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ループ

作者: 黒糖雨

 俺が仕事を終えて帰る途中にある空き地には、どうにも奇妙な生き物が住んでいる。

そいつは何時も、風雨に晒されて表面がまるで黒ずんだミートソースのような色に錆びたロッカーの中に潜み、俺が近づけば威嚇し、俺以外が近づいても威嚇する。

姿は身体の大半がロッカーの中に隠れていて見えないが、おそらく一メートルちょっとの大きさの身体と、暗がりの中から少しだけのぞく、毛深く、大きく裂けた口を持っている、おそらく犬のような生き物。

そんな風にその生き物は俺の中では認識されていた。

 

 初めてそいつを見つけたのは首尾よく仕事が終わった日の帰り道。

 仕事とはいってもいってしまえばアルバイトであり、その日は偶々給料日で久々の収入を得た日だった。

 コンビニに立ち寄り肉まんを三個ほど買って、帰路についていた俺は家まであと数メートルの場所でそいつを見つけた。

 見付けたとはいうが実際は強烈な視線を背筋に感じ、見つけざるを得なかったというのが正解だ。

 情けない話だが暗闇の中から俺を睨む二つの光を見つけたとき、少しちびりそうになった。本当に情けない。

 

 空き地には多くのガラクタが転がっていて、そのガラクタの積み重なった山の頂上にそいつの隠れているロッカーがおいてあった。

 興味を持った俺はガラクタの山を夜中だというのに騒々しい音を立てて這い上がり、錆びたロッカーの上部をこわごわ叩いた。

 無反応。叩く。無反応。間を少し空けて、叩く。無反応。叩く。この繰り返しが続くかと思われたが、叩いたのが十を越えたあたりで、そいつは突然うなり声を上げて暴れ始めた。

 あまりにも唐突だったのと暴れ方が異常に激しかったことに驚いた俺はしりもちをつくのと同時に肉まんの入ったコンビニの紙袋を取り落としてしまった。しかも落下地点はロッカーの扉のちょうど前。イコール犬(らしき生き物)の鼻先。

 

 取りたい、でも怖い。ただでさえこれだけ暴れている奴だ。口の前に手を伸ばしても噛み付かれないという保障はない。

 むしろ噛み付かれる保障のほうが存在する。俺は自分の身体の安全とたった数百円で買った肉まんのどちらを取るかを一瞬考えて、すぐに結論を出した。

 当たり前のように前者だ。さよなら肉まん、いってらっしゃい腹の中。俺が肉まんとの最後の会話(肉まんが兵士で俺が恋人)に浸っているときにはもう犬型戦闘兵器は紙袋をびりびりに破いていた。恋人と初陣の前で死んでしまう肉まん。しんでしまうとはなさけない。

 そんなことを考えていると足元に一つ肉まんがころころと転がってきた。もしかして俺に残してくれたのか、そうかそうか愛いやつめ。本当は俺のことが好きなんだろう。

 出会って十数分の犬っこにこう思えるおれは異常者だろうか、いいや違うね、どんなに怖そうな生き物だって餌をやって頭を撫でればイチコロさ。ほら、こいつも唸り声を上げて……

 

 ――唸り声?


 嫌な予感なんてものじゃない。予感じゃない。確定された未来だ。あのときの俺は未来が見えていた。多分俺は明日の朝に変死体で発見されるね。地方紙の隅っこに載れるよ!やったぁ!


 ……冗談じゃない。


 唸り声はだんだんと大きく、低く、太くなり、そいつはビビッて動けなくなってる俺に大音量で吼えた。

 そこからはあまり覚えていない。転がるようにガラクタの山を駆け下りて必死でボロアパートの自室に逃げ込み、着替えもせずに毛布をかぶって夜を明かした。

 正直な話ここまで誰かに恐怖を与えられたのは初めてだった。そこそこ修羅場をくぐってきたつもりでもあった。

 だがあんなに明確な死の恐怖を味わったのは初めてだ。死に直面すると人間はまじめになるらしい。俺は一晩中毛布の中で新しいバイト先を考えていた。今思えば馬鹿らしい。


 もうひとつ分かったことがある。人間は死に惹かれる。それが最悪の禁忌だと知っていながらも、人間は生と死の境界線に近づこうとする。ジェットコースターがいい例だ。

 死なない、絶対に安全だと分かっていてもそれに死を求める。それを裏付けるように俺は昨日の空き地に足を運んでいた。

 

