5話 私は負けない
「どうして? この前はあんなにあっさり勝てたのに……やっぱりわざと負けたの?」
朝倉はデバイスを外すと、不思議そうな顔でこちらを見てくる。
周囲の観戦者からは大きなどよめきが上がっている。
「なんだ? どう言うことだ」
「さっきの試合みたいにあっさりチャンピオンが負けたぞ」
「あいつ、この前はボロ負けだった男だろ」
などなど、みんなが不思議がっている。それは優衣乃達も同じようで、驚きの顔を隠せない。
「タカちゃん本当にすごい……やっぱりやればできる人なんだ……」
「優衣乃ちゃん、そんなレベルじゃないよ。できるって言うかあれは……」
ジャンルは違っても同じアスリートの大悟は何かを感じたようだ。
「ちょっと! あんた、すごいじゃない。何で今まで隠してたのよ」
未来も何が何だか分からないようだが、嬉しそうだ。
「沖先輩……ひどいです。前のときは手を抜いていたのですね。でも、先輩が強くて嬉しいです」
「前回はすまん。目立つのが嫌だったし、それに確証があったわけじゃなかったから」
何を言っているのか分かっていないだろうが俺は続ける。
「さっきの試合で確認したんだ。朝倉、相手に負けた理由は、それって言われなかったか」
俺はデバイスを指すと彼女はものすごく驚いた。
「そ、そうです。そのデバイスじゃ駄目だって。でも公式のレギュレーションにも引っかかっていないし。何より私はこのデバイスで戦いたいです」
「そのデバイスが駄目だっていうのは個人の感想だけど、負けた理由がデバイスだってのは俺も同じ考えだ」
「どうして、どうしてそうなるの。古いけど私の意思は思い通り伝達できるし。何も問題はないはずです」
「その通り。問題なのはそこじゃない。接続のタイミングなんだ」
「接続? ですか、でもそれって何が問題……」
「言い方がわるかったな、俺も上手に説明できないんだけど――」
俺は朝倉に何が問題なのか、俺が感じたことを話した。
「そんな……それじゃあ絶対に隙ができるってことですか」
「そうじゃない、やり方の問題なんだ」
朝倉はひどく落ち込んでいるように見える。
俺は気まずくなり、ふと周りが気になった。そういえば優衣乃達のことをすっかり忘れていた。
いつの間にかその場にいたみんなから視線を受けているようだ。
……全く気がつかなかった。
もっと面倒になる前にここは場所を変えた方が良さそうだ。
「朝倉、あいつに勝ちたいか」
「え? それは……はい。勝ちたいです。このままじゃ悔しいし、まるで自分の全てを否定されたみたいで」
「なら、俺みたいな素人の意見を聞いてもらえるか」
「先輩の意見、ですか。もちろんです! 私は沖先輩の言葉なら何でも聞きます!!」
ちょっとビックリするぐらい、興奮気味に食いついてくる。
でも、嫌じゃない。
「だったら、俺と特訓するか」
「「「「「特訓!?」」」」」
周りは何言ってるんだコイツ的な反応が返ってくる。
でも俺は真剣だ。彼女、朝倉葵のために何かしたい。なぜかそんな気持ちが湧き上がっていた。
彼女はどうだろうか。
「やります。いいえ、お願いします。やらせてください」
朝倉は力強く返事をした。
☆★☆☆★☆☆★☆
「お願いします沖コーチ」
ものすごく気合いの入った美少女が目の前にいる。
彼女のその真剣さは、まるで漫画なら目に炎が燃える表現で表されるだろう。
「とりあえずそのコーチってのはやめてくれ。名前で呼んでくれ」
「ええ! 名前で呼んでいいですか。……あ、あの……卓雄先輩……」
「ああそれでいい。コーチと呼ばれると、なんだか恥ずかしい」
「だったらあの……、私も名前で呼んでくれませんか。葵って呼んでください」
「わかった、あさ……葵。じゃあ練習していこう」
「はい。卓雄先輩、私頑張ります」
そんなに期待した目で見られても大したことではないのだが…………。
「前に説明したが、葵のデバイスは俺が子供の頃使っていたファーストタイプだ」
