1話 プロローグ『特区指定』
『国家未来特区指定法』
俺の住んでいる街、『志士市』が指定されたのは1年前。
『これで我々(われ)の街も発展する』とマスコミから近所の奥さんまで、話題にするくらい大きな出来事だった。
まるで街作りゲームのようなスピードで、街は変化を遂げた。
沢山の人がやって来ると俺たちの周りも変わる……とは言っても、普通に生活をしている学生に影響なんて無い。
俺、沖 卓雄は今日も普通に起きて学校に出かける生活に変化はない。
「行ってきます」
返事は返ってこない。
親は仕事にもう行っているか、昨日は帰宅しなかったのだろう。しかし、俺が気にすることはない。
何時ものことだから。
家を出てオートロックの掛かる音を聞き、鍵が閉まるのを確認すると学校に向けて歩き出す。
家を出て数歩、つまり隣の家に差し掛かると、制服を着た女の子が声をかけてくる。
「おはよう。タカちゃん」
これもまた、何時もと変わらない朝の光景。
「ああ、おはよう」
挨拶を返し、そのまま彼女と歩き出す。
「優衣乃、俺を『ちゃん』付けで呼ぶなよ」
毎回言ってはいるが優衣乃から、ちゃんがとれることはない。
「え? だって……タカちゃんは、タカちゃんで他の誰でもないから。タカちゃん以外の呼び方なんて出来ないよ」
そしてかならず決まった答えが返ってくる。
たわいもない、『幼馴染み』との会話。
街が大きく変わっても、この関係は変わっていない。きっと変わらないだろう。そう思っている。
優衣乃との通学は徒歩30分程度。特に運動部などに所属していない俺には、体育以外では、唯一の運動が登下校だ。
昨日は何をしていたのかを優衣乃が報告してくる。それに言葉を返していると気が付けば学校はすぐそこだ。
学校が近くなると、交通量が一気に増えてくる。
登下校の方法は大きく分けて三つ。
徒歩などの自力組。バスや電車の公共交通利用者。それと車通学に分かれている。
特に最近は自動運転が飛躍的に発達して、免許を持たない人でも運転が認められ、通学に利用する生徒も増加中。
自家用車を持っている家庭は少ないが、自動運転化のおかげでサブスクプランやレンタル事業が浸透して、利用が気軽になっている。
学生の車通学が生徒会の議題に上がるくらいだそうだ。
「また増えたね。タカちゃんも車で通学したい? 私はこのまま歩いて登校したいな」
優衣乃は俺が車で通学したいと感じたのだろうか、少し上目遣いで俺に話しかけてくる。
たしかに歩くのは面倒。自動運転だから座っていれば、勝手に学校に着くのは魅力的だ。……でも、俺は優衣乃にこう答えた。
「いや、登下校以外に体を動かしていないから、このままで問題ない」
そう答えると、優衣乃は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「そうだよね、運動とかしないもんタカちゃんは。やれば出来るのに……ねえ、部活とか――」
「おーっす。おはよう、お二人さん。今日も仲良く歩いて登校、ご苦労さんです」
声がする方向を見ると、駐車場から俺たちと同じ制服の男が、笑いながら、こちらにやって来る。
「家が隣だから一緒に登校してるだけだ。今日も車で登校か、大悟」
「おはよう若松くん」
「おはよう優衣乃ちゃん」
大悟も加わり三人で校門をくぐる。
『紅志士学園高等学校』
総合学部と専門学部の二つの学部がある。特に専門学部には、アスリートコースと先端科学コースに分かれているのがこの学校の特徴の一つでもある。
俺たち三人は、総合学部でクラスも一緒。大悟とは中学からの知り合いで、これも優衣乃と同じで腐れ縁と言えるだろう。
「そう言えば今日も転校生が来たみたいでさ、さっき駐車場で見かけたけど、残念ながら男だった」
「本当に、転校生が多いよね。食堂や購買で新しい人、よく見かけるもん」
「転校生が来たからって、俺たちの生活が特に変化するわけじゃないだろ。ほら、お前の下駄箱は向こうだろ」
「ほんとにお前はドライなヤツだね。もっとアイツみたいにさ、色んなことに興味を持ってみたらどうだ。大体お前はさ――」
『ドン』
音と同時に大悟が吹っ飛ぶ。
「朝から私の噂するなんて、いい度胸よね大悟」
もう正体はわかっているが、一応声の方向に目を向けた。
「おっはよ、優衣乃。朝から退屈そうな顔してるわね、卓雄」
そこには、見た目だけは可愛い分類に入ると、大悟が評価する俺たちの友人の一人、
宮間 未来が立っていた。
「もう、未来だめだよ。若松くんに暴力ふるったら」
「こいつが先に私の悪口言ったんでしょ、大体、これを付けてるんだから近くにいたら声が聞こえるんだからね」
そう言うと未来は耳に付いている、イヤホンを指さした。
『フリーオペレーションデバイス』通称FODと呼ばれる、イヤホン型のデバイスで、離れたメンバーとの会話や、スマフォなどの操作が、脳波で行える最新のデジタル機器だ。
この学校は最新技術の教育に力を入れている。
こいつのロジックを考えた一人が、学校の生徒らしく、そのためかこのような最先端機器のテストを兼ねて学生に使用させている。
俺は未だに起き上がらない大悟に声をかけた。
「ったく、大丈夫か? いつまでそこに寝転がってるつもりなんだ」
手を貸そうと思ったが、大悟は自力で起き上がり未来に食ってかかった。
「テメーなんてことするんだよ、俺じゃなかったら怪我してるぞ」
「アンタだから蹴りを入れたんでしょ、他の人ならチョップくらいで、済ますに決まってるじゃん」
未来はさらに言い返す。
「大体アンタみたいな体力馬鹿なら、それぐらい耐えなさいよ。吹っ飛ぶなんてレスリング部失格なんじゃない」
「なんだとコラ。お前みたいな口と暴力だけの女は黙ってろ」
「なんですって!」
元気そうにじゃれ合う未来と大悟を見て俺は安心した。どうやら怪我は無いようだ。
優衣乃も二人を笑顔で見つめている。
何時も繰り返される光景。これが俺の日常だ。
幼馴染みと友達に囲まれた学園生活。
特に刺激なんてものは求めていない。俺は今の学園生活に満足している。
季節は大型連休を過ぎ、もうすぐ衣替えの時期がそこまで来ていた。
このまま何も変わらない生活が続くのだろう。平凡だけど面倒ではない。
しかし、本当にそんな変化のない日常でいいのだろうか。
「……何かが変わると、俺の気持ちも変わるのかな」
「え? タカちゃん何か言った?」
「いや、独り言だ。ほらお前ら教室行くぞ」
俺は未だにじゃれ合う二人と、優衣乃に声をかけると、教室に向かった。
新連載です。
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