせている持童に用事を言いつけて誰もいない果樹園で深く深くため息をついていた。
「ああやれやれ、全く持って度し難い」
クローディスはもはやヒローインとの婚礼に気持ちを持っていかれてしまった。
それをただベネディクトは見ているしかなかった。
「ああやれやれ、もとはと言えば軍事しか知らない武骨者、女など一度も目もくれない男だったというのに」
愚痴は次々と出てくる。
「あいつは軍事のことで頭がいっぱいだ。流行りの衣装よりより良い鎧にこそ価値を見出す類の男だった。素晴らしい鎧職人がいるとなれば野を越え山を越えてはるばると進みそれを見ずにはいられない男だったというのに」
爪を噛みつつ呟く。
「ああそうだ、あいつはいつも女にうつつを抜かす相手を呆れた目で見てたじゃないか、それがヒローインと出会ったときにはもはや現どころか魂まで抜かれてしまった。ヒローインの婚礼衣装に似合う服はいったい何だろうと仕立て屋を呼んでああでもないこうでもないとずっと頭を悩ませているなんでああなってしまったのか」
果樹園には誰もいない、そのためとめどもなく不平不満をこぼし続ける。
「ああまったく、恋は恐ろしい、俺があんな風になってしまうなど考えただけでも寒気がする。まったく所帯を持つなどまっぴらごめんだ」
そう言って体を抱きしめるようにし身震いする。
「いつもは簡潔極まりない言葉を選ぶあの男が、今はまるで出来損ないの詩人のように何やら珍妙な形容詞をひたすら使ってわけのわからない言葉をひたすら吐き続けるのだ。聞いていて頭がぐらぐらしてくる」
再び身震いする。
「しかし、あれは恋をしようとして恋をしたわけではない、たまたまヒローインのそばに立っただけ、それであいつは恋の虜、俺も明日にはそうならないと限らない、いやいや俺が恋をするならやはりそんじょそこいらに転がっている女であるはずがない」
そして天を仰ぐ。
「そうだ、今までいかなる美人、才女、淑女と出会ってきただろう、それで一度でも心が動いたか、断じて否、そうともそんな今まで出会った優れた女の一番優れたところをすべて勝る、そんな女が現れたら俺は恋に落ちるかもしれない」
そして考え考えそのような女とはどんなものかと考え考え言葉にする。
「まず、財産を持っていること、それは譲れない、才のある事は当然のことそうでない女などまっぴら、淑やかなこと、そうでなければそばに置くことなどありえない。美しいこと、でなければ何の価値がある。優しいことは当然だ。そして品のない女は御免だたとえそれが天使であっても。品よく喋りそして音楽の素養があるのもいいな、そこまでそろっていれば髪の色は髪の思し召しのままにだ」
そこまで一息に言うと誰かが歓談している声が近づいてくる。
「やれやれ、やり過ごそう、ちょっとここに隠れておこう」
そう言って茂みに潜り込んだ。