「はい、その通りです」
葵はデバイスを見つめている、やっぱり思い入れが大きいのだろう。その目線はとても大切なものを見つめているようだ。
「今のデバイス、つまり最新世代と大きく違うところがある。それは伝達容量なんだ」
「伝達容量? ですか」
「そうだ、これは説明書にちゃんと書いてあるぞ。メモリーの容量やインタフェースの改良があったけど、実はそれ以外大きな変更ないんだ」
「へー。そうなんですか」
「説明書、読んでないのか」
「……すいません」
「まあ、俺も説明書なんて読まないから気にするな」
話がそれてしまったが、まあ言い続けよう。
「それでだ、葵のスタイルは連続攻撃、いわゆるコンボみたいなもの。だと思うんだけど違うか?」
「ですね。手数を増やして相手に迫る感じでしょうか」
「そこに問題があるんだ」
「私のスタイルがですか」
「スタイル……というか、VRだからこそおきる盲点なのかもしれないが」
俺の説明が理解しづらいのか葵は不思議な顔をしている……。人に伝えるのは難しい。
「えーと。葵は一回のデバイスへの入力が多すぎてついて行かないんだよ。それを処理しようとして、入力動作が反映されてしまうんだよ。だからどんなに早く動いてもそれに気がつくと、最初の行動を読まれて――反撃を食らう」
「そんな、そんなことで読まれるんですか。でもそれなら……」
さすが才色兼備と呼び声が高い葵だ、何か疑問点がすぐに思い浮かんだみたいだ。
「俺に分かる範囲なら、答えるぞ」
「それなら今までだって、動作を読まれても……ううん、もっと苦戦してもいいはずなのに」
「多分だけど、相手が同い年くらいか少し上くらいの対戦相手が多かったんじゃないか。だけどあの先輩は大人の大会も出てるんだろう。だったら……」
葵も、あっという顔をしている。
「多分だけど、知っていたんじゃないか。動作が予測できるチャンスがあることを」
「予備動作を読まれているってことですか」
「多分だけどね、そこを直せば全然問題なくなるんじゃないか」
「直すって、どうやってですか。それってデバイスの……」
「入力を一気に入れずに一呼吸置いたらどうだ」
「一呼吸、置く……でもれじゃあ連続攻撃が途切れてしまいます」
「一気に入力するから、動作が追いつかないんだよ、つまりイメージを分けて伝達すれば……」
「そうすれば……、ああ、小さな連続を繋げれば、もっと汎用性も広がる!」
「そうだと思う。だから今までの連続攻撃のパターンを分けて新しいコンボを作れば」
「もっと強くなれる!」
葵の顔は、まるで子供が新しいおもちゃを買ってもらったような喜びにはじけている。
「役に立つとは思わないけど、練習台にはなれるぜ。だから克服して、リベンジと行こうぜ」
「はい! 先輩が一緒にいてくれるだけで十分です。一緒に頑張りましょう」
☆★☆☆★☆☆★☆
私は本当に嬉しかった。
沖……卓雄先輩と距離が戻ったような感覚がすると思ったからだ。
食堂で久しぶりに声かけたときは本当緊張した。だってあの先輩が私と同じ空間に、こんな近くに感じることができるなんて……。
だから嘘をついてまで勝負を申し込んでしまった。
全てが嘘ではない。だって私は会えなくなるまで先輩に一度も勝ったことがなかった。
そんな憧れの先輩。お兄ちゃんとまた一緒にプレイできる喜び。
それだけでも幸せだと、私は感じてしまう。でもそれじゃあ、駄目なんだよね。
今は、勝つために頑張らなくては行けない。このままじゃ私の全てが否定されてしまうようで。
……ううん、違う。単純にお兄ちゃんに見てもらいたいんだ。
思い出の詰まったこのデバイスで、もう一度勝って証明してみせる。
まだまだやれるってことを、そうしたら全てを話そう。
あのとき、最後にお兄ちゃんに言えなかったことを。それまでは卓雄先輩で我慢しよう。
だから……絶対に負けない!!