 一夜明ければ休日で。小春日和でそこそこ暖かい今日は、もしかしたら子供たちが遊んでいるかもしれないと思ったが誰もいない。最近の子供は何をしているのだろう。 

 ガラクタの山の上にはやはり錆びたロッカーがあって。やはり中には動物の気配がして。威嚇する視線も飛んでくる。あと数メートル近づけば唸り声も追加されるだろう。

 だから俺はぎりぎりのラインまで(山の麓部分まで)近づいて、朝飯のときに多めに焼いておいたトーストをそいつに向かって投げた。

 好奇心は死と隣合わせ。好奇心は猫をも殺す。人は死に惹かれるものだ。俺はあの夜味わった死の恐怖と同じぐらいこの奇妙な生き物に惹かれていた。

 距離を縮めるには地道な活動から。だからこその餌付け。結果からいえばはたしてその活動は成功だった。

 数日それを続けるうちに俺はあの夜俺が立っていたのと同じ場所にまで近づけるようになっていた。威嚇は続いているが形式的なものだ。あの夜とは比べ物にならない。

 

 不思議なことに巨大犬型生物兵器は絶対に錆びたロッカーの中から出てこようとはしなかった。餌付けが足りないのか、はたまた好感度でも足りないのか。別に構いはしないが、興味が無いわけではなかった。いつか見てみようと意気込んでいたが、なかなか隙を見せない。しかしチャンスは春一番が吹き始めたころにやってきた。

 

 毎朝の日課である散歩のときに空き地の生き物と交流するのが俺の楽しみになっていた。いつものように山を騒々しく駆け上がり、ロッカーの扉を覗き込む。何時もなら聞こえるお決まりの威嚇の唸り声が今日に限って聞こえてこない。

 目を凝らしてよく見るとそこには質量を持っているような黒々とした闇が広がっていた。見つめても見つめても奥ははっきりとしない。俺はあの夜と同等かそれ以上の好奇心が身体の奥から湧き上がってくるのを感じた。

 

 ――好奇心は死と隣合わせ。


 そんな言葉を思い出しても、いったん湧き上がった衝動は抑えられない。いっそこの衝動に身を任せてもいいだろう。俺は地に伏せ、頭から奥に入っていった。腰まで入ったところで、突然意識が朦朧とし、俺の意識は飛んだ。

 

 






 気づくと夜だった。気温が低くなっているためかかなり肌寒い。頭から入ったはずなのに頭はなぜか入り口の方を向いていた。

 這いずって出ようとしたが服がどこかに引っ掛かっているのか出られない。引っ掛かっている部分をはずそうと手を伸ばし、俺は絶句した。

 手はあの奇妙な生き物のように毛深くなっていたからだ。悲鳴が口からあふれ出す。だがそれすらも奇妙な唸り声にしかならない。そしてまたすぐに俺は絶句することになる。

 

 空き地の前の道を、あの死の恐怖を味わった夜の俺が歩いていたからだ。服装も、持っている紙袋も、寸分違わずあの夜の俺だった。

 俺の視線に気がついたのか、俺は空き地の中に入ってくる。

 あの生き物が俺を威嚇していた理由が分かった。

 



 

 俺に同じ過ちを繰り返させないためだ。 

 



 

はじめましての方にははじめまして。

二回目の方にはまたお会いしましたね、と。

どうも、黒糖です。

前回と同じく黒いです。

こんなネタしか湧き上がらない自分の頭はどうなっているのか、頭をかち割って見てみたいです。

おそらく理解できないけど。

戯言はここらでおしまいです。

読んでくださってありがとうございます。

感想よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ありきたりなネタで、そこらに転がってそう。
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