8話 明太子と志士市
「明太子とはほんとに奇跡の食べ物だ。これをわたしの国で展開すれば、研究資金に困る事はない」
視線の先には、俺のおごりで買った明太子まんじゅうを頬張る幼女が大げさに感想を述べている。
「ほら、慌てて食べるとこぼすぞ。それと喋るか食べるか、どちらかにしたらどうだ」
「タカオ、わたしがそんなドジをすると思うか」
……言っているそばから、口元に食べかすがついているのだが。
「細かい事を気にするな。次はあっちに行くぞ」
動き回るラーラがまた一人で行ってしまう。
「待てよ、はぐれると面倒になるだろ」
ラーラは振り返ると、耳を指さす。
「コイツがあるから、そうそうはぐれるものではない。そもそもこのデバイスの発想に――」
「ストップ。今日はそう言うのはやめようぜ」
「そうか、たしかにわたしもタカオに説明しやすいように話を砕くのは面倒だしね」
「やれやれ、ほら次に行くぞ」
「もしかして、次とはさっきから私の目線から外れないあの塔?」
俺は彼女の横に追いつくと次の行き先を告げる。
「志士市の名物スポット1つでもある、志士タワーだ」
「おおぉー。それは行かなくては。あの塔はもちろん上れるのか?」
「ああ、ほらあの上の丸い形が展望台も兼ねてる。日本一高いタワーよりは低いが、街と海が見える」
「それはいい! 急いで行こう」
ラーラが興奮気味に手を引っ張る。
「慌てるなよ」
「ミキ達と合流するまでは、もう残りが少ないぞ、後……1時間と42分15秒だ」
「それだけあれば十分にタワーに行って、もうちょっと街をぶらつけるさ」
「でも急ごう。楽しい時間はすぐに過ぎてしまう」
しかしどんどんと進んでいた幼女は急に立ち止まると、何かを見つめている。
ああ、なるほど。あの屋台か。
「買ってやろうか」
「なんと、まだなにも言っていないのに。タカオのデバイスは思考読み取り型なのか」
「いいから。一個でいいよな」
「一番デカいのでお願いね」
俺は屋台でチョコ明太子という、できれば自分が食べるのは遠慮したい食べ物を買うとラーラとタワーに向かった。
タワーにつくと、エレベーターで展望台まで上る。
「目の前に海が広がっているぞ」
扉が開くとラーラは、ガラス窓の前まで駆け出して行く。
「やっぱり高いところから見ると違うな。タカオ早くこっちに来い」
「あんまりはしゃぐなよ。子供じゃないんだから」
「誰が、子供だ! わたしの成績を聞きたいのか!」
「くそ、なんで見た目通り、頭が悪くないんだ」
「ふふん。それより、この景色見てみろ。故郷を思い出す」
「ラーラの故郷はヨーロッパの……」
「マルタだ。ヨーロッパの島国の1つで、タカオにわかりやすく説明すると……そうだな、小さい日本ってところだな、想像しやすいかも」
「へーなら、海が珍しいわけじゃないのか。でも日本の海と違って綺麗なイメージがあるな」
「綺麗かぁ、まあ見え方としてはそうだろうか……衛生的には……おっと、まあ止めておこう。しかし港町はいいな。私は海の香りが好きだ」
展望台から海を眺めるラーラの顔はいつもの無邪気な笑顔ではなく、どことなく暗い。そんな気がした。
「ほら、こんどはあっちを見てみろ。あの坂あたりに鳥居が見えるだろ」
何となく話題を変えてしまった。
「あの鳥居が祭りの中心だぞ。あそこから屋台が伸びている」
「あそこがそうなのか、ここから見ても何やら楽しそうなオーラがでているぞ。何か面白いモノはないのか探してみるか」
ラーラは鳥居の方を眺めると、デバイスで何かを検索し始めたようだ。
「何をしているんだ?」
「あの屋台情報をさがしてるの。何か面白いモノがないかと」
「そんなの探さなくても、俺が連れて行ってやるし、優衣乃達も一緒だろ」
「そうだな、ではそろそろむかうとしよう。もちろん、明太子料理を食べながら行くぞ」
拳を天に突き上げると、ラーラは歩き出した。
元気なヤツだ。
☆★☆☆★☆☆★☆
「あ、タカちゃんこっちだよ」
「遅いじゃない二人とも。どれだけ私を待たせるつもりよ」
待ち合わせ場所についたのは最後だったみたいだ。
「どうだったんだ。市街観光」
「俺は当分明太子はいらないぜ」
なんだそりゃ? おかしな事を言うな的な、顔で大悟が俺を見てくる。
「まあ、後で分かるよ……それより」
俺は優衣乃と未来の姿を改めて見直した。
「なによ気持ち悪い」
「そんなに見られると恥ずかしいよ」
よく見ると祭りだし、その格好は何の不自然さもない。
「おー。二人ともその格好は日本の民族衣装か」
そうだ、その格好まさしく祭りの定番。
「浴衣だ。似合ってるよ」
「……なによ、いきなり。アンタに見せるために着てるんじゃないんだから」
「ありがとうタカちゃん、恥ずかしいけど褒められてうれしいよ」
