序章
干戈の鳴る音と雄たけびがその一団を彩っていた。
その一団は徐々に近づいてくる。
「やれやれせわしないことだ」
壮年の男はその長いあごひげを撫でながら嘆息する。
彼はレイナートー、王よりこの地を収めるよう命じられたものであった。
一戦を終えてアルゴンの領主箱の館に宿を借りたいと報告があったのはほんの一昨日のこと。かの地の戦の噂は耳にしていた故心構えはしていたがあまりに早い到着だ。
「そのことは誠に申し訳なく」
その知らせを伝えた伝令は少々顔を赤らめた。戦地のこととて心遣いが足りないと責められるのは仕方がない。
「ああ、すでに鬨の声が聞こえてきた、あれがこれから戦が始まる時に聞く声でなくて誠に重畳」
そう傍らの侍従が軽口をたたく。
その背後に数人の侍女を控えさせた華麗な装いの二人の少女たちがいた。
一人の髪は淡く瞳の色も薄い青だ。一人はその髪色は濃く、瞳は濃い緑。ともにその顔立ちは愛らしくいかにも淑やかな楚々とした美少女たちだった。
姉妹のようによく似た二人だったが実は従姉妹同士。色合いの薄い方がレイナートの娘であり、色合いの濃い方がレイナートの姪であり幼くして両親を失ったがために養女となっていた。
お揃いのドレスを着た二人は仲睦まじく客人が来るのを待っていた。
周りの人間がどれほど死に物狂いになろうともお嬢様である二人には何の苦役もない二人はただこれから退屈しないだろうと客人の到着を待っていた。
「さて、戦果はいかほどとなった?」
「さしたる損傷ものなく、戦死者と手数えるほど、身分高き方々はただの一人も亡くなられなかったとか」
レイナートは莞爾と笑った。
「さてさてめでたいことだ。出立したときとさして人の数が変わらぬとは」
「まことにめでたいことで」
「特に目覚ましき騎士があったとか。クラウディオとか申す騎士、その者に特別の恩賞があったそうだな」
「この地に叔父がおられるとか、その方もことのほかお喜びにございます」
「おや、もう知らせたのか」
濃い髪の娘が何やら思い出したように口を開いた。
「そう言えば、あれは生きて帰ったの、あのやりの名人と称するあの人」
「槍の名人だけでは多数おられますので」
「どうしたのだ」
そう聞けば娘の顔は苦虫をかみつぶしていた。思い出したくもないことを思い出してしまったと言いたげだ。
レイナートは姪の顔を覗き込む。
「パディアのベネディクトさんですわ」
吐き捨てるように言う。
「ああ、あの方なら誠にお元気でございます」
ちっと舌打ちの音が聞こえた。
「ベアトリア」
険悪な顔になった従姉妹にレイナートの娘はそっと声をかける。