☆★☆☆★☆☆★☆
食堂の奥にあるいつものステージに葵は立っている。
その周りには沢山のギャラリー。もちろん俺達もその中にいる。
「んで、お前の特訓ってやつで、彼女はリベンジ決めれそうなのか」
大悟がジュースを飲みながら聞いてくる。まるで観光気分だな。
「ああ、葵なら大丈夫だろ、対策はバッチリだと思う」
「ちょっと、『あおい』ですって?! あんた、いつの間にチャンピオンのこと、名前で呼ぶようになったのよ、まさか特訓とか言いながら……」
そこは引っかかるところなのか。
「特訓中に、名前で呼んでくれって言われたから、葵って呼んでるだけだ」
「何それ、やっぱり怪しい」
「あのな、お前が何を思ってるか知らないけど俺達は真剣に練習しただけ」
未来はまだ信じてないようだが、優衣乃は違った。
「未来大丈夫だよ。タカちゃんはそんな人じゃないし。それに彼女は……」
優衣乃が何かを言いかけたそのとき、歓声が上がる。
いよいよ葵と前回の相手、戸田麻衣子との試合の準備ができたみたいだ。
「始まりそうだな。ほら、お前らも後輩を応援してやってくれよ」
「ふん、まあいいわ。試合が終わったら色々(いろ)言い訳、聞かせてもらうから。じゃあそれはおいておいて」
未来は満面の笑みで叫んだ。
「いけーー! チャンピオン。特訓に卓雄貸してやったんだから。絶対に勝つのよ」
「卓雄はお前の持ち物じゃねぇーよ。っと、ツッコミはここまでだ。リベンジ決めてくれよ!」
俺もステージへ目線を移す。
「葵……お前なら大丈夫だ。だから――」
勝ってくれ。
☆★☆☆★☆☆★☆
「こんなに早く再戦したい。って言ってくるから、デバイス変えたのかと思ったけど……」
「麻衣子さん、前回は確かに負けました。でも負けたのは私であって、このファーストタイプが負けたんじゃありません」
負けたのは、私の使い方がまだまだ未熟だったからだ。それを私は沖先輩と一緒に克服してきたんだ。
「だから、私は負けない」
「へぇー、じゃあ始めましょう。私もまだまだ負けるつもりはないから」
カウントと当時に私は一気に飛び出す。
「またそれ? 何も変わってないじゃん」
これは確認を兼ねての動作。でもやっぱり麻衣子さんには一発も攻撃が当たらない。
「確かに、私の動きを読んでるみたい、沖先輩の言う通りだ」
私の攻撃を避けた麻衣子さんは、あっという間にポイントを奪取する。
「まずは1ポイント。葵、このままじゃ前回の再現になるわよ、対策してきたんでしょ? だったら進化を見せてよ」
麻衣子さんの攻撃を避けながら、私は防戦一方。
「守ってばかりじゃ、ポイントは取れない。取れないぞ!」
その通りだ。
「行くしかない」
私は攻撃の動作に入る、しかしそのタイミングはいつもと違う。
麻衣子さんはまだ気がついていない。
「当たれ!」
「タイミングが違う、モーションも!」
私の攻撃が彼女の胴に当たる。
「やった1ポイント取った、これなら――」
「さすが葵、デバイスの弱点を逆手に取ってきたのか、そこに気がつくなんてやっぱり貴女は強くなるわね。でも……今はまだ負けてあげないわ――」
「「一気に決めてやる」」
☆★☆☆★☆☆★☆
「どっちが勝った?!」
俺には同時に見えたが、でもそんなのは分かっているんだ。
勝ったのは彼女だ。
「勝者 朝倉葵」
「うおーっしゃーやったぞ」
「さっすが、チャンピオン。きっちりリベンジ成功ね」
「プロの試合でも活躍する相手に、こんな短期間で勝つなんて……」
俺は歓声の中を抜け、葵に歩み寄った。ちょうど対戦相手との会話が聞こえてきた。
「私の負けね、まさか弱点だったデバイスのタイミングを利用されるなんて、まったく世界ランカーと同じ戦法に気がつくなんて、私が見込んだプレイヤーね葵」
「麻衣子さん……麻衣子さんの助言がなければ、私は気がつきませんでした。ありがとうございました」
「私は別に何もしてないけどね。でもそれでライバルが調子づくのは失敗だったかな」
「え、ライバルって」
「私にお礼言うより、もっと言いたい人いるんでしょ」
「ちょっちょと、何言ってるんですか」
「かーわいい。じゃっ、次負けないよ。隣の彼によろしくね」
そう言うと通信が切れてしまった。
葵はまだ何か言いたそうだったが、隣にいた俺に気がついたようだ。
「沖先輩、勝てました。先輩のおかげです。本当にありがとうございました」
「昔からの友達のためだ。当然のことだろ」
葵の顔がものすごく驚いているのが分かる。
「え? 昔からって、先輩いつ気がついたんですか! だって食堂で会ったときは」
「やっぱりそうか。葵は俺を分かって話しかけてくれたのか、すまん。初めは全く気づかなかった。でもそのデバイスを見てなんとなくそうじゃないかってさ」
「このデバイスが……」
葵がデバイスを見つめている。俺達の出会いの切っ掛けを作ったそのデバイスを。
「あの先輩……ううん。あのね、おにいちゃん私ね……」
「ちょっとすごいじゃないあんた達、私感動しちゃった」
「タカちゃんその子はやっぱり……」
二人がこちらにやって来る。
「おっと騒がしくなりそうだな。そう言えば葵さっき言いかけたのは何だ」
彼女は小さく頭を振ると、笑顔で答えた。
「何でもないです。次は沖先輩にも勝ちますからね。だから……」
その笑顔に、俺は見惚れてしまった。
「また遊んでね。おにいちゃん」
5話目の投稿です。
何時もより長文でしたが、お付き合い有り難う。
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また明日も投稿します!
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