なんだか照れている二人を見ていると、こちらも恥ずかしくなってくる。
「それが浴衣か、わたしも着てくればよかった」
「持っているのか?」
「いや、持っていない。なので今注文した」
「……いつ着るんだよ、それ」
「もう、それより予定が遅れてるわ。早く行きましょう」
「そうだった。ミキの言うとおりだ。明太子がわたしをまっている」
「めんたいこ?」
「いいから行こうぜ」
「夜の花火まで楽しむわよ」
「花火か! 夜までまちきれないぞ」
「楽しみだねララちゃん」
皆がそれぞれに、意見を言っている。
「それじゃあ、行きますか」
鳥居を潜るとそこには両サイド出店でいっぱい。
「リンゴ飴、カステラ、焼きそば。まずはこの三種の神器を食べるわよ」
「よくわからんが、明太子味があるといいな」
「リンゴ飴だって言ってるだろ」
「もう食べ物ばかりじゃない、せっかくなんだし、お祭りっぽい事もしようよ」
「そうね、なら金魚すくいで勝負しましょう」
「金魚すくい?」
いつの間に買ったのか分からない、唐揚げを食べながら、未来とラーラは二人で話を進めていく。
「そうよ金魚を編みですくってその数を競うの」
「釣りなのか」
「二人とも違うよ、網じゃなくて、ポイだったかな」
「もう優衣乃は細かいんだから」
「そうだぞ、正式名称なんていいじゃない」
「ええぇ……そんな」
「お疲れ様……」
大悟が優衣乃を慰める。という珍しい光景が今、目の前で繰り広げられている。
「祭りって人の気分を変えるんだな」
「おーい、みんな金魚すくいあったわよ。早く勝負しましょう」
元気があふれる二人はもうすでに、目的のモノを見つけて戻ってきたみたいだ。
残された、俺達三人はお互いに顔を見合わせると、なんだか楽しくなってしまった。
「まあお祭りだしね」
「そうだな、祭りだからしかたない」
「それじゃあ、俺達も行こうぜ」
☆★☆☆★☆☆★☆
「こら、お前達。わたしが見本をみせてやるからよく見るんだぞ」
不思議な光景だ。
「幼女が小学生に囲まれているぞ」
俺には大悟と同じ観想しか浮かばない。
「さっきの金魚すくいでなかよくなったのよ」
「すごかったね。本当に初めてなのか疑っちゃうよね」
俺達は金魚すくいをラーラに一回やってみせると、彼女は質問責めにしてきた。
その結果がこれだ。
「まさか店の親父から泣きが入るなんて、初めて見たぜ」
そうなのだ、ラーラはなんとたった二回で店の金魚の半分をすくってみせたのだ。
「これには科学的な根拠がある」
ラーラはまた特に何かを説明していたが、そんなの全く俺達には理解できない。
その結果、周りにいた小学生達に羨望のまなざしを受け、今は金魚すくいのコーチを行っている。
俺達はそれをすこし離れて見学しているところだ。
「でもよかった、本当に楽しそうで」
その目線はすでに母親のような優衣乃はラーラを見つめながら、呟いた。
「私の年齢で海外で暮らすって結構勇気いるよね」
「……そうだな」
「私は……無理かな。海外に一人なんてさみしいよ」
確かにあの時タワーで見た表情は、どこか寂しそうだった。
「あの元気な幼女も色々あるんだろう、なんたって天才なんだから」
「でも中身は私たちと同じだよ」
…………そんなの分かってるよ。
「楽しそうでよかったねララちゃんが」
「ああ、ラーラだけじゃない、俺も優衣乃も、それに大悟達も皆楽しいさ」
「そうだね。タカちゃん。あのね、タカちゃん私……」
「ねえ優衣乃ラーラ見てない? いつの間にか、居ないんだけど」
「さっきまで小学生とそこに居ただろ」
「それが居ないから聞いてるの」
「デバイスで呼んでみろよ」
「それが出ないんだよね。トイレかな」
そのうち戻ってくるだろう。何も心配しなくてもコイツにはGPSも着いてるんだ。
迷っても俺達とリンクしてるから、どこからでも探し出せる。
「ねぇねぇ。おにーちゃん」
袖を引っ張ってくる少年、こいつはさっきまでラーラといた小学生か。
「どうしたのかな」
意外にも未来が優しく対応する。
「これ、さっきのおねーちゃんの落とし物」
それは……。
「ちょっとこれって」
「あいつのか」
「じゃ、もしかして本当に……」
手渡されたのはイヤホン型デバイス……。
「まずい、これがなければ、ラーラと連絡が」
「探そう。そんなに遠くまで行ってないだろう」
「よし皆で手分けしよう」
「見つけたら、連絡するね」
「ああ、頼む見つけたらすぐに知らせてくれ」
俺はデバイスを握りしめると走り出す。
「すぐに行くから、待ってろよ」
8話でした。
このご時世、皆さんも籠もってなろう三昧でもどうですか。
その時は私の作品もよろしくお願いします。
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